32 箱根ヶ崎 加藤八幡宮
八高線箱根ヶ崎駅は、東京では少なくなった郡部にある。その住所は『西多摩郡瑞穂町大字箱根ヶ崎』と表記する。
八高線には、1996年(平成8年)に電化されるまでは気動車が走っていた。その箱根ヶ崎駅で八高線を下車すると、改札口はホーム上の橋上にあり、壁面はガラスを多く取り入れた非常にモダンな駅で、とても東京のローカル路線とは思えない。
橋上のコンコースから西口を眺めると、背の高い建物は無く、奥多摩の山々が手に取るように見えてくる。視線を手前に戻すと、駅前ロータリーは綺麗に整備されているが、車はチラホラ見えるだけで閑散としている。駅前にコンビニはおろか商店らしきものはなく、空地に住宅がチラホラ建っている程度で、区画整理されたばかりの『新開の土地』といったイメージだ。
東口にコンコースを移動すると、駅前ロータリーは旧国道16号(都道166号線)に面しており、古くから住宅街として開けた感じだ。
こちらも高い建物は無く、左手前方には、トトロの里の狭山丘陵が目の前に見えている。
東口に出て旧国道16号を横田基地の方へ右折して数百メートル歩くと、加藤八幡宮がある。
新青梅街道と旧国道16号が立体交差する箱根ヶ崎の交差点のすぐ北に位置する。
国道16号の4車線のバイパスができまるでは、旧国道16号は二車線しかない幹線道路で、箱根ヶ崎交差点は慢性渋滞の要衝となっていた。現在はたまに大型トラックは通るものの、渋滞するほどではない。
通りから少し入ったところにある石造りの鳥居を入り、旧国道16号と並行した参道を20mばかり進むと、縦横2間×3間ほどの小さなお宮がある。お宮の建物自体はさほど古くないものの、正面の上には、すすで黒光りしたような古さを感じる扁額が掲げられている。
地は黒に塗られて赤い縁取りの中に、おそらく最初は金色で塗られていただろう達筆な字で『鎮静』としたためられている。
境内の地面に雑草などなく、植栽は綺麗に手入れされていて、小ざっぱりとした風情で、地元の方に大切にされている様子がひしひしと伝わってくる。お参りを済ませて右手に目をやると、芝生でおおわれた小さな塚がある。正面は真新しいコンクリート製の階段が付いているが、これが『加藤塚』だ。
瑞穂町教育委員会の資料によると、この塚の由来の概略は次のとおりである。
1582年(天正10年)4月21日、武田氏の滅亡後、その家臣であった加藤丹後守景忠は、妻子と数名の家臣を連れて当地まで逃れてきた。しかしここ箱根ヶ崎で、北条氏の配下で当地を守っていた村山土佐守の率いる兵と戦になり討ち死にしたという。村民はその死を哀れみ、直径11m、高さ1.5mの塚を築き二基の五輪塔を築いて葬った。
寛政年間(1790年代)に至り、加藤氏の末裔といわれる上野原の加藤最次郎が石塔を立てたり、付近の円福寺に現存する馬上丹後守像等を収めたのをきっかけに、村民に間にも信仰の念が深まり、加藤八幡宮が建立された。
塚の上には大欅があったのをはじめ、境内には桜、杉、クヌギ等の大木が繁っていたが、国道16号の敷設と横田基地を離発着する航空機の障害となるため、伐採されたという。
塚の中央には、高さ1.2mくらいはあるだろうか、立派な石塔が建っている。その中央には3人の戒名が書かれていることから、墓標と思われる。
向かって左側の側面には、建立した加藤最次郎の名が記されている。
また右側の側面には、天正10年4月11日と記されていることから、瑞穂町の資料とは日付が違っているが、新暦と旧暦のちがいだろうか?
中央の墓標の左右には、崩れた五輪塔が安置されているが、左側の五輪塔は、かろうじて形を保っている。
正面向かって右側の五輪塔の外側には、萬霊塔(等)がある。こちらにも天正10年4月11日と記されていることから、塚が作られた当時からあるものだろうか。
崩れてしまった五輪塔に比べ、墓標と萬霊塔はとても二百数十年の時を経て現代に伝わってきたものとは思えないほどの良い状態を保っている。
落ち武者が討ち取られただけで、はたして村人は塚まで作って供養するだろうか。もともと何かしらの縁があったから、ここへ逃げ延びてきたのだろうか?
それともここ箱根ヶ崎にたどり着いて討死するまで間があり、地元民に何かしらの貢献をしたのだろうか?
八幡宮まで建立して、後々の世まで供養されたということは、何かしらの縁があった、あるいはできたからではないだろう。遠く戦国時代に思いを馳せると興味は尽きない。
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