第10話 決着と再縁(了)

 ライトは迫り来るペルソナを次々に斬った。ペルソナは黒板を爪で引っ掻いたような悲鳴を短く上げ、霧散した。


 城内の様子は大分変わり果てていた。ペルソナが食い開けた穴や、兵士たちが作った剣や銃弾の痕跡が至る所にある。火薬に引火したのか、火の気が上がっている場所も少なくない。数十分前までそこにあった、豪華で上品な装飾や雰囲気は見る影もなかった。


 ライトは一階のエントランスホールの、大階段の上に出てきた。下では何十人もの屈強な兵士たちが、何十万ものペルソナを相手に戦っている。彼らは血気盛んだったが、圧倒的な数の有利で徐々に足場を奪われつつあった。


 その状況に止めを刺すように、それは現れた。


 城全体が縦に、小刻みに揺れる。ペルソナは端々に逃げ出し、兵士たちは周囲を窺った。刹那、エントランス中央のモザイクに、一本、二本と亀裂が入る。そして床が爆発したように突き上がった。大半の兵士たちは吹き飛ばされた。瓦礫でシャンデリアが破壊され、その破片は粉塵と共にキラキラと舞った。


 ペルソナが現れた。今までいた奴らとは、まさに桁違いの大きさだった。その差は昆虫の蟻と新生児くらいあるだろう。エントランスを埋め尽さんばかりに巨大だ。腹部はグロテスクなほどに肥大し、また背中には翅がついていた痕が見受けられた。


「女王様のご登場ってわけか」


 ライトは胸に手を当てる。ウェイミーが与えてくれた力を感じ、より一層集中力が高まった。そしてペルソナに向かって一直線に駆け出した。




 王の手捌てさばきに、ウェイミーはただただ感心した。この人はではかなり腕の立つパティシエなのだろうなと思った。


 アランとエマは興味津々に作業を見ていた。目が常にキラキラと輝き、王の一挙手一投足に逐一感嘆の声を上げる。


「あっ、そうだエマ。これ、落としてたよ」


 アランが差し出した手には、花の髪飾りがあった。それを見た王の手が止まった。


「わぁ、ありがと!」エマは早速それを身に付けた。「これ、私の宝物なの」


 アランは顔を赤らめ、頭の後ろを掻いた。


 王はオーブンから焼きあがったスポンジを取り出した。厨房に甘い匂いが立ち込める。余熱が取れたところで、いよいよ組み立てを始める。


 お前ら、と王が唐突にアランとエマに話しかけた。「ちょっと手伝ってくれ」


 二人は子どもらしくはしゃいで、王の元に駆け寄った。


 王は二人に大変丁寧に作業を教えた。その光景はとても微笑ましく、まるで――

「あっ、そういうことか」


 ウェイミーは温かい気持ちになった。


「よし、完成だ!」


 王がそう言い放ち、アランとエマは拍手と歓声を上げた。遠目に作業を見ていたウェイミーが、できあがったケーキをよく見ようと近づいた。


「え?」


 ウェイミーは首を傾げた。甘い香りがしているからに美味しそうなのだが、それを半減するヘンテコな姿をしていたからだ。


「さて、そろそろ脱出した方がいいのか?」


 王にそう訊ねられウェイミーはハッとした。意識を集中してペルソナの気配を探る。「一階の広いところでライトが戦ってるので、そこを避けていけば安全に脱出できると思います」


「わかった。非常口があるから、そこから出よう」


 王はケーキを盆に載せ、上からクロッシュで蓋をした。そしてそれをアランに渡した。渡されたアランは一瞬キョトンとしたが、力強い意志を浮かべた表情を見て、しっかりと頷いた。




 ライトの気分はたかぶっていた。しかし頭はとても冷静だった。不足の事態、例えば瓦礫が落ちてきたり踏み込んだ足場の瓦礫が崩れるということが起こっても、慌てることなく回避したり立て直したりすることができた。


 すべてはウェイミーが持つ特殊な力、志創能力ソートの効果である。


 ペルソナのボディは石の如く強固だった。ゆえにこれまであまり有効なダメージは入っていない。だがライトは、ペルソナのそれそれの脚で同じ場所を執拗に攻撃し続けた。結果、今ライトが与えた会心の一撃で、硬い脚の一本が砕け散った。


 ライトは思わずガッツポーズをした。だがあまり喜んでいられる状況でもない。この場所にも大分、火の気が回り始めている。


 ペルソナは金属を引っ掻いたような鳴き声を上げた。思わずライトは耳を塞いだ。


 ほどなく、今まで周囲で気絶していた兵士がのっそりと立ち上がり始めた。ゾンビのようにその佇まいは怪奇を感じさせる。今まで隠れていた小さなペルソナたちも集り始めた。そしてライトに総攻撃を仕掛けてきた。


