第7話 脅迫と選択

 車はホテルの前に到着した。


 ライトが車から降りると、車の窓が開き、ヨシヨが顔を出した。「では明日の朝十時に、ロビーで落ち合いましょう」


 そのタイミングで、ライトはあのことをヨシヨに言う。「ヨシヨさん、僕、職場体験をしてみたいいんですが」


「職場体験!」


 ヨシヨが声を張ったので、ライトは一時緊張した。だが途端にヨシヨは笑顔になったからに、小さく声が漏れた。


「その言葉を待っていました! 傘都に興味を持って頂いたようで、大変光栄です! 局に戻ったら、早急に準備させて頂きますね」


 車は心なしか意気揚々と走り去っていった。


 ライトはベッドにダイブした。1cmほど身体が宙に弾んだ後、3

cmほど身体が沈んだ。


「ライト~、私潰れちゃうよ~」


「あ、ゴメン……」


 ライトはウェイミーを枕の横にちょこんと置いた。その流れで、サイドテーブルの上にある電話の受話器を取り、フロントに電話をする。


「もしもし、1059号室のライトですが、ルームサービスをお願いします。――はい、スペシャルピザとフライドポテト、あと烏龍茶を二つで。――はい、お願いします」


 受話器を戻した。


「ポテトと烏龍茶は余計じゃない?」


「まぁまぁ。せっかくだからウェイミーも一緒に食べようよ」


 サッとシャワーを浴び、ゆったりと過ごしていると、ノックの音が部屋に響いた。ライトはドアまで歩いていき、返事をしながらドアスコープを覗く。


「失礼いたします。ルームサービスをお届けに参りました」


 にこやかな笑顔を浮かべたボーイが廊下に立っていた。彼の傍らにはワゴンがあり、一段目には八角形の大きな箱、二段目にはとクロッシュと烏龍茶の缶が二本載っていた。


 ライトは鍵とチェーンを開けて、ボーイを中へと通した。ボーイは部屋の中央にあるテーブルに注文した品を置いて行くと、クロッシュとカートを引き下げ、ささっと部屋を後にした。


 箱を開けると直径が50cm以上ある巨大なピザが姿を出現した。具は四種類に分割されている。マルゲリータ、野菜ピザ、チーズ&焼き肉ピザ、シーフードピザの四種だ。いずれもライトが好むピザのメニューであったからに、ライトは目を輝かせた。


 はやる気持ちを抑え、ライトは人形を床に置いた。そしてその上に手をかざす。


 間もなく人形が光に包まれた。光のシルエットは次第に大きくなり、そして人の形を作り始める。十秒程経過すると、光は消え、人の姿に戻ったウェイミーが姿を現した。


 二人は早速ピザを口一杯に頬張った。思わず唸り声を上げる。


「そう言えば、ハジメさんからのメッセージとか無いよね?」


「あ、言われてみれば」


 ライトは箱の裏を見たり、ピザをずらしたりしてみた。しかしそれらしいものはどこにもなかった。ライトもウェイミーも首を傾げた。


 ウェイミーはポテトにも手を伸ばす。「ハジメさんは具体的には何をするつもりだと思う?」


「んー、現状考えられることなら、明後日にやるって言ってた、傘布の張り替え作業に乗じて、傘を破壊するなり行政区を制圧したりするんじゃないのかな」


「うん、私もそう思った。でも、そんなの――」


「そんなのはただの、テロリズムに過ぎない」ライトは烏龍茶を口にした。「レイさんの方も、それ相応の警備体制は必ずしてくるはずだ。それを掻い潜れるのかも怪しい」


「あるいは、もう既に手を打ってるか……」


 二人は沈黙した。目の前に切り分けられたピザをジッと見つめながら、それぞれに考えを巡らせる。


 その時、ドアがノックされる音が部屋の中に響いた。そして直後、声も聞こえてくる。


「お休みのところ失礼いたします。ルームサービスをお届けに参りました」


 ライトとウェイミーは互いに、相手の顔とテーブルの上を何度も見た。


 ライトは立ち上がった。途端、視界がグニャっと歪んだ。バランスを崩し、カーペットが敷かれた床に倒れた。


 声が聞こえる。ウェイミーの声だ。しかし水の中にいるような具合で、何を言っているか聞き取れない。それを推測しようにも、上手く頭が働かない。そしてそのまま、ドロドロの沼の中に沈んでいくような心地に襲われた――




