第3話 存知と邂逅
日はすっかり傾いていた。空はマーマレードを思わせる夕焼けに包まれている。
ライトはアランに肩を借りるかたちで、街の外れまで歩いてきた。
「あれが俺たちの隠れ家さ。俺が建てたんだぜ。汚なくてボロいけど、俺は気に入ってる」
これが本当のお菓子の家なのだろうと、ライトは思った。だがメルヘンチックの欠片もなかった。
板チョコのベニアや焦げたメレンゲのトタンなどを寄り集め、建てたというよりは積み上げたような具合の家だったからだ。『建っていることが奇跡』という表現がピッタリだった。
「アラン!!」
家の中から一人の女の子が駆けてきた。年の頃はアランと同じくらいだった。花をあしらった髪飾りが印象的だ。
「帰りが遅いから、誘拐されたんじゃないかって心配したじゃない! ――ってその人は?」
「この兄ちゃんはライトさん。俺の命の恩人さ。心配かけてゴメン」
「いいや、僕の方こそアラン君に助けてもらった感じだよ」
「私、エマって言います。何だかよくわからないけど、ありがとうございました」
エマは深く頭を下げた。
「あ! お兄ちゃんおかえりー!」「おかえんなさーい!」「そいつだれー?」
家から次から次へと子どもたちが出てきたかと思ったら、あっという間にアランたちを取り囲んだ。みな、おそらくは十歳にも満たない幼い子たちばかりだ。四方八方から元気な声が飛んできた。
「みんなで住んでるの?」
「はい。私たちみんな、親に捨てられたり死別されたりして独りぼっちになってしまった孤児なんです」
「そう……」
「そんな顔しないでください。これでもみんな明るく元気に生きてますから」
エマの顔は生クリームのようにくすみのない白さを放っていた。そしてそれに見惚れるアランの顔を、ライトは見逃さなかった。
「あの城に乗り込むだって!?」
アランの驚嘆が、甘い湯気漂う室内に響いた。その衝撃で家が崩壊してしまうのではと、ライトはヒヤッとした。
「そんなの無理に決まってんだろ! あそこには何十万って数の兵士がいるんだぞ? 無謀過ぎるって」
「ムボー過ぎるって!」「ムボーだ、ムボーだ!」「ムボボボー!」
小さい子たちが面白がってアランの真似をする。その子らの頭を、アランはコツンと殴った。
「例えそうでも、ウェイミーを救うためにはそれしかないんだ。だからあのお城のこととか、色々と教えて欲しい」
十数秒の空白の後、アランが説明をし始める。「あのお城は、王様が女王様にプレゼントしたものなんだ」
「王様と女王様はどんな人?」
「王様は……何て言うか、とっても優しい人だな。俺たちみたいな孤児のことも、ちゃんと気にかけてくれてるんだ。で、女王様は……よく、わかんない」
「わからない? 顔とか体系とかは?」
「全然。っていうか、女王様って言っても、ただの王様が好きな人って言うか、正式な女王様じゃないって言うか……。ただいずれ女王様になるんだろうなってことで、みんなそう言ってるだけ」
ライトは腕を組んで、小さく
「そもそもだけどさ、兄ちゃんはどうしてあの姉ちゃんが拐われたってわかるんだよ? 拐われるところ見たわけじゃないだろ?」
「僕とウェイミーは心が通じ合っているから、お互いの居場所は手に取るようにすぐにわかるんだ。あの時はウェイミーの居場所が急速に離れていったから、もしやって思ったし、今は距離と方向から考えて、あのお城の地下にいる」
アランは腕を組み、首を捻った。まさに半信半疑の様子だった。
「あの荷馬車、お城に物資を運んでるって言ってたけど、具体的には何を運んでたの?」
「お砂糖よ」と一人の子が元気に答える。「砂糖?」とライトは聞き返す。
「王様は俺たちに、砂糖をこれでもかってぐらい収めさせるんだ」
税金か、とライトは呟く。この世界が、社会的にも砂糖で構成されているのだと理解した。
「俺の父ちゃんも母ちゃんも一生懸命働いて収めてたみたいだけど、全然足りなかったみたいで、それでもっと働いたせいで……」
アランは自分の太股を強く殴った。
