5.ごめんなさい。
その日のテリーライトの空気は重々しかった。
放課後、山崎も誘って4人で来たものの誰一人口を開かない。私はその空気に耐えられず、テリーさんの頭とか、テリーさんの奇行とか、目を色々なところへ泳がしていた。たまにテリーさんと目が合うこともあったけど、それはスルーで。
「ごめん! 少し楽しんでたところがある!」
沈黙に答えを出すように、いきなり真希が机にぶっつけるくらいに頭を下げた。
「いや、いいんだ。いつかは伝えなきゃいけない気持ちで、それが今日で。今日だと思ったからこそ言えたんだよ。3人には感謝してる」
私は意外な言葉に驚いた。恨まれることはあっても、感謝される覚えはない。と、改めて自分たちの行動を振り返ってみると、ひどい話だ。
「まあ、3人ともあんまり役には立ってなかったけどな」
力なく笑う山崎。冗談で言ったつもりだろうが、明日花は真に受けてうつむいてしまった。
「ごめんね、山崎」と、私は我が身を振り返り、謝った。
「いいんだよ。これで。さあ、このまま甘い物食って、元気出そうぜ!」
私はなんとなく、七尾くんのことを思い出した。私がフラれた時は明日花と真希の二人が私の分も泣いてくれた。今日は山崎の分まで笑っていよう。
私は山崎の発言にのっかるようにして言った。
「そうだね! じゃあ今日は山崎の全おごりってことで! テリーさん! 全部載せテリースペシャルを人数分」
この店で一番高価な商品、全てのトッピング食材を載せたワッフルだ。味のバランスなんかは考えられていないので、すこし微妙な商品。
「が、合点だ!!」
急な注文に焦るテリーさん。この人がいると不思議と場が和む。
「石和、マジでいってんのか!?」
「マジマジ、大マジよ。」
「人数分って、しめて5,200円だぞ!?」
「改めて言われなくたって、計算くらいできるよ?」
「そういうことじゃねえ!」
ぷっと真希が吹きだし、明日花もつられて笑った。テリーさんはなぜか得意げな顔をした。関係ないのに。私も山崎も目を合わせて、一安心して笑った。
土日が終わり、週明け一発目から朝礼が行われた。今日ってなんかあったっけ? 舞台の上に校長が立ち、話し始める。
「……えー、皆さんの中で知っている方もいるかもしれませんが、この週末にですね、怪我をされた生徒が複数名出ております。いずれも事件性のあるものであり、我が校の生徒のみが巻き込まれているものです。ここにいる皆さんは常日頃より気をつけているとは思いますが、登下校、とくに部活の帰り道など、日が落ちた後にはなお一層気をつけるようにしてください。またこの件に関して、いやな噂も流れるかもしれませんが、みなさんはそれに惑わされず……」
この日の朝礼は何かしらの事件が起きているから、気をつけなさいという話だった。しかも何人もの被害者が出ているらしい。
教室に戻ると山崎が静かにと近づいてきた。
「石和。朝礼で校長が言ってた事件、被害者はみんな2年生らしい」
山崎の話によると、どの件も殴られ、意識を失って倒れているところを発見されたようだった。被害者は女生徒。特に盗まれたものはないらしい。怪我も大したことはなく、打撲の跡、倒れた時にできたかすり傷などがあるくらいで済んでいる。中にはすでに登校してきている人もいるようだ。
「山崎、やたらと詳しいね。まさか……」
「やめろよ! 違うからな。ただ美優先輩が心配だから、今朝教室へ会いに行ったよ。とりあえず無事だったから、すげー安心したわ」
言葉の最後の方で山崎の顔が少し赤らんだ。ちょっとだけ気持ち悪かった。
「今日から山崎、先輩を送ったらいいんじゃない?」
「へ? ……そうだな。それはいいな」
ぶつぶつ言いながら、山崎は自分の席に戻っていった。
一瞬止めた方がいいかな、と考えたけれど、好きにやってみるっていうのもありかと思い直した。
告白された美優先輩が最後つぶやいた『いつかきっと』の意味はとてもポジティブなものだったかもしれない、と思ったからだ。
『今はダメだけど、山崎君が頑張ってくれたらいつかきっと私は振り向きますよ。だから頑張りなさい』みたいな。
いや、美優先輩に至っては、そんな女王様みたいな考え方はしないか。
