第9話 破壊と守護

 通信端末から聞こえてきたハジメの声に、ライトは少なからず動揺した。


『ライト君、ライト君、応答願いまーす』


「は、はい! こちらライトです!」


『おー、ライト君、三日ぶり。無事でよかった』


「ハジメさん、一体どこから通信しているんですか?」


『君よりさらに高いところにいるよ。もう少ししたら見えてくるんじゃないかな』


 ライトは周囲を注意深く見渡した。そして煙が立ち上る方向に、いくつもの黒い点を発見する。

 それらはゆっくりとこちらに近づいて来ていおり、ほどなくその正体を確認した。


 それらは無数のヘリコプターだった。


 機体には黒い光沢があり、無骨で威圧感のある見た目だった。それが群れとなって向かってきている様子は、さながら迫り来る雷雲のようだった。


「まさかこれが、ハジメさんが言っていた傘都を破壊する計画ですか?」


『あぁ、そうさ。君も早く退散した方がいい。巻き込んでしまうからね』


 ライトは一時、返答に悩んだ。あくまで一時だった。


「ハジメさん、ハッキリ言って、こんなのはテロと変わりません。考え直してください」


『悪政からの解放には、多少の犠牲はつきものだよ』


「だからって、武力で行使しようだなんてーー!」


「勘違いしないでくれ。俺達の狙いは巨傘の破壊じゃない。そこにいるその化け物の駆除だ」


 どういうことですか? ライトが質問しようとする前に、背後からいくつもの悲鳴が聞こえた。


 防御壁と傘の間に、既に数機のヘリコプターが飛行していた。反対側からも進行していたことに、今更ながら気づく。ヘリコプターは作業員たちを追い回し、傘の先端部へと追いやっていた。


『その怪物の存在を知る者は少ない。さらに、そいつがこのガラス雨を降らさせている元凶だということを知る者はもっと少ない。今逃げ惑っている作業員たちは、ただ不気味な怪物が棲み着いているとしか、聞かされていないはずだ。そしてこの先もその真実を知ることはない』


「たった一匹の怪物のためにここまでのことをしますか」


『失敗は許されないんだ。当然だろ』


 ハジメの言葉に、ライトは重みを感じた。


『さぁ、君も早く逃げなさい。発電所の一部と通信設備を破壊した今なら、腕の装置を破壊しても何の警報もならないし、傘都から脱出することも不可能ではない』


 ライトはペルソナを一瞥した。


 いつの間にか自分の背後におり、傘に平伏すように縮こまっている。怯えているのだろ小さくて弱いものになっていた。


 ハジメたちにペルソナの処理を任せ、その間にウェイミーを奪還する。そしてペルソナが処理されたことを確認次第、間もなくに戻るーー。こうすれば、本来の任務遂行に関しては何の問題ない。


 頭では理解していた。が、ライトはその場から動こうとしなかった。そして大変馬鹿げたことを思案していた。


 そんなことをして何になるんだ。ウェイミー救出を任務遂行より優先しても問題ないじゃないか。第一、そんなのはあまりにも無謀過ぎるじゃないか。それなのにーー


 十数機のヘリコプターは、ライトのほぼ真上に滞空していた。作業員を追い払い終えたのであろう機体も背後に控える。いくつかの機体の下には機関銃が装備されており、その銃口はライトとペルソナを捕らえていた。


 吹き付ける風と騒音、そして止むことのない激しい硝雨の中で、ライトは葛藤する。


『時間だ。ライト君、せめて化けて出ないでーー』


 ライトは答えを決めた。真っ直ぐ、ヘリコプターの群集に剣を向ける。


「ハジメさん、僕の今までの仕事はこの怪物を引き付け続けることでした。でもたった今から、この怪物の警護に変わりました」


『君もあの女に隷従するのか』


「人質がいるんです。どうかご理解を」


『……そうか、とても残念だ』


 刹那、機関銃が一斉に火を噴いた。


 もしここにウェイミーがいたらならば、志創能力ソートを用いて集中力を極限にまで高め、正確に剣を動かし、すべての弾を弾き返すことも可能だっただろう。だが今のライトには弾の軌道をヤマ勘で推測し、がむしゃらに剣を振るうのが精一杯だった。


 撃たれた弾のうち十数発は、ライトが剣で弾いた。数発はライトの肩や腕、足などを甲冑ごと貫いた。そして残りのすべてが、ペルソナに命中した。


 んああああああああああああ!!!!


