第5話 侵入と危機

 そのかぶとはまるで角砂糖を思わせた。真っ白な立方体のフォルムだったからだ。兵士は何度もライトとその背後にある物を見比べる。その度に冑がカチャカチャと音を立てるので、ライトにはそれがゼンマイの壊れたブリキ人形に思えた。


「ホントに全部そうなのか?」


「全部調べて頂いても構いませんよ」


「いや……止めておく。昔、律儀に一つ一つ開封していった同僚がいてな、たまたまそれを女王様に見られて『風味が逃げる!』っていう理由で打ち首にされたことがあったんだよ」


「それはお気の毒に」


 詰め所からもう一人兵士が出てきてた。正確には戻ってきた。彼の冑は黒砂糖だった。


「許可が下りた」


「マジかよ……」


 黒砂糖の兵士も、改めてライトとその背後に連なる荷馬車を見比べ、訝しむ。「お前、一体何者だ? 商人とは言え、俺の息子と大差ない餓鬼がきだろうが。こんな山のような量の砂糖、どこで仕入れたんだよ?」


「本部に無茶言って転送してもらいました。あとで請求書始末しなくちゃならないんですよ」と心の中で言いながら、ライトは笑顔で返事した。


 地鳴りのような音を立て、城門がゆっくりと開かれた。「いざファンタジーの世界へ」などという興奮はライトにはない。朗らかな仮面の下に、張り詰めた素顔を隠していた。


 シンメトリーの庭園が広がっている。テニスコート大の幅がある、ヨーグルトレーズンが敷き詰められた路。その両サイドに等間隔に並ぶ、グミで出来た、果物を象ったトピアリー。迷路になっているのであろう生垣はヌガー製。噴水から流れ出ているのはホワイトチョコレートで、さながら巨大なチョコレートフォンデュだった。


 ようやく最後尾の荷馬車が跳ね橋を渡り終えた。それから間もなくライトは荷馬車から降り、兵士に城の中へと案内された。


 一階はドーム状のエントランスホールになっていた。豪奢に輝く蜂蜜のシャンデリアと大理石のような模様のチョコの床、そしてがキャラメルが積み上がって出来た大階段が印象的だった。


「ようこそおいで下さいました」初老の男モーリスがライトを迎えた。「わたくし大臣を勤めておりますモーリスと申します」


「初めまして、ライトと申します。この度は無理なお願いを聞いてくださり、ありがとうございます」


「何をおっしゃいますか! 昨今は砂糖が高騰しておりますから、あれほどの量を一度に、しかも格安でお売り頂けるとなれば、この程度のご要望は安いものでございます」モーリスは手もみをしながらペコペコと頭を下げる。


「では早速ですがお願い致します」


「かしこまりました。どうぞこちらへ」


 階段を昇りながら、ライトは背後を見る。麻袋にたんまりと詰め込まれた砂糖を、兵士たちがせっせと運んでいた。大半は大変迅速に働いていたが、数名はアクビを漏らしながらのろのろとした動きだった。




 ウェイミーは開いた口が塞がらなかった。「どうしてこんなところに閉じ込められているですか……!?」


「閉じ込められているわけではない」王と名乗る男は体勢を変えた。「自分からここに入っているんだ」


「ますますどうしてですか!」


「そう騒ぐな。見張りが来る」


 ウェイミーは口に手を当てた。


「掻い摘んで言えば、王でいることに疲れたんだ」


「疲れた? 例えばどういうことに?」


「……色々ありすぎて、言うことができないな。ただ、そうだな……大切な人のためと思って苦い水をすすってきたのに、当の本人は俺の苦労など露知らず、甘い水をガブ呑みしている、って感じだ。それで、どうしてそんなことになったのかわからなくて、もう考えるのが嫌になって、ここに篭っているんだ」


「その大切な人って――」


 刹那、外から足音が聞こえてきた。


「お前ともここでお別れだな」


「え?」


「お前はまだ正気みたいだから言っておく。もし助かりたいなら、今は他の奴らの真似をしておけ。逃げ出すチャンスは必ずあるはずだ。それと、もし余裕があれば、同室のそいつのことも守ってやってくれ」


 何の話ですかと聞き返そうとしたが、その時足音が止まった。ウェイミーは急いでベッドに戻ると、狸寝入りをしつつ様子を窺う。男も毛布を被っていた。


 牢屋の外に明かりが灯ると、重々しく扉が開く音が聞こえた。入ってきたのは三、四人の兵士だった。彼らは鍵束の鍵を使って、片っ端から牢を開錠していった。


「お前らとっとと出ろ」


 兵士の一人がそう言うと、すぐ近くで物音がした。同じ牢には、もう一人女の子が閉じ込められていたことに、ウェイミーはその時初めて気がづいた。見窄らしい格好の彼女は虚ろな目をしており、怪しげな雰囲気を放っていた。彼女がノソノソとベッドから降りて牢を出ようとしたので、男の言う通り、自分もその真似をして後に続いた。


 他の牢に捕らえられていた人たちも出てきた。全員自分よりも幼い子どもたちばかりで、そのほとんどがボロの服を着ていた。人数は50人前後といった具合だ。


 彼らは列を成し、兵士に誘導されるままに外へ出た。どこへ連れて行かれるのだろう。ウェイミーは動悸が速くなるのを感じた。


 しばらく歩いたところで、ある部屋に通された。真っ白で真四角の空間だ。その中央には、太い棒状のパイがいくつも立っており、そこには鋭く研がれたドーナツの刃が何十枚と付属していた。


 ウェイミーは身の危険を察知した。だが時既に遅し。兵士たちはもう退散し終えており、扉に鍵がかけられた音が響いた。


 ほどなく、刃がゆっくりと回り始めた。

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