第三章 集合的世界 ~valuable scrap~

第1話 断念と挑戦

 爽やかな風が優しく吹いた。それに乗って、この世のものとは思えない悪臭が届いた。鼻をえぐり取らんばかりの強烈さだ。


 今し方このイディア界に降り立ったばかりのライトとウェイミーは、咄嗟に繋いでいない手で鼻と口を覆った。暫くの間、二人は咳をし続けた。


「何ぃこの臭い……」ウェイミーは泣きそうな声で言う。


「悪い予感しかしないけど、目、開けるよ」


 それを見た瞬間、ライトの中にあった戦意が一気にえた。そして思う。任務は断念しよう、と。


 ライトとウェイミーは丘の上に立っていた。しかしただの丘ではない。数々の色が混じりに混ざり合って黒い色に成り果てた、ゴミの丘だった。


 その遥か先、小高い山のみねの向こうに、巨大なゴミの山がそびえていた。しかもそれはゆっくりと移動していた。


「……ウェイミー、あれがこの世界のペルソナで間違いない?」


「うん、間違いないよ」


「凄く大きいね」


「そうだね」


「……帰っていいかな?」


「駄目です」


 ライトは、コンパクトミラーから防塵ぼうじんマスクとゴーグル、ゴム手袋を取り出し、ウェイミーと共に装着した。そして確実に足場を確保しながら、ライトとウェイミーはゴミの丘を進んでいく。


 ゴミは家電や電子機器類が多かった。フレームが破壊されて中身が露出している様は、痛々しさや切なさをライトに与える。しかし転んでもしたら、その破片が突き刺さそうな危険性も孕んでいた。


 地面が露出している場所も少なからずあった。が、そのドス黒い色は、安易に素手で触れていい雰囲気ではない。雑草一本生えていない様子から鑑みても、間違いなく有害物質に汚染されている。


 周囲を見渡すと、あちらこちらに人々の姿を確認することができた。彼らは行動は大きく二種類に分けられた。ゴミを集めて運んでいるか、ゴミを燃やして冷やしているかのどちらかだ。


 ある一人の男の頭上に載った、大きなタライのような容器には、電子回路やケーブルなどが入っていた。彼が横切った少年は、手の平ほどの器に小さな金属片を投げ入れていた。またそれらを集める為に、石でゴミを破壊する工程をしている者も多かった。


 集められた電子回路などのゴミは、燃え上がる火炎の中に放り込まれた。無尽蔵に黒煙が吐き出されているが、作業をしている人々は皆、マスクなど着用していない。風上に位置取って上手く回避してるようだが、押し並べて、咳をしたり目を擦っている。


 燃やしたゴミは、長い棒で炎の中から取り出されると、水が張られた発泡スチロールの中に入れてられた。その水も、石油の如くドス黒く濁っている。そして火を消すついでに、その汚水をその場に流し捨てた。


 その汚水によって川も出来ていた。黒い川には、プラスチック等のゴミや油、泡も浮き、汚濁した水質をさらに汚している。


「ゴミを燃やして、売れそうな金属を抽出しているんだろうね」


「あんなこと続けてたら、あの人たち公害病になっちゃうよ。ううん、むしろもう初期症状は出てるはずだよ」


「それを知っていても、あの人たちは作業を止めたりはしないと思うよ。非情だけど、あの人たちの心配より、自分たちの心配をしないと」


「……何とか治療してあげられないかな」


 ライトは小さく溜息をつく。「残念だけど僕たちの任務は、あくまでもペルソナの処理だ。この世界の環境を是正することじゃない」


「それはもちろん分かってるけど……でも、とても見てられないよ……」


「……その辺りは中核者コアに言って、何とかしてもらおう」


 さらに歩き続け、二人はようやっとペルソナの全体像を見ることができた。


 それは巨大ヤドカリのロボットだった。


 遠くから見えていたのは、背負っていた貝殻の部分だった。だがそれはゴミ同士が接着されたように積み上がったもので、到底貝殻とは呼べるようなものではない。 脚や鋏などのからだも、同じような造りになっており、ロボットというよりはガラクタと称した方が適切だった。時折、ゴミがボロボロと崩れ落ちているから、尚更だ。


「ここまで大きいペルソナは初めてだ」やっぱり無理そうじゃないか、という言葉は飲みこんだ。 


「ライト、今さっき気づいたんだけど、あれ自体がペルソナってわけじゃないみたい」


「どういうこと?」


「多分、志創能力ソートを使って身体にまとっているんだと思う。だから見た目が大きいだけで、意外ともろい可能性はあるよ。一か所要になっているところを破壊できれば、結構簡単に全部崩れ落ちると思う」


「わかった」ライトは深呼吸をし、萎えていた気持ちを高める。「それじゃウェイミー、志創能力ソートを僕に」


「うん」


 ウェイミーはライトの胸に手を当て、志創能力ソートを用いた。ライトの集中力が格段に高まった。


 ライトはその後、ウェイミーを人形の姿に変え、懐に収めた。そしてペルソナの背後から近づいて行く。幸いペルソナの進行は遅く、また障害物も多くあるので、スムーズに接近することができた。


 残り200mほど近づいたところで、ペルソナの動きが止まった。ほどなくライトは振動と低音を感じ取る。ペルソナがその場に座ったのだろうと推測した。


 これは一気に接近するチャンスだ。ライトは一呼吸置いた後、ペルソナに向かって突っ走る。


 ガシャン! という音が聞えたのは、それから間もなくのことだった。音は上の方から聞えた。ペルソナのからだからゴミが剥がれおちたのかと思い、ライトは上を向く。


 ゴミの貝殻の中腹付近に、何本かの長い棒のようなものが出っ張っていた。それらはすべてこちらを向いているので、ライトはグッと目を凝らす。それが数丁のガトリング砲であることに気づいた時のは、発砲されるコンマ数秒前だった。 

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