16 江戸の町6 大江戸ごみ事情 浅草海苔のルーツ

 江戸時代には様々なリサイクルを業とするものがいたが、古紙を集めるのもその一つだ。


 大棚などの商家を回って古紙を回収するものから、背中に籠を担いで街中に落ちている紙を拾い集めるものまでいた。

 集まってきた紙は漉き直すのだが、その行程は概ね次のような手順になっている。


   川の水で冷やかして洗う

     ↓

   煮て溶解する

     ↓

   たたいて細かく分解する

     ↓

   漉き直す


 洗っただけでは、紙にしみこんだ墨は十分に取り除けないことから、出来上がった紙はねずみ色をしていた。この紙が所謂『浅草紙』だ。

 かつて台東区山谷に『紙洗橋』があったが、その話はまた後日。浅草中心にこの紙のリサイクル業者が集まっていたことから『浅草紙』と呼ばれるようになったようだ。

 このねずみ色をした『浅草紙』は、何に使われたのだろうか?

 浅草紙は、江戸時代には別名『落とし紙』とも呼ばれていた。さぁて、なんとなく使い道の方向が見えてきたことだろう。『浅草紙』は、ごみからできた紙ということから『ちり紙』とも呼ばれていた。ここまでくればもうお判りだろう。今風に言うと『トイレットペーパー』、あるいは『ティッシュペーパー』である。

 つまりこの事実から、江戸の町の人々は、用を足した後は紙で拭いていたということだ。

 用を足した後紙を使うのは、世界的にみても先進的文化を持っていたということにつながる。現代でも用を足した後は、葉っぱで拭いたり、縄でこすったり・・・という文化が残っている地域もある。

 漉いた浅草紙は、約19cm×約21cmの規格に切りそろえられて束にして売られていた。


 さて、その浅草紙と同じくらいの大きさのものに、『浅草海苔』がある。『浅草海苔』というと、江戸前の海苔のことを言いうが、その名前の由来は、諸説ある。

 その一つは、浅草の門前で売られたからというものだ。しかし私はこの説よりも次の説の方が説得力があるように思う。

 それは、「『浅草海苔』の製法に、『浅草紙』の製法を取り入れたから。」というものだ。

 江戸時代以前の海苔は、海から採ってきたものを単に乾燥させただけのものだった。

 ある日、浅草で『浅草紙』を漉く様子を見て、採ってきたのりを細かく刻み、刻んだ海苔を漉いて乾かして板海苔とすることを発明したことから『浅草海苔』とい言われるようになったというものだ。


 『浅草紙』は、ティッシュペーパーのご先祖様だが、一般的なボックスティッシュを広げて、海苔1枚とその大きさを比べてみていただきたい。どちらもほぼ19cm×21cmで同じサイズになっている。


 『浅草紙』つながりから、もう一つ生まれた言葉がある。

 買う気がないのに、売り物を見たり、価格を聞いたりすることを『ひやかす』と言うが、この『ひやかす』という言葉の由来も、実は『浅草紙』から来ている。


 冒頭で『浅草紙』の製造工程を説明したが、その第一の工程で「川の水でひやかして洗う」とあった。

  紙を漉くのに、川からくみ上げた水を貯めた水槽に、回収してきた古紙を投げ入れて、2~3時間水を染み込ませて軟らかくする。この工程を『冷やかし』といった。

 古紙を冷やかしている間職人達は暇になるので、時間つぶしに吉原に繰り出しては、遊女たちをからかって帰るだけなので、彼らのことを『紙を冷やかしてきた連中』・・・ということで、買う気もないのに、遊女をからかうことを『ひやかす』と言われるようになったとか。

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