第4話 戦闘と確信

 ライトは目を覚ました。暗闇の中、アランたちの寝息が深々と聞こえてくる。彼らを起こさないよう、慎重に表に出た。


 月明かりによって外は明るかった。三日月の月はかじられたバタークッキーにも見える。ライトはそれに感嘆しつつも、ポケットに手を忍び込ませる。


「出てこいよ」


 ややあって、木の陰から男たちがノソノソと現れた。手には短刀や棍棒こんぼうなどを所持している。その中には、昼間ライトが撃退した男たちの姿もあった。数にして十五人前後。ギラギラと目を輝かせ、ライトを囲っている。


 ライトは周囲を見渡しながら言う。「やり返しに来たのか?」


「そんなチャチな理由じゃねぇよ」と一人の男が答える。男たちの中で最も屈強な体躯で、厳つい容姿だった。「これはビジネスだ」


「ビジネス?」


「恵まれない餓鬼がきどもを引き取って、色んな仕事を斡旋したり、子どもの欲しい金持ちどもの養子にさせたりするのさ」


「あの子たちも、あなたたちのビジネスのそれに取り込もうって魂胆ですか」


「あぁ、お前も含めてな」


 低い笑い声が木霊した。男たちが作る円がジリジリと狭まる。


「一つ質問してもいいですか?」


「聞いてやろう」


「今日の昼間、白髪で白いワンピースを着た、僕と同い年くらいの女の子を引き取ったのは、あなたたちですか?」


 男たちは互いの顔を見合わせる。しかし彼らに覚えがある様子はなかった。ライトは静かに溜息をついた。


 一陣の風が吹く。溶け出したソフトクリームの如く生温くて粘着質な風だった。


 小柄な男が一歩足を踏み出したのを皮切りに、男たちは一斉にライトへと攻めてきた。


 ライトはポケットからある物を取り出した。鏡だ。四角い形状で手の平大の、二つ折りタイプだった。鏡を開くと、ライトはその鏡面に手を入れてすぐさま抜いた。


 その手には一本の剣が握られていた。刀身はライトの身長の半分程度で、装飾は地味だった。だが、月に照らされて白銀に輝く様子は見る者を引き込んだ。


 鏡をポケットに戻し、ライトは男たちに立ち向かう。流れるような足運びと相手を斬らない剣術で、男たちを次々と倒していく。背後から襲われても紙一重でかわし、三人で攻められたならば同士打ちを確実に決め、飛んできた短刀は剣で打ち払った。気づけば、立っているのは最も厳つい男のみだった。


 男は肩で息をいていたが、雄叫びを上げてライトへ突進した。振り下ろされた弓形の剣をライトが受け止めると、痺れと重みに襲われた。それを気合で持ち堪えると、ライトは膝を使って男の剣を払い除けた。


 剣は男の手を離れた。月光を反射しながら宙を舞うと、倒れた男の目と鼻の先に突き刺さった。


 男は顔を真っ赤にしてライトを睨んだ。だがライトに剣先を突きつけられると、時間をかけてライトの前から姿を消した。しばらくすると倒れていた男たちも目を覚まし、彼らもまた撤退していった。


 ほどなくライトはその場に座り込んだ。周囲には依然の気配が蠢いていたが、眠っていた時さえも襲ってこなかったことをから、緊張を解いたのだ。自身の両手を見て、小刻みに震えているのが妙に可笑しく思えてしまい、失笑した。


 落ち着いたところでライトは家に戻った。そして何事もなかったかの如く、毛布を被って目を閉じた。


 ゆっくりと眠りの世界に沈んでいく中、微かに物音がした。何人かが続けざまに部屋を出て行くようだったので、トイレかなと思い気に止めなかった。


 周囲の騒々しさに、ライトの意識が覚醒し始める。だがまだどうにも眠りの世界の温もりから抜け出せなかった。しかしややあって、大声がライトの耳をつんざいた。


「兄ちゃん起きて! 大変なんだ!!」


 アランに耳元で怒鳴られて、ライトは目覚めた。「……一体どうしたのさ?」


「エマが、エマがどこにもいないんだ!!」


 ライトの頭が一気に覚醒した。


 白み始めた空の下、全員でエマを探した。草の根を掻き分け、何度も名前を叫んだ。しかしすっかり空が蒼くなっても、エマを見つけることはできなかった。唯一見つけたのは、彼女が身につけていた花の髪飾りのみだった。


「エマお姉ちゃんも攫われちゃったんだぁー!」「お姉ちゃーん!」


 幼い子どもたちが泣き出す。アランは彼らを慰めつつも、怒りに燃えていた。


「くそっ! きっと昨日兄ちゃんが倒した連中の仕業だ! あの野郎ぉ許さねぇ!」


「それはないよ」とライトはアランに昨晩のことを説明した。


「エマちゃんは、ウェイミーが攫った奴ら、おそらくあのお城の関係者に攫われたのかもしれない。だからエマちゃんも、あのお城にいる可能性がある」


「あくまで可能性だろ! いなかったらどうすんだよ!!」


 アランはライトに掴みかかった。両目には大きな雫が溜まっていた。


「アランお兄ちゃん」一人の男の子が、アランに声を掛けてきた。「あのね、僕、昨日見ちゃったんだ……」


「見た? 見たって何を?」


「エマお姉ちゃんが、お城に入って行くところ」


「え!?」


 その子の話はこうだった。昨晩手洗いを済ませて戻ろうとしたところ、エマが一人で歩いていく姿を目撃した。辿々しい足取りだったので不審に思い後を着いて行くと、街の方まで来ていた。すると他に何人もの子どもたちが同じように歩いてきてた。十数人の列は、開きっぱなしになった城門を躊躇なく通り、お城の中へと入っていった。


「僕、途中で怖くなっちゃって、これは悪い夢なんだって思って……それで……――」


 さめざめと涙を流しだした男の子の頭をアランは優しく撫でた。


「あそこで何かが起こっていることは間違いないみたいだね」


「でも、どうやって助け出すんだよ。城門は常に兵士に見張られてるし、城壁だって高すぎて、とてもじゃないけど登れねぇよ」


「別に、こそこそと侵入する必要なないんじゃないかな」


「え?」


「僕に考えがある」


 ライトは鏡を取り出した。

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