第7話 救出と接触

 子どもたちの肉片もとより砂糖の塊が、床に備わっているのであろうベルトコンベアによって運ばれていく。その先にあるのが、縦に構える、ブッシュドノエルでできた二本の巨大なローラーだ。さながら龍虎の如く圧迫と恐怖を放ち、容赦なく砂糖を磨り潰していた。


 ウェイミーは傍に倒れていた少女を背負い、駆け出した。ローラーの正面にある壁には梯子はしごが備わっている。点検作業用のものだろうとウェイミーは推測した。案の定、梯子の上には足場と欄干らんかん、その先にドアの存在を確認できた。


 コンベアの動きはゆっくりとしていた。だがローラーとウェイミーたちの距離は徐々に縮んでいる。足元はもろい岩場ようなものだった。足を踏み出す度、砂糖の塊が転げるか崩れるかしてしまい、ほとんど前進できないのである。靴が片方ないことも少なからず影響していた。


 背後から聞こえてくる不吉な音は徐々に徐々に大きくなっている。それがウェイミーの恐怖心をあおり、動きを悪くしていた。また体力的に考え、このまま逃げ続けることができないことに対する焦燥しょうそうもあった。


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。


 ウェイミーは緊張で鈍くなっている頭で、必死に考える。


 いや、既にある一つの考えは浮かんでいた。しかしライトの距離がまた離れてしまったこの現状では、失敗する可能性があった。失敗したら、自分たちが助かる可能性が格段に上がってしまう。そして成功したとしても、絶対に助かるとも言い切れない。


 悩んでいる間にも、ウェイミーは着実に後退し、体力を消耗していた。


 もう一か八か、やるしかない。


 ウェイミーは足を止めた。目を閉じ、右手を自分の胸に置く。深く深く呼吸して、空気を全身に行き渡らせる。環境音が消える。手足の感覚が消える。甘い臭いが消える。邪念が消える。自身の全てが客観的に感じる。


 ローラーまで残り1m強、ウェイミーは刮目した。迷いのない力強い瞳をしていた。


 無我の境地ゾーンに入った。


 ウェイミーは膝を深く折り曲げた。そして前ではなく後ろへとしなやかに跳び上がった。その勢いで両足でローラーの側面を思いっきり蹴る。さらなる反動をつけて身体は鋭く宙へと飛び出した。4m以上の距離を跳んだ。着地し、より一層跳躍しようと、強く片足を踏み込む。


 途端、足首に耐え難い痛みが走った。靴を履いていない方の足だった。転んで痛めていたことにいまさら気がついた。


 ウェイミーのゾーンが解かれた。体のバランスが崩れそうになったところを、何とか踏みとどまった。が、ウェイミーはこの数秒で、100mを全力で泳いだことに匹敵するほどの体力と精神力を消費していた。脚は鋼のように固く重くなり、背中の少女は象を背負っているように思えた。


 足がもつれ、倒れた。起き上がることはおろか、って進む体力すら、ウェイミーにはもう残されていなかった。失敗した。


 ローラーが回る音と砂糖が粉砕される音に耳が侵される。飛び散った砂糖のかけらがチリチリと脚を刺激する。


――ゴメンなさい、ライト。


 ウェイミーの目尻から涙が溢れる。そっと瞼を閉じた。

 

「エマ!! ウェイミー姉ちゃん!!」


 ウェイミーはハッとして瞼をあけた。そこには一人の少年がいた。


 彼はウェイミーの手をしっかりと掴み、歯を食いしばっている。腹にはロープが巻かれており、梯子と少年とを繋いでいた。そしてローラーまで残り十数cmのところで、ウェイミーの身体を静止させた。


「助かるから! だから頑張れ!!」


 ウェイミーは少年の言葉に勇気づけられた。それを原動力にし、少年の肩を借りながら決死の思いでロープを手繰り寄せた。そして梯子に到達した。


 ウェイミーは手足を梯子に掛け、声明るく言う。「助けてくれて、ありがとう」

「そんな、礼を言うのは俺のほうだぜ! 姉ちゃんのお陰でエマは助かったんだから。むしろ……ギリギリになってゴメン」


 ウェイミーは笑みを溢したが、ややあってふと疑問を抱く。「どうして私の名前を知ってるの?」


「ライト兄ちゃんから聞いた。そんでもって、俺なんかに姉ちゃんとエマを助ける大役を任せてくれたんだ。 あ、俺はアラン! その子の、エマの仲間だ」


「ウェイミーです。改めてありがとう」


 アランは照れ臭く笑った。


 梯子を昇り、ウェイミーたちは部屋を出た。ウェイミーはようやく、生きた心地を取り戻したように思えた。


「姉ちゃん」とアランは俯きつつウェイミーにそれを差し出した。ウェイミーの靴の片方だ。「盗んでゴメンなさい」


 ウェイミーは微笑んだ。「もう二度とこんなことしちゃ駄目だよ」


 アランは何度も頷いた。


 ウェイミーは靴を受け取ってそれを履いた。歯型のことは、この際聞かないことにした。


「ところで、エマはいったいどうしたの?」アランがエマを背負う。「何でこんなにボーッとしてるの?」


「私にもわからないの……。私、気づいたら牢屋に閉じ込められてたんだけど、エマちゃんも同じ牢屋にいてね、その時にはもうそんな状態だったの。ほかにも同じような状態になってた子どもが居たんだけど、その子たちは……」


「そう……だったんだ……」


 表情が曇ったアランの頭を、ウェイミーは優しく撫でた。「それじゃ取り敢えず、ライトと合流しようか」


「あ! ちょっとまって!」


「ん?」


「俺、二人を探している途中で、すごいもの見つけちゃったんだよ……!」




「お待ちください、ライト様!!」


 ライトの進行方向にモーリスが立ち塞がった。杖をつきながらも懸命に走ったせいで、モーリスは肩で息をしていた。


「どうして止めるんですか? 僕は女王様からお許しを得ているんですよ?」


「ここには砂糖の保管庫と牢屋くらいしかありません! 怪しいところならもっとほかにあります!」


「例えばこの下の階とかですか?」


 モーリスは目を丸くした。「何故あなたがそれを――!」

があるので。何かかなり大掛かりなことをしているようですね。まぁそのことよりも、僕には会わなくちゃいけない人がいるので、こちらを優先します」


「だ、誰に会うと言うのですか?! 今、牢には誰も居りませんぞ!!」


「あれっ、僕牢屋に行くだなんて言いましたっけ?」


 モーリスは言葉を詰まらせた。


「あなたの懸念はどうやらこっちだったみたいですね」


 ライトが気配の感じるままに歩くと、案の定牢屋に辿り着いた。そして彼の居る牢の前に立った。相手もライトの存在に気づき、ライトの方を向く。


「初めましてコア、もとより王様。僕はライトと申します。あなたを救いに来ました」

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