 悲痛な叫びがライトの鼓膜を震わせた。ペルソナの声だ。幼い子どもの泣き声を彷彿とさせるそれに、身も心も引き裂かれそうな感覚に陥った。


 痛みが走り、ライトはその場に崩れた。そのまま数m滑落してしまうが、勢いがつく前に何とか親骨を掴み、墜落だけは防いだ。


 ペルソナがその場で身体をジタバタと激しく動かしていた。痛みに悶えている。ライトにはそのことが意外に思えてしまった。


『手を緩めるな! 抹殺しろ!!』


 再び、弾丸の雨がペルソナに降り注ぐ。弾丸はいとも容易くペルソナの軟らかい肉体をえぐり、焼き切り、貫いた。鮮血が花のように咲いて、間もなく散った。ペルソナはより激しく苦しみ、叫んだ。


 助けなければならない。しかし今のライトには、この緩やかな傾斜を登ることさえ困難だった。


 刹那、ペルソナの背中にある鶏冠とさかのようなひだが左右に開いた。かと思えば、そこからバイオレットの煙が勢いよく噴出される。ほどなく煙はペルソナとヘリコプターの間に層を作り、その場でおどろおどろしく渦巻き始めた。


 事態を理解しようとする時間はハジメたちには与えられなかった。再度発砲の

指示を出そうとした途端、右前方に滞空していたヘリコプターが撃墜されたからだ。


 機体には、機体の縦幅と同じくらいの大きさの、分厚いガラス片が突き刺さっていた。ペルソナの発した煙から放たれたものだとハジメが気づいた時には、さらにもう一機のヘリコプターが、同じような目に遭っていた。


「ぜ……全員回避!!」


 ガラス片が放たれる間隔は五秒程度と長く、避けることは不可能ではなかった。が、狙われいる方向が直前までわからないこと、バドミントンのシャトルの如く、勢いが間もなく失われたガラス片が落下してくることが関連し、ヘリコプターは続々と墜落していた。

 

 墜落したヘリコプターやガラス片は巨傘にダメージを与えた。傘布に大穴を穿うがち、親骨を粉砕した。ライトの数m横の地点にもガラス片が落下し、上下に激しく揺れた。


 親骨を掴む手に力が入る。体力的な限界が近づきつつあった。


「ペルソナぁ! もう攻撃を止めてくれ!!」


 ライトの声はペルソナには届かなかった。ペルソナの攻撃は続き、同様にヘリコプターからの攻撃も続いた。


 数m下の地点にヘリコプターが墜落し、親骨を粉砕した。その衝撃に手が耐え切れず、ライトは宙に放り出された。目下にはミニチュアのような建物が見えた。


 一瞬の無重力感。永遠のようにゆっくりと感じる時の流れ。ライトは墜落の恐怖を覚悟した。


 が、ライトは墜落しなかった。それどころか宙に浮いていた。折れた親骨が突き出た、数十cm下の空間にだ。


 甲冑が引っ掛かったなどということではない。


「……そ……そこにいるのは、誰……ですか?」


 存在が見えない、気配すらあやふやな相手に対し、ライトは声をかけた。だが当人からの返答はない。笑い声のようなものが微かに聞こえたような気もするが、環境音に紛れてしまってよくわからなかった。


 返答の代わりに、ライトはその人物に身体を軽々と振り上げられた。


 驚きつつも、ライタは上空から、ちぎれた傘の端に奇妙なへこみを確認した。やはりそこには誰かが居る。それも複数。だがライトが傘の上に落下する前に、奇妙な凹みは消え去った。


 落下し、傘布を破らん勢いでしがみついたライトは、態勢を整えることもそこそこに、周囲の気配に意識を集中させた。だがやはり、件の人物たちの気配を感じることはできなかった。


 代わりに、別の気配が背後から迫っていることに気づいた。何故? という疑問を抱くと同時にライトは振り返る。


 レイが全速力で走って来る。

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