第4話 密談と暗躍
行政区にほど近い、居住区の一画にあるホテルの一室にライトとウェイミーは居た。
室内には葦で編まれたソファや御座、観葉植物、間接照明などがあり、リゾートホテルを思わせる広々とした空間だが、それに関心を払う元気は二人には皆無だった。
「もう動けない……」ライトはベッドにうつ伏せに倒れた。
「私も変に疲れちゃったよ」ガラステーブルに置かれたウェイミーは深く溜息をついた。
レイとの面会は十分程度で終わった。その内容も、簡単な自己紹介や世間話ばかりで、決して大したものではなかった。しかしそのわずかな間に、炎天下を十時間ぶっ続けで走らされたような精神的疲労を味わった。
「ライトはどう思った? あのレイさんのこと」
「少し、いや、かなり危険なコアかもしれない」ライトは上半身を起こす。「どこまで理解できてるかわからないけど、あの人はこの世界を自由にできることに気づきはじめている」
「うん、ここまでの人に会うのは初めてだね」
イディア界の
しかしそれには強い信念を必要とする。言うなれば「自分は神だ」「全知全能だ」と無意識で信じていなければできない。その考えは、コアの人間界での環境や他人からの評価、これまでの経験などによって、コア自ら否定しまうのが自然だ。
だたレイは違った。確固たる実力と自信でもって世界を統率し、意のままにしようとしている。
その行為自体は問題ではない。良くも悪くもここはイディア界。「コアのいない世界」も「世界がないコア」も成立し、コアの臨むがままの世界であることが最良の状態ではある。
問題は、レイの反感を買ってしまった場合、世界そのものがライトたちに危害を加えてくる可能性があるということだ。
ベッドサイドテーブルの上の電話が鳴った。ライトはベッドの上を這い進み、受話器を取る。それはフロントからの電話だった。
「ライト様と面会を希望されているお客様がいらしております。いかが致しましょうか?」
ライトはウェイミーを一瞥した。「わかりました。十分程度お待ちくださいと、お伝え願えますか?」
「かしこまりました。フロント横に併設されておりますカフェでお待ちいただいておりますので、いらっしゃった際は従業員にお申し付けください」
ライトは受話器を戻し、ベッドから立ち上がった。
「誰だろうね?」
「ヨシヨさんか、あるいはレイさんの使者か」
ライトはウェイミーを上着のポケットに入れ、部屋を出た。
「よっ、オツカレ―」
底抜けに気楽な声が、エレガントな雰囲気のカフェに響いた。スーツをビシッと決めた人々が周囲に溢れている中、その人のはとてもカジュアルな……見る人によっては浮浪者のような服装をしている。
「あなたは、確か詰所にした――」
「ハジメだ。よろしくな、旅人のライト君」
ライトは強く握手され、少々たじろいだ。
「よし、んじゃ行くか」
「えっ、どこにですか?」
「は? んなの飯に決まってんだろ。俺が全部奢るから、黙ってついて来い」
ホテルのすぐ外でタクシーに乗り込んだ。タクシーと言っても、自動運転式のため、運転手は乗っていなかった。ハジメがカーナビ型の端末にクレジットカードのようなものを挿入し、さらに行き先を入力すると、車は走り出した。
暫くしてタクシーは商業区の一画に到着した。ライトが昼間に通ってきた、オフィスビルが立ち並んでいた通りとは異なり、賑やかな繁華街を形成していた。
タクシーから降りて、ライトとハジメは歩き出す。多くの客引きに声をかけられたが、それらはすべて無視して進んだ。
横道に入ると、その店があった。レンガ造りの外装で、メタリックで立体的な看板がスポットライトによって照らされていた。【Dining Bar SHIGURE】とある。
ハジメが木のドアを開けた。カランカランと軽やかなベルが鳴る。ライトも続いた。通った途端、腕輪に着いていた小さなランプが点灯した。入店を記録されたのだろうと予測できた。
「いらっしゃいませ」
ボーイが