「不平等だっつうの! 俺たちは血反吐が出る思いして暗くて危険な仕事してんのに全然生活楽になんねぇ。なのにあいつらは着飾って余裕そうに街を堂々と歩いてやがる……! 何なんだよ! 何が違うんだよ!!」
今まではしゃいでいた子どもたちも、一様に黙った。俯く子、唇を噛む子、泣きそうな表情をする子……。明るくない照明の下で、話の輪に入っていなかった子たちを含め、ほぼ全員に陰が指した。ライトは心が黒く滲んでいくのを感じた。
刹那、パンパンと手を叩く音が聞こえる。
「はーい! 暗くなるのはそこまで! もうすぐご飯できるから、みんな準備して」
エマの言葉に、子どもたちは花が咲いたように明るくなった。それぞれに与えられた分担があるのだろう。全員テキパキと動いて無駄がなかった。
ライトはアランに耳打ちする。「良いお母さんだね」
「まぁ大変なことばっかりだけど、エマが居てくれたお陰で、俺たち何とか生きていけてるよ」
「君の場合、別の意味にも聞こえる」
アランは一瞬キョトンとしたが、すぐ意味を理解して顔を赤らめる。
「ば、バカ何言ってんだ! 俺は別にそんなんじゃ――」
「ちょっとーアランも手伝ってよー!」
「っ! 今やるよー!!」
アランとエマのやり取りを見て、ライトは一時思い出が蘇った。セピア色の世界の中で、自身と彼女は煌びやかに輝き、笑って泣いて抱き締め合って言葉を交わしあっていた。
頭を振る。今できることをやろう。そう思って、ライトも配膳などを手伝った。
大鍋いっぱいに作られたスープとパン切れと水が各自に行き渡った。お祈りをした後、子どもたちは一斉に食べ始めた。「うめー!」とか「お肉入ってるー!」などと大喜びしていた。
微笑ましいなと思いながら、ライトも一口スープを飲んだ。そして毒々しいほどの甘さに思わず咳き込んだ。咄嗟に水で流し込もうとしたが、見事なダブルパンチを食らった。そのせいか、アランたちがしてくれたこの世界の話のことが、まるで頭に入ってこなかった。
ウェイミーは目を覚ました。目を開けているはずなのに真っ暗だった。感触から、硬いベッドの上にいることだけはわかった。
何があったのかと思い出そうとする。ライトの帰りを待つ間、自分は道端に避けていた。すると突然手を掴まれ、狭い路地に引き摺りこまれたと思ったら、一瞬、後頭部に強い痛みが走って――。一人で居るところを、何者かに誘拐されてしまったのだと悟った。
上半身を起こすと、ウェイミーは辺りの様子を探るために精神を集中させる。ややあって、二つの気配を感じ取る。一つは、ゾワゾワと鳥肌が立つのようなあれの気配を下の方から、もう一つは、大好物を口いっぱいに頬張った時のようなあれの気配を同じ空間から知覚した。
目が暗闇に慣れ始めた。鉄格子が見えて、ここが牢屋であることを理解する。ベッドから起き上がり、ウェイミーは鉄格子に手を触れた。無闇矢鱈に動かしてみたが、無論開いたり壊れたりするはずもない。溜息が漏れた。
「おい、うるさいぞ」
低い男の声が聞こえる。向かいの牢屋からだ。その気配から、彼の人がこの世界の
「ゴメンなさい。突然こんなところにいて、何が何だかわからなくって……。私、ウェイミーと申します。あなたはのお名前は?」
しばらく待ったが、返事は返ってこなかった。
「私、パートナーと一緒に旅をして、その過程でここにも訪れました。街並みがとても煌びやかで感動しました。素敵なところですね」
「こんな状況でよくそんなことが言えるな。お前、牢屋に閉じ込められてるんだぞ」
「それはあなたも一緒ですよね? 私は、多分誘拐されてここにいるんだと思いますが、あなたもそうなんですか?」
「どうしてそんなことを訊く?」
「あなたがここにいることが不思議だからです」
「俺の何を知っていると言うんだ」
「何も知りません。なのでよろしければ、教えていただけませんか?」
またしても返事はなかった。ややあってウェイミーはベッドに戻ろうとする。刹那、物が
「俺は、ここの王様だ」
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