第2話 入傘と分身
ライトはより一層険悪に門番を睨む。「ふざけているんですか」
「嫌なら従わなくても結構です」門番は冷然と言った。「しかしあなただけでも入傘したいのならその少女のことは見捨てなさい。そして共に入傘したいのなら殺すしてくださいと言っているのです」
ライトはポケットに手を入れる。それをウェイミーが止めた。そして数秒間、二人を互いに見つめ合った。
「……少し相談してきます」
ライトとウェイミーは、門番たちの目の届かないところまで、壁の縁を歩いて行った。ガラス雨の飛沫が、ウェイミーの
「ライト、怒ってくれるのは嬉しいけど、もう少し冷静にならなきゃ」
「でもウェイミーはーー!」
ライトの言葉を遮るように、ウェイミーはライトの胸にそっと両手を当てた。「『僕の心だ』でしょ? ありがと」
高揚していたライトの表情が、ほどなく穏やかになった。だがややあって、嬉しいようなかなしいような、複雑なものに変わる。
「ごめん、熱くなってた……」
ウェイミーはニッコリと笑った。「それじゃ私、戻るね」
「うん、お願い」
ウェイミーはライトの片手を取ると、自身の鎖骨の辺りに当てた。その上から自分の手を重ねる。間もなく、彼女の身体がうっすらと輝き始めた。
「お待たせしました」
仏頂面を携えて、ライトは門番たちの元に現れた。一人で現れた。
門番たちは、ライトのことを嘲笑いもしなければ励ましもしなかった。鋳造されたような無表情のままだ。
「ではこちらに来なさい」
一人はライトを案内し、もう一人はその場に残って番を続けた。
詰所には、さらにもう一体の機械人形改め門番が控えていた。先の二人に比べれば、その彼は幾分か表情があった。ライトたちが入ってきた時、ちょうどあくびをしていた。そしてライトたちに気づくと、ばつが悪そうに表情になった。
二人の立ち会いのもと、ライトは入傘審査が始まった。まず机の上に持ち物を全て出した。
「これだけの所持品でよく旅なんてできますね……」
案内した門番が人間味を垣間見させるのも無理はなかった。ライトの所持品はコンパクトミラーと一枚のカード、紐がついた小さな鍵、そして手のひらサイズの熊の人形、以上の四点のみだ。
控えていた門番が訊ねる。「この鏡は?」
「身嗜みを整えるためと、曲がり角の安全を確かめるためなどに使います」
「このカードは?」
「僕が所属している組織の所属内容を示すカードです。身分証明書の代わりですね。ちなみに組織の名前は『
「そのブレイカーっていうのは何をする組織なんだ?」
「世界中を旅して、その様子を報告します」
門番は一時黙った。「この鍵は?」
「自宅の鍵です」
「この人形は?」
「御守りです。旅に出る時、友人から貰いました」
門番は
次にライトは一枚の紙を渡された。誓約書だった。
ライトはその内容をよく読みこんだ後、誓約書にサインし、拇印を押した。
その後簡単な身体検査を済ませたライトは無事、入傘を許可された。
「滞在期間の上限は今日を含め五日だ。どうする?」
「では五日で」
門番は書類にそのことを記入した後、金庫を開けて何かを取り出した。腕時計のような金属製のリングだった。
「これはここでのお前の身分証明兼、監視装置だ。常に電波が発信されていて、都市中に設置されている監視カメラとかのセキュリティシステムがそれをキャッチして、お前の行動を随時記録する。退傘するまで装着しておけ」
ライトはそれを左手首に装着された。手錠のように装着されたのは腑に落ちなかったが、近未来的な装いに少し感動した。
「あぁそれと、誓約書にも書いてあった事項だが、お前には常時ナビゲーターがつくことになっている。門を潜ったら目の前にある通りを真っ直ぐ進んで、最初にあるブロンズ像の前で待っていろ。ーー以上だ」
門を潜ると、そこには大都市が広がっていた。
