第8話 駄作と魅惑

 ライトは咄嗟にウェイミーを袋小路の奥へと移動させた。そして自身も、男とたちと若干の距離を保ち、ズボンのポケットに手を忍ばせた。


 改めて男たちを観察する。派手なヘアスタイル、毒々しい刺青いれずみ、チェーンやビス、ドクロなどの装飾を施した衣装、威圧的かつ悪徳な人相。いずれも、ならず者と印象付ける記号をいくつも持っていた。数は四人。「これから皆で絵合わせでもしながら和気藹々わきあいあいと遊んで親睦を深めよう」などというほのぼの展開は微塵も期待できない。


「餓鬼の癖に意外と冷静じゃねぇか」浅黒い肌の男はナイフを空中で回す。


「いやいやぁ、そう見えて内心無茶苦茶焦ってて、今にも小便チビりそうになってんだよ」スキンヘッドの男は嘲笑う。


「キヒヒヒ、女の方はかなりの上物じゃあねぇかよ」顔中に刺青を彫った男は手の甲で口を拭った。


「今回のは俺だからなぁ、抜け駆けするんじゃねぇぞ」ドクロのネックレスを下げた男は刺青男を睨んだ。


 刹那、浅黒い男を先頭に、男たちは一斉にライトへ襲いかかった。


 数分後、男たちは完璧に延びて、袋小路の奥で山積みになっていた。


「ふぅ、危ないところだった」ライトは涼しい顔をしながら言った。剣を鏡の中にしまう仕草も、どこか遊びがあった。


「まぁ、こんな狭いところなら一人の方が逆に有利だよね」ウェイミーは哀れみの目で男たちをみた。


 さてと、とライト呟いた後、曲がり角の近くの壁を軽くノックした。その場所だけ、ほかと比べて綻びが極端に少なかった。


 ややあって壁の一部が奥に開いた。その隙間から老婆が顔を覗かせた。焦りの色でベッタリと塗り潰されている顔を、だ。間もなく老婆は隠し戸を閉めようとしたが、ライトに隙間に靴先を差し込こまれ、阻まれた。


「今度こそちゃんと案内してくれますよね?」


「あ、あぁ……いや……」


「まさか、絵のことを知っているっていうのも、口から出任せを言ったんじゃあないですよね?」


「そ、それは……その……」


「命が惜しくないんですか?」


「ひぃいい! つ、連れて行きます、連れて行きますから! だから命だけはご勘弁をおお!!」


「どっちが悪役なんだか」ウェイミーは肩を竦めた。



 おっかなびっくり進む老婆を先頭に、ライトとウェイミーはようやく一件の店に辿り着いた。薄暗くヒンヤリとした空気が漂う店内には、絵画のみならず、彫刻や掛け軸などの美術品もあった。


 店の奥には一人の妙齢の女がいた。店主だろう。土間から一段高い座敷の上であぐらをかき、けだるげに煙管キセルを吸っている。ライトとウェイミーを見るや、明らかに怪訝な表情になった。


「見慣れねぇ顔だな」店主が土間に灰を捨て、煙管を豪奢な箱型の煙草盆に預けた。「お前らも何か売りに来たのか?」


「こいつらは買い物に来たんだよ」老婆は座席に腰を下ろしながら言う。「この間あんたが自慢してきた例のラクガキがほしいんだと」


 店主はしばし考えてから「あぁ、あれか」と言って立ち上がり、襖を開けてどこかに行った。待つこと数分、抱えられるほどの大きさの額縁を持って戻ってきた。「ほれ、こいつだ」


 表にされた絵を見て、ライトとウェイミーは一時の間を開けて首を傾げる。どんな名画が出てくるのかと内心ワクワクしていたからに、反応に戸惑った。


 ライトは店主に尋ねる。「これが噂の作者不明の絵画なんですか?」


「噂になっているかどうかはともかく、この絵に関する情報は一切ない。巨匠が描いた幻の一枚かもしれないし、名を馳せる前にこの世を去った画家の渾身の一枚かもしれない」


「どこで仕入れたんですか?」


「その類の話はここでは御法度だよ」店主は再びあぐらをかき、煙管を弄る。「自慢じゃないが、ウチで扱っている品は全部盗品だ。厄介事に巻き込まれたくないなら、知らない間までいるこった」


「ではどうしてこの絵を買い取ったんですか? 観察眼も芸術的感性もまるでない僕には、この絵の価値がまったくわからないんですが」


「んなもん、あたいにもわかんねぇよ」


「え?」


商人あきんどとして客の前でこんなこと言うべきじゃないが、ハッキリこいつはガラクタだ。複製する価値さえない。ただ--」


「ただ?」


「不思議とこの絵に魅せられちまう。もしかしたら、ここには作家の魂が篭ってんのかもしれんな」


 ライトは改めて絵をじっくりと見た。だがどの角度から見ようとも、何の魅力も感じ得なかったからに、芸術的価値を見出すことはほどなく諦めた。だがは理解できた。


 この絵からは、このイディア界の中核者コアである美雨めいゆいと同じ気配がする。何らかの理由で彼女の精神力の一部がこの絵に移ったものと考えられる。美雨めいゆいがこれを求めるのも当然だろう。


 ウェイミーを見ると、鏡を初めて前にした赤ん坊のごとく、じっと絵を見ていた。美雨めいゆいの屋敷を訪れてから度々ボーッとしていることがあったウェイミーであったが、それともまだ雰囲気が異なっていた。


「それで、おいくらですか?」


 店主は煙草盆の引き出しから電卓を取り出し、数字を打ってライトに見せる。それは明らかにライトの足元を見ている値だった。ゆえライトが「買います」と即答したことに、一瞬理解が追いついていない様子だった。蚊帳の外だと思っていたであろう老婆も目を点にした。


「……言っておくが、ウチは現金一括しか受け付けないよ」


「ちょっと待っててください。間もなく持ってきます」


 ライトは一旦、ウェイミーを残して店の外に出る。その後一分ほどで戻って来た。その手にはアルミ製のアタッシュケースを持っている。そして店主と老婆の前で、ケースの中身を見せた。そこには札束がピッチリと収められており、二人は僅かに身を退ぞかせた。コンパクトミラーを使って取り寄せた物だが、二人には知る由もない。


 店主は恐る恐る札束を手に取り、丹念にそれを調べた。「……あんた、何者だ? まさか堅気じゃないのかい?」


 ライトは笑顔で誤魔化ごまかした。 



 風呂敷に積んだ絵画を携え、ライトとウェイミーは再び美雨めいゆいの屋敷を訪れた。だが恐ろしいほど広い門の前でインターホンを押して待っていても、一向に誰も出てこなかった。奇しくも鍵がかかっていなかったからに、勝手に中へ入った。


 屋敷の中はてんやわんやだった。誰もが右往左往、慌てふためき、走り回っていた。


「あ、あの、すみません!」


 ライトが目の前を通り掛かった家政婦に声をかけると、彼女は物凄い剣幕でライトを見た。「誰ですか、こんな一大事に!!」


「な、何があったんですか?」


美雨めいゆい様のご容体が悪化したに決まったじゃないですか!」

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