第6話 探索と窮地

 巨大なマシュマロが椅子の上にいた。マシュマロが煌びやかな宝石によって着飾って、偉そうにふんぞり返っている。それが女王様への第一印象だった。


「よくぞ参られた、少年よ。どれ、お主の顔を私によく見せてみろ」


 ライトは膝まづいて俯いた姿勢から、首を持ち上げて、マシュマロもとより女王陛下のお姿を拝見した。


 首のない頭が括れのない体躯の上に乗っている。彼女のはち切れんばかりの存在感もそうだが、絢爛豪華な玉座の耐久力に感心してしまう。


「うむ、なかなか良い眼をしているな」


を放浪し商いをしております、ライトと申します。お褒め預かり光栄です」


「モーリスから聞いているが、お前、私に話があるそうだな?」


 来た、とライトは内心呟く。


「普段なら平民の言葉に逐一耳を傾ける私ではないが、お前は特別だ。望むならば、旅の支度でも何でも用意してやる」


 ライトは一旦深呼吸をした後、口を開く。


「実は私、商いの他にも、ある目的があって旅をしております。いや、その目的のために商いをしていると言った方が正確です」


「ほう、その目的とは何だ?」


社会的仮面ペルソナの処理でございます」


 女王も大臣モーリスも、さらには王室警護の兵士たちまでも、その単語にきょとんとした。予想通りの反応だ。


「何だ、そのペルソナというのは? あまり美味そうな名前じゃないな」


「はい、それは食べ物ではなく、怪物です」


「怪物だと?」と言って、女王は身を前に乗り出す。が、贅肉が邪魔をしているためか、体勢は大して変わっていない。「それはどんなヤツだ?」


「姿形は一定ではありません。動物や昆虫、龍などの伝説上の生き物に酷似したものもいれば、ロボットなどのメカニックなもの、実体を持たないもの、人間と区別がつかないものまでおり、まさに千差万別です。しかしながら、の人間や自然、建造物を破壊し、征服せんとしていることは同じです」


「その処理を、お前がやるというのだな?」


「私に一任して頂ければ」


 女王は玉座の肘掛けをポンと叩く。「よし、わかった。お前にすべてを任せる。その代わり、必ずそのペルソナとやらを退治しろ」


「承知致しました」ライトは一度こうべを垂れ、直様顔を上げた。「ではそれに即しまして、僭越せんえつながら女王様にお願いがあります」


「何だ? 食糧か、武器か?」


「この城の中を探索させて頂きたい。特に地下の方を」


 途端、室内の空気が張り詰めた。ライト以外の全員の表情が固くなっている。


「地下には食糧庫と監獄があるだけだぞ。行くだけ無駄だ」


「ペルソナは地下などの薄暗い場所を好む傾向にあるので、念入りに調べさせてください。お願いいたします」


「ここには他にも地下道などがある。そこを調べればよかろう」


「女王様の身の安全を確保するためにも、まずはここから調べさせて頂きたく思います」


 結局、モーリスを同行させるという条件付きで、ライトは城内の探索を許された。


 玉座の間を出たライトはホッと息をつく。そしてモーリスの目を盗んで、鏡を取り出して開いた。


「今からそっちに行く。無事でいてくれよ」




 高速に回転する刃が設置された棒が、床に掘られた溝に沿って移動する。それはそれほど早い動きではないが、数的に走り続けるには無理がある。


 それをすぐに察したウェイミーは、床にピッタリと張り付いた。同じ牢にいた女の子だけは咄嗟に伏せさせたが、それ以外の子たちはカッターの餌食になってしまったに違いない。その無惨な光景を目の当たりにしたくないゆえに、ウェイミーは潰れるほどに固く目を閉じている。耳には、ザクッ! ボトッ! という音が残っている。


 刃は何度も頭上を通り過ぎた。その度に、風に舞い上がった毛先が切られた感覚を味わい、恐怖で身体が収縮した。


 しばらくして室内は静寂に包まれた。永久の時間が経過していたような気もするし、一瞬だったような気もウェイミーはしていた。


 目を開けなくてはならない。ここから逃げ出すためには、まずそれをしなければならない。だが勇気を出せず、たったそれだけのことができなかった。


 ふと、ウェイミーはライトの気配がゆっくりとこちらへ近づいてきていることに気づいた。まだまだ距離としては遠いが、ライトが助けに来てくれたというだけで、ウェイミーは心の中に温かいものを感じた。


 今なら目を開けられる。そう思った刹那、身体が浮き、そして落下した。


 まもなく、ウェイミーは何か固さと柔らかさを供えたモノの上に着地した。思わず目を開け、そして声のない悲鳴を上げ、飛び上がった。


 肉片だ。手の平、腹、頭頂部、腿……。両手に余るほどの大きさに裁断されたそれらが、ボールプールのごとく室内を埋め尽くしている。


 だがそこに鳥肌が立つような鮮やかな赤はなく、また吐き気がするようななまぐさい匂いもしなかった。その代わり、うっとりするほどの眩しい白と、優しく鼻を撫でる甘い匂いがした。


「……これって……砂糖?」


 ガゴン! と音がしたかと思ったら、部屋が動き始めた。いや、自分たちが動いているのだと、ややあってウェイミーは気づく。そしてその進行方向に、二つの巨大なローラーが待ち構えている光景が見えた。

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