「やっぱりお前の志創能力ソートは、人を操るタイプか」


 敵の頭数が格段に増えても、ライトはまるで動揺しなかった。ペルソナは刀身を使って霧散させ、兵士は柄の部分で気絶させた。兵士の動きは緩慢で、簡単にあしらうことができた。その間にも脚を攻撃し続け、また一本、二本とペルソナの脚を砕いた。


 ペルソナはからだのバランスを崩し、頭部が地面に突っ伏した。その衝撃で――ペルソナが穴を開けていたことでも脆くなっていた――床が大きく陥没した。


 ペルソナとライトは落下した。落下先は、ウェイミーが牢屋から連れて来られた裁断室だった。そこはすでに、真っ赤な火の海に沈んでいた。


 断末魔の叫びが響き渡る。



 

 ハッとして立ち止り、ウェイミーは振り返った。そこには火を纏った巨大なケーキの城がそびえていた。


 ウェイミーたちは非常口から城の外へ脱出し、庭に走って来ている途中だった。周囲には、同じく逃げ出してきた城の人々が集まっている。


「どうしたんだよ?!」アランが立ち止りウェイミーに言う。「もっとお城から離れないと危ないぞ!」


「ライトが危ないの! 行かなきゃ!」


 走り出したウェイミーの手を王が強く掴んだ。


「離して!!」


「今行っても死ぬだけだ!」


! だったら死ぬのを覚悟で助けに行く!」


「何を訳のわからないことを言って――」


 刹那、城は轟音を立て、上から押しつぶされたように崩落した。


 しばらくして、膝をついてその場に座り込んだウェイミーの目から涙が溢れた。悲しみの涙――ではない。舞い上がった土煙の中から駆けてくる人影が一つあった。


 ウェイミーは立ち上がり、思い切り抱きついた。「ホントに良かった……!」


「ありがとう」ライトはウェイミーの後ろ髪を撫でる。「心配かけてゴメン」


 二人に余韻に浸っている暇はなかった。ライトたちを多くの兵士が囲ったからだ。


 女王が姿を現した。マカロンで出来た移動式の玉座に腰を下している。玉座の傍らには大臣モーリスの姿もある。アランとエマは咄嗟にウェイミーの背後に隠れた。


「ライト、そして王、これはすべてお前らの仕業か?」女王は怒り心頭の表情で言う。「私の美しい城をあんな無残な姿にしたからには容赦はしないぞ」


「『私の美しい城』か」王は苦笑した。「確かにあれは君の城だ。君に喜んでもらいたくて、どうしても君のことが欲しくて、国民の血税をつぎ込ん建てた、私が君に贈った城だ。君が激怒するのも当然だ」


「そうか、ではこの場でお前らの首をねても構わないな」


「お待ちください女王陛下!」モーリスが二人の間に立つ。「そこまでせずとも、また建てればよいではありませんか!」


「それは首を刎ねた後にする」


「そんな殺生せっしょうな! 陛下は貴女様のことを――」


「モーリス!」王は声を張った。「自分で言う」


 モーリスはややあって下がった。


「激怒するのは当然だが、今の君に、あの立派な城は相応しくない」


「何だと!?」と女王は身を乗り出す。しかし腹がかえて大して乗り出していない。


「無論そもそもは私のせいだ」と王は項垂うなだれる。「国務に尽力し、君のことを蔑ろにし過ぎた。挙句の果てに自分の不甲斐なさに勝手に絶望し、何もかも君に丸投げして引き籠ってしまった。そのことは一生恨んでくれていい。だけど最後に、俺の我が侭を聞くだけ聞いてほしいんだ……!」


 王に目配せをされたアランは、王の元に歩み寄った。エマも一緒に出てくる。


 二人の姿を見た女王は目を丸くした。そして王が開けたクロッシュの中身を見て、口を押さえた。


 お菓子の家だった。だがあの有名な童話に登場したモノとは雲泥の差がある。板チョコのベニアや焦げたメレンゲのトタンなどを寄り集め、建てたというよりは積み上げたような、『建っていることが奇跡』という表現がピッタリの家だったからだ。


「もう一度、君とここからやり直したい。僕と、結婚してください」


 女王はアラザンのような涙を流しながら、無い首を必死に縦に振った。




「ライトはいつ気づいたの? アラン君とエマちゃんが二人の幼少期の鏡像だって」


 飴細工の森を歩く最中、ウェイミーはライトに訊ねた。それに対し、ライトは得意げに言う。「花の髪飾りだよ」


「エマちゃんがしてたヤツ?」


「女王様が身につけてた装飾品の中に、あれと全く同じデザインのものが紛れてたんだよ」


「えー、そんなのあったー?」


「まぁ贅肉で隠れててわかりにくかったとは思うけど。何はともあれ、すべてが大団円、任務も無事終わって、めでたしめでたしだ」


「毎回言ってるけど、報告書仕上げるまでが任務だよ」


「あー、あー、聞こえなーい」ライトは両耳を手で叩いた。


 他愛もないやり取りをしながら、二人は人気のない森の奥深くへと進んだ。そして少しずつ、空気に滲むようにして姿を消した。



<第一章 了>

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