第5話 画策と気配

 フライドポテトと牛モツの煮込みが運ばれてきた。それを待って、ライトは口を開く。

「どうして壊滅させるんですか?」


「今のこの都市のあり方が間違っているからだ」ハジメはフライドポテトを摘まんだ。「お前にはこの都市がどういう風に見えた?」


「経済的にも技術的にも発展してる凄い都市だと思いました」


「真っ当な感想だな。それじゃ――」ハジメはライトにグッと顔を近づける。「不可解だと思ったことは何だ?」


 ライトはジンジャーエールを一口飲んで、言葉を整理する。「まず、未成年の女性が入傘できないこと。それと街中で見たツギハギの甲冑かっちゅうを着た子どもですね。あぁ、あとその子どもに対して、案内人の方が無視を決め込んだことです」


「同じ顔が何人もいたことは別に何とも思わなかったのか?」


「少し驚きましたけど、会う人全員が同じ顔だったも訪れたことがあるので」


「大した奴だな」


 ハジメはビールを飲み干し、通りかけの店員におかわりの注文をした。そして語り始める。


「未成年の女性を入傘できないのは、彼女たちの多くが売春婦だからだ。秩序を乱すような輩は門前払いってわけだ」


「成人した売春婦の方はいいんですか?」


「無論、発覚したらだ。悪質な場合はもあり得る」


 ライトはギュッと口を結んだ。


 ビールと共に焼き鳥十種が運ばれてきた。ライトは軟骨に手を伸ばし、コリコリとした触感を味わう。


「とは言え、お前が見た甲冑の子どもの中には女も混じっている」


「職務怠慢じゃないですか」ライトは語気を強めた。


「そう言われても仕方がないが、あんな甲冑が越しには、女だと断定できない」


「あの子たちはどうしてあんな恰好を?」


「あいつらは雨ざらし、つまりはこの傘都から追い出された奴らの子どもだ。傘属してない奴らにまともな仕事なんてできないから、ガラスの雨をドラム缶一杯に集めて傘都に売りに来るんだ。まぁ、雀の涙くらいの値段しか付かないがな。で、そいつらが家から傘都までリアカー引っ張って来るときに、鉄傘てつがさ差さなくていいように、あんな恰好しているんだ」


「いや、そうじゃなくて、何で脱がないんですか? あの中に武器とか爆弾を隠し持ってたら大惨事じゃないですか」


「まぁ確かに、過去はそんな凄惨な事件もあったよ」砂肝に手を伸ばす。「だからこそ、認証カードや厚い監視システムが導入されてる。入傘審査も、あいつらは専用の門から入ることになっている。それでも甲冑を脱がさないようにしてるのは、まぁ最低限の慈悲だな」


「慈悲?」


「負け組扱いされてる連中だぞ? 注目を集めること必死だが、それでも、石を投げつけられたり、腹いせに襲われても可笑しくはないからに、身を守る手段が必要なんだ。ちなみにそれらの行為に対して、行政はまったく関与しようとしない。彼らはここでは人権がないも同等の扱いなんだ」


 子どもを襲うほどの鬱憤うっぷんが溜まるような、酷いストレスを皆抱えてるんですね、とは言わなかった。それを晴らすためにも、このような秘密の酒場があるのだろうと思った。


「そういう格差があるから、傘都を壊滅させるんですか?」


「俺はそう思ってる。だが仲間内では『あんな奴らのことはどうでもいいんだよ!』っていう意見の方が確実に多い」


 ハジメは早くも三杯目のビールを追加した。顔が赤い。大分酔いが回っているように、ライトには見受けられた。


「この傘都の労働者の、一日当たりの平均労働時間がどのくらいか、わかるか?」


「いや、わからないです」


「約十一時間だ」


 ライトは意図せず声を漏らした。


「そして一週間平均は六十五時間弱。何が言いたいかわかるだろ?」


「働き過ぎですね」


「そうなんだよ! 働き過ぎなんだよ!」ハジメは机を叩いた。「それでもなお、あいつは『もっと成果を出しましょう』とか言いやがるんだぞ! 頭おかしいんだろ!」


 そうだそうだ! と、ハジメの話を耳にした周りの客の一人が合いの手を入れた。


 ハジメは立ち上がる。「何が『よりより良い生活のため』だ! 何が『より発展した社会のため』だ!! 朝から晩まで仕事漬け! 日々求められる高水準の成果! 過労死者が毎日一人以上出ているようなハードワークな環境下! 目標に達しない場合は問答無用でドロップアウトさせられる! 下手をすれば雨ざらし! 刃向かえばてるてる坊主! 広がる負け組と勝ち組の格差! 成果に見合った報酬は得られても使う暇がない!! 大半は銀行に預金されているからに、銀行と企業はドンドン金の貸し借りを行って、ますます成長する! また仕事が増える! 好循環に見せかけた最低最悪の悪循環だ!!」


