第8話 思惑と困惑

「俺が王だと?」男は鼻を鳴らした。「こんな見窄らしい格好で牢屋に閉じ込められている奴が、王のわけがないだろ」


「いえ、あなたは間違いなくの王様です」


「なぜそう思う?」


「あなたの発する気配が『甘いスイーツを口いっぱいに頬張った時』を彷彿とさせるものだからです」


 一時の間の後、男の笑い声が木霊した。


「そんな曖昧なもので王と推測されたのは君が初めてだ」


「では本当に」


「あぁ、私はの王だ」


「では少しお下りください。鉄格子を壊しますので」


「おい、誰が助けてくれって言った?」


「どういうことですか」


 王はベッドから降りると、床に散乱していた紙を集め始めた。それを配膳口からライトに手渡す。


 それらはスイーツのスケッチだった。色鉛筆で描かれており、鮮やかかつ柔らかいタッチだった。


「それを黙々とやるためにここに居るんだ」


「ここである必要性はないと思うのですが」


「どこでやろうと私の勝手だ」


 そうですね、と呟きつつ、ライトはスケッチの一枚一枚に目を通していく。よくあるスケッチかと考えていたが、それらはすべて、建造物や衣服、日用品などをかたどっていた。


 刹那、ライトの手が止まった。その中から、見覚えのあるものを見つけたからだ。


 ライトの頭の中では今、点と点が結びつき、線になった。線はいくつもできて、もう少しで面になろうとしていた。


「それを見終えたらとっとと帰れ。そして二度と私の前に現れるな」


 ライトはスケッチの束を揃え、王にそれを返す。その際、最後の線を繋ぐために王に鎌を掛ける。


「あなた、女王様に見限られたんですか?」


 王は目を見張った。


「きっかけは何でしょうね、愛する人の今の姿に絶望したとか些細なことですれ違いになったとかですか? お互いに顔を合わせるのが嫌になって、でもあなたにはそれを解決したり和解したりする勇気がなかったからに、ここに引き籠った。でもそれに対して女王様が何の心配も行動もしてこないことに辟易としながらも、結局現状に甘んじ、こんなところでスケッチをして現実逃避しているんですね」


「無礼者が!!」モーリスは顔を真っ赤にし、ライトの胸倉を掴んだ。「余所者の若造ごときに陛下の何がわかるというのだ! 陛下が今の地位になるのにどれだけの苦労をしたと思っている! 今どれだけ苦悩していると思っている! 陛下は、陛下は――!!」


「モーリス!」


 鶴の一声が反響した。一時の沈黙が立ち込める。


「そいつの言うことはほぼ間違っていない。放してやれ」


 ややあってモーリスはライトから手を離した。しかしその顔には苦渋の表情が残っている。


「ライトとか言ったか? お前にはがどう見える?」


「酷い格差社会ですね。富める者は富み、貧しい者はますます貧しくなる一方。そしてそれを誰も打開しようとしていない。貧しい人たちの中には、それでも懸命に生きようとしている人たちもいるようですが、その中でさえ搾取されている始末です」


「あぁ、正直で的確な感想をありがとう」王は肩を竦めた。「そんな現状を打開するための案の一つが、今執行されている」


「それは?」


「貧しい者たちを拉致して砂糖にするんだ」


 ライトは思わず顔をしかめた。


では、数年前に大飢饉だいききんがあった。それによって多くの国民の命が失われた。もっぱらーー」


「もっぱら貧しい者たちの命が」


 王は深く頷き、話を続ける。「それによって、いままでも非常に危ういバランスを保っていたものが、いよいよ崩壊した。それを改善するべく、私は飲食を忘れて政策を考えた。が、すべて失敗した。その間にも被害は刻々、酷々と広がった。そして結局、断腸の思いで、今回の件で亡くなった者たちの亡骸なきがらを余すとこなく砂糖にした」


「そして精製された砂糖を上流階級の人たちに分配したんですか」


「いや違う。それらはすべて建造物や日用品の類に充てた。結果的に、食糧に充てる分が軽減され、何とか飢饉を脱した」


「話が合いません。それのどこが格差社会の打開になるのですか? というより、貧しい人たちを拉致しているというのは?」


「まだ話の途中だ」王は一息ついた。「亡骸から精製した砂糖には、ある生物を混入させたのち、加工している」


「ある生物?」


「あれが一体何なのか、よくわからない。突如として城内に発生したのだが、とてもおぞましく、私には直視できなかった。しかしそれを研究した結果、あることがわかった」


「そのあることとは?」


「一定量その生物を体内に取り入れた生物は、一種の催眠状態に陥る。帰巣本能が駆り立てられたかのように、親の元に集まってくるんだ」


 ライトはある記憶に引っかかりを見つける。「建造物の廃材とかを食べざるを得ない人たちがこの城に集まってくる」


 王の表情が、さらにもの悲しくなった。「集まった者たち、もっぱら子どもたちを使って新たに砂糖を作っている。それらにもあの生物を混入させているが、今度はすべて食糧に充てている」


「まさかとは思いますが、それによって集まった人たちも砂糖にするつもりじゃないでしょうね?」


「そのまさかだよ」


「あなたはを自らの手で破壊するのですか? その罪悪感もあいまって牢屋に引き籠っているのですか?」


「そうでもしないと、格差社会なんてものは打開できないんだ」王はベッドに腰掛けた。「俺もいずれ砂糖になる。その後のことは、知ったこっちゃない。引き籠っているのも、何となくだ」


 ライトはまたモーリスを一瞥した。唇を噛み、心を殺しているように見えた。


「本当に、こんな人が王だなんて、チャンチャラ可笑しいですね」


「何だと?」


 ライトはコンパクトミラーを取り出した。そして剣を抜くと、迷わず鉄格子を切った。王も飛び上がり、目を点にした。モーリスも同様だ。


「失礼を承知で申し上げますが、あなたは牢屋にこもり過ぎて頭が可笑しくなったに違いありません。なのでここから出て、皆に真実を話して罵詈雑言を浴びせられることをお勧めいたします」


「……いまさらそんなことをしてもーー」


「無意味なんかじゃありません」ライトは牢屋に足を踏み入れる。そして一枚のスケッチを拾い上げて王に見せた。「何よりあなたにはまだ未練とやり直せるチャンスがあるはずですよ」


 王は俯き、悶々と悩んでいる様子だった。


 するとそこに、外からどたばたと足音が聞こえてきた。まもなく扉が開いて、青い顔をした兵士が現れた。


「大臣、緊急事態です!! が部屋を出て城内に蔓延しております!」


「何だと!?」


「あまりの数に対処のしようがありません! 女王陛下は既に非難を始めております! 大臣と陛下もお早く!!」


 刹那、ライトは王を連れて廊下に出た。


「おいどこに行く気だ!?」


「さっき見せたを作りに行くに決まっているでしょ」


「そんな時間はーー」


「僕が確保します。だからあなたはあれを丹精込めて作ってください」


 ライトは王を掴んでいた手を離した。王は何も言わずにライトについてきた。


 コンパクトミラーを再度取り出し、ライトはそこへ叫ぶ。「こちらライト! そっちは無事か、アラン!」

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