それにしても山崎はタフだ。今ではあの大告白の話が学校中に広まり、山崎の行く先々で話題に上っている。山崎は少し照れて「かっこよかったろ?」とか言って、特に落ち込んだ姿は見せない。
そんな山崎が少し格好良く思えたけど、よくよく見ていると、たまにニヤけていて、やっぱりちょっとだけ気持ち悪かった。
来週のテストに備えて、授業は短縮、部活も休みなのをいいことに、ホームルーム終了後、クラスはどこか浮かれている様相だった。
「帰りどこいく?」とか、「やばい勉強全然追いついてない!」とか、普段とは少し違う声が聞こえてくる。
そんな中、山崎が真剣な表情を浮かべて、早々に教室を出て行くのを私は見ていた。
「景~帰ろうや~」
真希が間延びした声を出しながら近づいてくる。私も「おー」と間の抜けた返事をする
「山崎くん、本当に美優先輩のところへ行ったんだね」
真希の後ろにいた明日花が嬉しそうにつぶやく。
「山崎~やるな~」
真希はまだ間の抜けたしゃべり方を続けている。マイブームなのか。
「ささ、あたしたちはどうするさ~?」
そんな感じで脈絡もなく、真希はキャラ立ちがイマイチな話し方を続けていた。私もそれに引きずられるようにして間の抜けた話し方を真似たりしながら、校門まで歩いていくと山崎が仁王立ちして立ち止まっているのが見えた。
真希も山崎の姿を確認したのか、間の抜けた話し方をやめ、「山崎?」とつぶやいた。
短縮授業中ということもあって、いつもより多くの生徒たちが下校していて、校門のあたりは人が集中していた。その流れの中心で立ち止まる山崎をどの人も避けていく。まるで川の中の大岩が流れを二手に分けるような光景。ただ違うのは、大岩によって流れが分かたれたわけではなく、川の流れ自体が大岩を避けているという点か。
山崎を見ては邪魔だな、という表情で睨んだ男子生徒が、その後、瞬間的に目を逸らす。山崎の横を通り過ぎる人の大半が同じように目を逸らしていた。
私たちは一様に違和感を感じたはずだ。誰も何も言うことなく、山崎に近付いていった。
そこで初めて気付く。川の流れが避けていった大岩の正体。大岩は山崎ではなく、その前にいる女性だった。
松葉杖をついた女性。頬にはガーゼを貼っていて、右目には白い眼帯をつけている。それが誰なのか、近づいてよく見るまでは気付かなかった。
「美優先輩」
私は美優先輩のその姿に言葉を失った。目を逸らしていた人の気持ちがよくわかった。頬に貼られたガーゼの領域を超えて、内出血していて、腫れている。眼帯を付けていない左目は真っ赤に充血していた。その姿は一目見るだけで、無意識的に、反射的に目を逸らしたくもなる。
山崎がそっとこちらを振り向いた。
「石和」
事態がうまく飲み込めない。
今朝、山崎が会いに行った時は無事だったと言っていたはずだ。
目の前が一瞬暗くなった気がした。いや、確かに目の前は暗い。空に分厚い雲がかかっているかのように。でも、空は皮肉なほど雲ひとつない青空だ。その対比で余計に目の前が暗くなっていく。
「山崎くん……石和さん……」
もしかすると私が美優先輩を泣かせたのかもしれない。山崎だけでも精一杯我慢していた涙が、私の絶望に満ちた顔で、押し留めることができなくなったのかもしれない。
山崎がすっと、美優先輩の涙を隠すように美優先輩の肩を抱いて、向きを変える。ここは校門前なのだ。部活のないテスト週間に入った生徒たちは、水門が開いたダムから流れ出る水のごとく、私たちの横を過ぎていく。
「場所を変えましょう。話聞きたいです」
私は戸惑った。すごく聞きたくなかった。特に意味はない。でもなんとなく聞きたくなかった。体は正直で、足は動かない。山崎と美優先輩はゆっくりと先へ進んでいく。
「景ちゃん。行こう」
明日花が私の背中を押した。右足、一歩。金縛り状態だった身体に力が入るのを確かめる。さすが、最強文化系美少女。金縛りを解くこともできる。
「私たちまで首突っ込んでいいのか分からないけど、とにかくここから移動しよう」
真希が私の背中を叩いた。左足、一歩。出遅れたが、これで山崎と美優先輩に追いつける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます