第二章 独裁的世界 ~under her umbrella~
第1話 硝雨と巨傘
絶え間ない騒音はマシンガンの発砲音のようだった。少なからず振動も伝わってくる。この音で死人が出るのでは? と、ライトは本気で考え始めていた。
天井を見る。鉄色に錆びついた、薄っぺらなトタン屋根だ。いつ崩壊しても不思議ではない。むしろ数十分間も自分達を守っていることが奇跡に思えた。
「困ったねぇ」ウェイミーは軒先から空を慎重に見た。「このままじゃ身動き取れないよ」
「ホントだよ」ライトは荒い溜息をついた。「トタン板の一枚や二枚出してくれてもいぃじゃん」
「経費使い果たしちゃったんだから無理だよ。パルゼニアさんにも言われたでしょ? 『お前はもっと金の使い方を考えろ』って」
「何度も言うけど、あれは必要経費だったんだって」
「もう少し砂糖の量減らしても良かったと思うよ? 」
ライトは唇を尖らせた。
「それにしても、このバス停をすぐ見つけられたのは不幸中の幸いだったね」
「そうじゃなかったら、今頃僕たちはハリネズミになっているところだったよ」
ライトも空を見た。
人々の陰鬱な溜息が集まって出来上がったような、重たげな錫色の雲に支配されている。そしてそこから、恐ろしい速さと激しさで、細かなガラスの破片が降り注ぐ。
「これはさすがにペルソナの仕業だよね」
「たぶんね。どこかであの雲を作り出しているんだと思う」
「
「さすがに、死に瀕してるような危機的状況だったら、オチオチ雨宿りできないよね」
ライトは手の甲に目を落とす。二人はこのバス停に到着する間に、ガラスの雨に当たっていくつもの切り傷を負っていた。即効性がある特別な
唐突にウェイミーが長椅子から立ち上がった。そして壁際から向こう側を覗き見る。
「何か来るよ」
「バス?」
「えーっと……、あぁうん、確かにバスだね」
ライトは首を傾げた。ほどなくその意味を理解する。
二人の前に現れたのは、大きなバスタブだった。白磁色の陶器で出来ており、揺り籠のようなフォルムが美しい。猫足もついていて、雅な女性が入浴している洋画のワンシーンを連想させた。しかしその上品さを崩壊するように、無骨な鋼鉄製の傘がバスタブに突き刺さり、猫足には粗野な鋼鉄のタイヤを装着していた。
バスタブが二人の前で停止した。自動運転システムが備わっているのか、中には誰もいない。少しだけ悩んで、二人はバスタブに乗り込んだ。
バスタブバスは快適に二人を運んだ。ヘッドライトのハイビームが前方を照らしていたが、ガラスの雨に反射するばかりで視界はあまり良くない。
バスタブは畦道を走っている。片側は土が剥きだした高い崖、反対側は閑散とした田んぼだ。田んぼに誰かいないかとジッと目を凝らしたが、
「ライト、あれ」
ウェイミーに言われ、ライトは前方を見た。
バス停があった。ライトたちがいたそれよりもさらにボロボロだった。さらに近づいて行くと人が居ることもわかった。
真っ白な髪の老女だった。地蔵のような穏やかな表情、小さな体躯で、長椅子の端にひっそりと座っていた。頑丈そうで重そうな傘を、杖のようにして体の前でついている。
バスタブがバス停の前に到着した。このままでは老女が乗れないと思い、ライトとウェイミーは降りようとした。
「大丈夫だよ」老女はのんびりとした口調で言った。「あたしゃぁただ人を待ってるだけだから」
まもなくバスタブは発進し、老女の姿は雨の向こうに消え去った。
「何だったろうね、あのお婆さん」ライトは後ろを見ながら言った。
「わからないけど、行き先はわかったよ」
「どこに行くの?」
「『夢と希望』だって」
その後もおよそ十分程度の間隔でバス停があった。屋根が崩れ落ちているものもあった。だがそこに人の姿はなかった。またバスタブとすれ違うことも二度あったが、やはりそこにも誰も乗っていなかった。
ある時、ライトが遠くに人影を見つけた。田んぼを挟んだ向かいの道を、ライトたちと同じ方向に歩いていた。
それは子どもだった。ツギハギで不格好な、いかにも安上がりな鎧を身に纏い、年季の入ったリアカーを引いている。荷台にはいくつものドラム缶が積まれていた。それらが相当重いのか、あるいはその子の体力が限界なのか、その子の歩みはカタツムリのような速度だった。そのため、その姿はあっという間に見えなくなった。
徐々に同じ体勢でいることが耐えがたくなってきた頃、それは姿を現した。二人は思わず感嘆の声を漏らす。
傘が建っていた。天を突き破りそうな高さで、地上を覆い尽くしそうな広さの傘だ。傘の下には摩天楼が立ち並んでおり、都市を形成しているようだった。多彩なネオンが輝いていた。
軒先――傘の下と外との境目付近――には壁があった。高さは5mほどだろうか。その全面が、虹のような鮮やかな彩色と緻密なデザインが目を奪う、荘厳なステンドグラスで装飾されいた。
バスタブは門の前で停まった。二人は降りて、二人の門番に歩み寄る。門番は納戸色の帽子と軍服を着用し、銃剣を所持していた。二人とも男で、マネキンのように表情がない。
「すみません、中に入りたいのですが」
「カードを提示しなさい」
ライトとウェイミーは同時に首を傾げ、ライトが聞き返す。「何のカードですか?」
「個人識別証明カードのことです」
「すみません。僕たち旅の者でして、そのようなカードの存在さえ知りませんでした」
門番は一旦顔を見合わせた。
「では
門と壁の間に挟まるようにして建っている小判型の建造物に、門番の一人が歩いて行く。ライトとウェイミーはそれに続いた。
刹那、もう一人の門番がウェイミーに銃剣を向けた。
ライトは咄嗟にその間に立ち塞がる。そして険しい表情で門番で言う。「何の真似ですか?」
「この
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