個性的な造形の超高層ビル群。片側が六車線もある幅の広い道路とそこを程良く埋める自動車。活力的に行き交うスーツを着た人々。そしてそれらの中心に、印象的かつ象徴的な巨傘が威風堂々と
ライトは小さく感嘆の声を漏らした。そしてポケットから熊の人形を取り出す。「見て、なかなか凄いよ」
「へぇー、本当に大都会だね」
人形から声が聞こえた。ウェイミーの声だった。ウェイミーのもう一つの姿、
「それで、案内してくれる人と待ち合わせするんだよね?」
「案内っていうより、多分監視なんじゃないかな。こんな物までつけさせて、徹底してる」
ライトはウェイミーを優しく手に持ったままポケットに入れ、歩き出した。
建物は、どうやらほとんどがオフィスビルのようだった。ブティックやカフェはおろか、スーパーやコンビニすら見当たらなかったからだ。スーツや作業服を身に纏った人々が、出たり入ったりを繰り返している。
「はい、ではそのような
「先方には私がアポ取っておくから、そっちは頼んだぞ」
「さっき送ってもらった明日のプレゼンの資料確認したんだけど、文章が回りくどいぞ」
「来週の会議だけど、ちょっとリスケしといてくんねぇか?」
道行く人々は、皆そのような独り言を呟きながら、足早にライトたちの横を通り過ぎていった。彼らの耳には補聴器のようなものを装着していた。おそらく通信端末の一種なのだろうと、ライトは思った。同時に、この世界の技術の進み様に少し驚き、警戒心を強めた。
ブロンズ像はすぐに見つかった。大通りの交差点の角で、女の胸像が赤茶色の光沢を放っている。モデルの見た目は三十前後。凛とした視線で交差点を見ていた。
「この人がコアかな」
「私にも見せて」
ライトはウェイミーを取り出し、ブロンズ像に向けた。
「へー、女の人なんだね。すごく仕事が出来そうな感じがする」
「そう言えば、コアとペルソナの気配は感じる?」
「んー、ちょっと待って」ウェイミーは数秒間静かになった。コアはあの傘の方から、ペルソナはちょうど傘の上の方から感じるよ」
「うーん、やっぱりこの上には行かなきゃいけないのか……」
「ライト、高いところ苦手だもんね」
「ライトさんでいらっしゃいますか?」
ライト答えつつそちらを向く。そして小さく驚嘆の声を漏らした。
一人の女が立ってる。紺色で細身のスーツがよく似合う、誠実かつ聡明な印象をライトは受けた。艶やかな黒髪は肩に掛かるくらい、大きな瞳でライトを見据え、膨らみのある唇に微笑みを携えている。
「はじめまして。この度ライトさんのナビゲーターとして抜擢されました、OLA広報局所属、識別番号444番のヨシヨと申します。どうぞよろしくお願い致します」ヨシヨは深々と礼をした。
「ライトと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」ライトも慌てて頭を下げる。「広報局の方なんですね」
「はい。ライトさんにこの都市の素晴らしさを全力でご紹介すると共に、我らが指導者が思い描く都市構想に賛同して頂き、最終的にはここに永久
「指導者と言うのは、このブロンズ像の女性のことですか?」
「はい、その通りです」
ライトは今一度、ブロンズ像とヨシヨを見比べた。「よく、似ていらっしゃいますね」
ヨシヨはニッコリと笑う。「わたくしは彼女の分身ですから」
「分身、ですか?」
「取りあえず移動しましょう」とヨシヨは朗らかに言う。「車を用意しています。どうぞこちらへ」
ライトはヨシヨについて歩いた。歩いたのは三分にも満たない時間だったが、その間にも、ヨシヨと同じ顔かつ同じ格好の人間と二回も遭遇する。彼女たちはその度に「お疲れ様です」と、同じ声色かつ同じ仕草で挨拶をし、擦れ違った。
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