「個人識別証明カードの提示をお願い致します。お連れ様は腕輪をお出しください」
疑問に思いつつも、ライトは腕輪を出した。ハジメもカードを提示する。ボーイはそれをサイドテーブルに置いてあった、スマホのような機械を使ってそれらを読み取った。
「ハジメ様、いつもご利用ありがとうございます。VIPルームのご利用でよろしかったでしょうか?」
「あぁ」
「どうぞお入りください」
ボーイがドアを開ける。オレンジ色の照明が上品な雰囲気を醸し出す店内がそこにはあった。テーブル席で楽しげに談話しているスーツを着たカップルや、カウンターでカクテルを作っているバーテンダー、その向かいで静かにグラスを見つめる男性の姿など見受けられた。
「こっちだ」
ハジメに手を引かれ、店内の奥、他の客には完全に死角になっている場所まで連れて来られた。そこには一人のボーイと「VIP」のプレートが掲げられたドアがあった。ボーイは何も言わず、ライトたちをその部屋に通した。
室内は一畳程度の広さしかない。大の大人と子供一人だけでも、十分に窮屈さを覚える。ドアが閉められたならなおさらだ。
「しっかり口閉じとけよ」
言われた通りにした途端、バタン! と足元から音がしたと思ったら、瞬く間に落下した。落下時間は2、3秒足らずだったが、ライトには永久に落下し続けたような恐怖を一瞬にして味わった。そして弾力のあるクッションに着地した。
店内は、先ほどまでとは打って変わり、喧騒に満ちていた。大酒を煽り、馬鹿笑いする人々が
ハジメはクッションから立ち上がり、大きく手を広げた。
「ようこそ、旅人! 俺たちの楽園、
ライトはポカーンとした。
「何だよ、乗り悪いなー。まぁ、突然過ぎたから仕方ねぇか」
ハジメが手を差し伸べたので、ライトはそれを取って立ち上がった。まもなく店員が現れて、席に案内された。そしてハジメはビール、ライトはジンジャーエールを、いくつかの
「ここはな! 聖母の監視の目が届かない、特別な場所だ! どいつもこいつも、日々感じている窮屈な思いをここで発散してるのさ! 素晴らしい場所だろ!」
「どうして僕をこんな場所に!?」
「それはな!」
そのタイミングで飲み物とお通しが出された。お通しはもやしと春雨のナムルだった。ライトたちはとりあえず乾杯を交わし、飲み物を飲んだ。
ハジメはジョッキを持ったまま、ライトの耳元で言う。「お前に、誰にも聞かれたくない話をしたかったんだ」
「どんな内容ですか?」
「お前に、俺たちの計画に協力してもらいたい」
「計画?」
「この傘都を壊滅させる計画だ」
「ではニト、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ、レイ様」
レイはドアを閉じると、ホッと一息ついた。歩きながら背広を脱いで、ソファに投げ掛ける。間接照明の点いたオープンキッチンの棚からグラスを取りだした。そこに冷凍庫から球体の氷を落とす。そしてカウンターに置いてあったブランデーを注いだ。その
「俺にも一杯くれないか?」
部屋の奥、暗闇の中から声がした。低く、乾いた男の声だ。その姿はレイからは確認できない。唐突に聞こえたにも関わらず、レイはまるで取り乱さなかった。
「女性のプライベートエリアに勝手に入ってくるような輩に、このお酒は飲ませられないわ」
「今ドアから出て入り直したらもらえるか?」
レイは鼻で笑った。
「あの
「あのライト少年のこと?」
「あぁ。あいつはあんたの理想を壊す」
「それはそれは」レイはまた一杯ブランデーを飲む。「やれるものならどうぞやってみてほしいものね」
男は鼻で笑った。「まぁ、用心することだ」
そして男の気配は消えた。
レイはグラスを空にして、ベッドルームに向かった。途端、電話のベルが鳴り響いた。
「ツグミです。お休みところ申し訳ありません。緊急の用件が」
「どうしました?」
「彼女に動きがありました」
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