 体が縛られている。それを感じ取って目が覚めた。


 ぼんやりとした意識の中、ライトは、自分が椅子に座っていることと、そこに縛り付けられていることを認識する。


 近くに人の気配はない。が、あの気配がこちらに近づいてくるのは確実にわかった。顔に冷水を当てられたような気分になる。さすがに悠長にしていられず、ライトは瞼を開いた。


 どうやらホテルの空室にいるようだった。敷かれているカーペットや天井の照明などを見て悟った。


 ウェイミーは無事だろうか。人間の姿にしてしまった軽薄な自分をぶん殴りたくなる。気配は隣の部屋からした。動きや精神に変化がないことから察するに、まだ眠っていると思われる。同室には二人の人間の気配がした。


 そうこうしているうちに、ドアが開いた。ライトは背筋が凍るような感覚に襲われた。


「お目覚めのようですね、ライトさん」


「レイさんのような方の前じゃ、オチオチ寝惚けていられませんから」


 レイは温度のない笑みを浮かべ、ライトに歩み寄る。「あなたは昨夜、この傘都で最も危険視されている犯罪グループの巣窟に居ました。しかもグループの幹部と思われる人物と共に。そこでどんな話したか、教えてもらいたいのです」


 まぁ、そういうことだろうなと、ライトは内心溜息をつく。「掻い摘んで言うと、僕が過去にどんな世界を旅をしてきたかと聞かれたので、その話をいくつかしました。それで僕はその人から、この傘都がいかに酷いところかと、延々と愚痴を聞かされました」


 そうだったんですか、とレイは淡白に言った。そして耳に指を当て、補聴器のような通信端末を使って「やりなさい」と一言呟く。


 刹那、破裂音と悲鳴が聞こえた。隣の部屋から聞こえた。


 ライトは声を荒げ、レイに噛みつこうとした。その勢いで椅子ごと身体が傾き、顔面から床に倒れた。


「正直に言わなかった罰ですよ」レイはしゃがみ込み、ライトに顔を近づけた。「さぁ、本当は何を話したんですか?」


 ライトは殺意丸出しの目でレイを睨んだ。だが、レイが耳に手を当てようとしたので、思わず口走る。「仲間になれと言われました! 傘都を破壊する計画の仲間に! 具体的な内容は今日知らされる予定だったんです!!」


「なるほど、色々と納得しました」レイは滑らかに立ち上がる。そしてライトを悠然と見下ろす。「分身たちは知りませんが、私は彼女たちの全員の位置と言動をほぼ認識しています。だからあなたとの会話もハッキリと聞えた、というわけです」


「だから薬を持った料理を先んじて届けられたということですか……」


「御名答です」


 レイはニッコリと笑う。やはり温度は感じられない。


「さてライトさん、入傘時にサインした誓約書にもあった通り、犯罪に加担したあなたには罰則が与えられます。本来なら禁錮五年や強制労働七年などの刑に処されるところですが、まだ未遂の段階であることと、あなたが見込みある人材であることには、情状酌量の余地があると、私は思いました。そこであなたには選んでもらいます」


「選ぶ?」


 レイはライトの背中に回り込みながら言う。「ヨシヨにも言ってましたよね、『特別な職場体験がしたい』と。それを今回特別、ライトさんのために用意しました」


 レイはライトを椅子ごと立て直した。そして正面に回ってきて、凛とした態度で言う。


「一つは、傘都郊外にある火力発電所兼ガラス製造工場で、溶融炉への材料の投入をして頂きます。通常は機械を使った全自動ですが、丁度メンテナンス期と重なったので人力で行います。1500℃近い炉へ万が一落下したら、人堪りもないでしょう。

 そしてもう一つは、明後日から始まる傘布の張り替え作業中の警護です。これは公にはされていないことですが、実はガラスの雨を降らせているが傘の上に居座っています。作業中、作業員に危害が加わらないよう、それから注意を引きつけ続けて頂きます。さぁ、どちらにしますか?」


「……ちなみに、どっちも嫌だと言ったら?」


「ライトさんは永久退傘、あなたのパートナーは政府公認のいかがわしい店に売買されます」


 ライトの額に青筋が立った。


「さぁ、選んでください」


 ライトは大きく溜息を吐き、答える。「警護の方をやらせて下さい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る