 店内が歓声と拍手が巻き起こる。妙な熱気が立ち込めて、天井に雲ができるそうな具合だ。


「俺たちは機械人形じゃない!」ぽっちゃりとした中年男が立ち上がる。


「もっと休みが欲しい!」化粧が濃い女が立ち上がる。


「働きたくないでござる!」やつれ気味の若い男が立ち上がる。


「主婦になるのを負け組扱いするな!」顔が真っ赤になった若い女が立ち上がる。


「俺たちは!」ハジメは空のビールを掲げる。「必ず毒母ママから一人立ちしてみせる!!」


 熱狂に次ぐ熱狂。膨れつつある腹に響く歓声と拍手の嵐。ライトは耳を押さえながら、上のフロアに声や振動が伝わっているのではないかととても心配になった。


 立ち上がっていた者たちはほどなく椅子に座った。しかし各席で論議が絶えず、また物議を醸している。


「それで、計画が成功する算段はあるんですか?」


「お前が計画に参加するとここで明言すれば、その詳細を教える」


 ライトはもう答えは決まっていた。だがまだ質問を重ねる。


「ハジメさんがこの計画を進める理由は何ですか?」


「ん? おいおい、たった今熱弁しただろうが」


「では言い方を変えましょう。?」


 ハジメはライトから目を逸らした。しばらくの間、店内の喧騒が耳に刺さる。先ほどよりも遥かに静かなのに関わらず、ライトはそれらの音がヒリヒリと痛かった。


「旅人っていうのは、どいつもこいつもそんなに観察眼が優れてるものなのか?」


「ある程度身につけておかないと命を落としかねないので」


「お前も色々と修羅場潜り抜けてきたんだな……」


 ライトはハジメの次の言葉を待った。焼き鳥の串をクルクルと回転させ、考えをまとめている様子が見て取れたからだ。そして串の回転が止まって、ハジメが口を開く。


 刹那、強烈にうるさい音が店内に響いた。全身の鳥肌を一斉に立たせ、食器類が細かく振動していた。


 周りを見ると、赤らんでいた客の顔が一瞬で青褪めた。客たちは別の意味で騒ぎだし、そして手早く荷物をまとめ、店内の奥へと急ごうとする。


「慌てないでください!」店員の一人が、拡声機を使って呼びかける。「逃げる時間は十分にございます! 決して押し合わず、冷静さを保って、非常口をご利用ください! ルートは多数ご用意しております! あっ、ちなみに本日お会計は後日秘密裏に請求させて頂きますので悪しからず!!」


 ジョーク混じりの店員の案内に、客は苦笑しつつ従った。列を整え、押し合わずに店内の奥にある四枚のドアを通っていった。


「一体何事ですか?」


「多分、この店に抜き打ちの監査が入った。ここにいるとあまりよろしくないから、お前は落ち着いて外に出て、タクシー拾ってホテルに戻れ。会計はその腕輪で出来る。それと、明日ナビゲーターに何か聞かれるかもしれないから、今日のことは適当に話でっち上げておけよ」


「ハジメさんは?」


「少し残り物を漁ってから行くさ」ハジメは親指を立てた。「また連絡する」


 ライトはドアをくぐり、迷路のように入り組んだ通路を進んで外に出た。出た先は小料理屋が軒を連ねる細い路地だった。通ったドアは居酒屋の勝手口だったが、おそらくカモフラージュなのだろうと思った。しばらく歩くと、すぐに通りに行きついた。そこでタクシーを拾い、音声認識でホテルへと走らせた。


「あ、そう言えばさ」とライトはふと思い出す。「何か言いかけてたよね」


「えっ、何だっけ?」


「ほら、塔に入る直前だよ。『勘違いかもしれないけど』とか何とかって」


「あぁその話ね……」ウェイミーは言い淀んだ。「塔の中からコアの強く気配がしてたから、それを伝えようとしたんだけど、ホントに一瞬だけ、も近くに感じたの」


「みたいな気配?」ライトは怪訝な表情になる。「だってペルソナの気配はずっと傘の上からしてるよ?」


「そうなんだよねぇ。だから私の勘違いかなって。それに、ハッキリとペルソナって分かる気配じゃなかったの。まず無いと思うけど、どっちかって言うと――」


「言うと?」


思想家スィンカーの気配っぽかった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る