第5話 少女と茶会

 美美めいめいと白黒は家の中に入った。


 室内はとても殺風景だった。声が良く響く広さがあるにも関わらず、テーブルが一台と椅子がニ脚の計三点の家具しかないからだ。だがテーブルの上には、華やかなティーセットやいくつものおいしそうなお茶菓子が用意されていた。


「これも美美めいめいが用意したの?」


「そうだよ、スゴいでしょ?」


「うん、とってもスゴいよ!」


 美美めいめいは小さく胸を張ったが、その表情は少し気恥ずかしそうであった。


 二人は椅子に腰掛け、小さなお茶会が始まった。


 白黒は早速、美美めいめいが淹れてくれたお茶を飲んだ。黄金色のお茶は芳醇な漂わせていたが、口に含むとそれがさらに強くなり、白黒を楽しませた。続いて、目の前にあった揚げ胡麻団子を一口食べた。餡の甘さと胡麻の風味、そして餅の柔らかさが三位一体となり、白黒を幸せにした。


美美めいめい、お茶もお団子もすっごくおいしいよ!」


「ありがとう。こっちの杏仁豆腐と月餅もおいしいよ」


 白黒はそれらに舌鼓を打った。しかしあるタイミングで、ずっと気になっていたことを美美めいめいに尋ねる。


「ねぇ美美めいめい


「なぁに?」


「さっきも話したけど、私さっき、赤いオランウータンみたいな怪物に襲われたんだけど、あれは一体何なの?」


 白黒に質問された途端、美美めいめいは表情を曇らせ、沈黙した。白黒は困惑し、質問を取り消そうかと思っていたが、それを口にする前に、美美めいめいが口を開いた。


「私にも、よくわからない……」


「えっ? けどあれも美美めいめいが描いたんだよね?」


「うん……緋猩猩あかしょうじょうって題名なまえがついてる。題名をつけて、最初は仲良くしてたんだけど、でもある日突然


「燃えちゃった? それって、緋猩猩あかしょうじょうがたき火とかに近づいて燃えちゃったってこと?」


「ううん、ひとりでに、何の前触れもなく燃えちゃったの。それで、一度はいなくなっちゃったんだけど……」


「また、現れたの?」


「うん、新しく描いた覚えはないのに、どこからともなく現れて……それで、私が描いた絵をどんどん燃やしていったの」


「えっ?」


 美美めいめいのティーカップを握る手に、力が入った。「家とか木とか動物とか、たくさん燃やされた。私は燃やされなかったんだけど、その代わり私はあいつに、叩かれたり殴られたり、たくさん痛いことされた……。ついこの間、さすがにもうそれに我慢できなくなって、あいつが大好きなお酒をたくさん描いて、その隙にここまで逃げてきたの……」


 白黒の表情も、先ほどとは打って変わって、悲しげなものに変わっていた。美美めいめいの顔を見ているのが辛いため、テーブルに視線を下げた。だが、目の前にあるおいしいお茶や茶菓子がまるでおいしそうに感じないからに、それはそれで辛かった。


 無言の時間がしばらく続いていたが、唐突にパン! と軽い音がした。美美めいめいが手を叩いたのだ。


「もうこの話はおしまい! 次は白黒の話をしよ!」


「えっ、私の?」


「何か思い出せたことない? 絵を描くのが好きなこと以外に」


 狼狽うろたえながらも、白黒はしばらく考えた。そして小さく声を漏らした。


「何か思い出せた?」


「うん、ちょっとだけ」


「なになに?」美美めいめいは前屈みになる。


 疲れたような表情を浮かべ、白黒は言う。「私ね、小さい頃、自分のことが凄く嫌いだったの」


「えっ、どうして?」


「んー……それはちょっと思い出せないんだけど、でもね、自分のことが好きになったきっかけは思い出したの」


「どんなこと?」


 白黒は冷めた残りのお茶を飲み干した。「それがね、私が描いた絵を見て、たくさん『凄いね』って言って、褒めてくれる人と出会ったからなの。最初はとっても恥ずかしかったんだけど、その人のに褒めてもらいたい一心で絵を描き続けてたら、だんだん自信がついてきて、『私って凄いんだ』って思えるようになったの」


「それって、男の子? それとも女の子?」


「男の子。顔とかは、まだよく思い出せないけど、それだけはわかる」


「その子のことは、好きだったの?」


 白黒はハッとして、そして頬を赤らめ、頷いた。顔も声も名前も、何一つとして思い出せないが、その人物に対する思いだけは、しっかりと心に残っていた。


「……いいなぁ」白黒とは対照的に、美美めいめいはまたしても表情を暗くした。「白黒の絵が私の絵より何十倍も素敵なのは、その人がいるからだね」


「そ、そんなこと! 美美めいめいの絵も、とっても素敵だよ!」


「ううん、私の絵は、ただの落書きだよ。恥ずかしくて誰にも見せられないから、誰にも褒めてもらえないし……」


「で、でも、一度も誰にも見せたことがないってわけじゃないでしょ?! 美美めいめいが絵を描き続けてるのって、絵を描くのが好きで、過去に誰かに褒めてもらったことがあるからじゃないのかな?」


「……うん、少し前までは、そうだった。でも、今は……」


 美美めいめいは重々しい溜め息をついた。白黒は何とか彼女のことを元気づけようと、必死で考えを巡らせる。


 刹那、白黒は強烈な不快感を覚えた。突然の事態に、全身に鳥肌が立つとともに、自身も椅子から立ち上がった。


 この感覚には覚えがあった。どこからともなく、鼻を突くような甘ったるい臭いが漂ってくるような気さえした。


「白黒?」


美美めいめい、すぐにここから逃げよう!」


 白黒が美美めいめいに駆け寄ったとほぼ同時、家のドアが周囲の壁ごと破壊された。そしてそこにできた大穴から、緋猩猩あかしょうじょうが入ってきた。

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