4.オペレーション・ユアソング
次の日の昼休み。私たちは朝一で真希から渡された『オペレーション・ユアソング』なる計画書どおりの配置についた。一応、言われるがままに、私は中庭を挟む渡り廊下の2階部分に控えていた。
「みんな、準備はできてる?」
手元のインカムから真希の声が聞こえる。どこから準備したのか、インカムまで渡されたのだ。
「ソング2・明日花、配置についています。オーヴァー……」
計画書には話し方まで書かれていた。明日花は普段そんなキャラじゃないのにノリノリだ。
「ソング3は配置についたか!?」と、名司令官・真希の声がインカムのスピーカーから聞こえる。
私はインカムのスイッチをオンにして、一応返事を返す。
「ソング3・景、配置につきました」
「……」
「……オーヴァー……」
「よし! では、これより『オペレーション・ユアソング』を開始する」
「ソング2、ラジャー!」
「ソング3……ラジャー」
イッツ茶番。二人のやる気にはついていけていない。
あきれながら、中庭を見下ろすと、弁当を食べていたり、日向ぼっこをしていたりと、ゆるゆると時間を過ごしている生徒が何組か見える。相変わらず平和な風景だ。ただ、そのど真ん中には、一人ギターを肩に掛け、険しい顔をして立っている男が一人いた。山崎だ。
山崎を中心とした半径5メートルほどの空間は完全に周囲の空気から切り離されていた。昼下がりの平和が乱されている。
「ソング2、対象を確認。朝のブリーフィング通りに実行したいと思います」
朝一に集合した私たちは対象・美優先輩の顔を、山崎が持ってきた写真でしっかりと確認し、動きのリハーサル、シミュレーションを行った。
2年生の教室から美優先輩を渡り廊下にいる私のところまで誘導してくるのが明日花の役目。美優先輩を私がここで足止めし、その間に真希は山崎に合図を送る。その合図を聞いて私と明日花は退避。そして作戦の胆である山崎のライブが始まるのだ。
この作戦、大丈夫なのか? 不審に思えてくる。
「ソングリーダーからソング2へ。健闘を祈る」
「ラジャー」と答えると、ソング2・御堂明日花は行動を開始した。インカムを口元から離しているため音は小さいが、「あ、先輩! ちょっといいですか?」と、美優先輩に声をかけているらしい会話が聞こえる。
「……えっと、誰だっけ?」
インカムを通して、小さく聞こえる美優先輩の声。そりゃそうだ。いきなり知らない後輩から話しかけられてるわけだもん。困惑もする。
「いや、なんでもないんですけど、天気が良いですね! こんな天気の時は渡り廊下にでも行きませんか……」
なんて下手くそな! 最強文化系美少女も、まるでうまく立ち回ることできてないじゃないか! というよりも私と明日花の役回り換えた方が、もしくは私一人でやった方が良かったのでは? と今更ながら気付く。
「……クク……」
ん? 一瞬、ソングリーダーの声が聞こえた気がしたけど。
「……えっと、それは、私じゃないとだめってこと?」と不自然な後輩の話にちゃんと付き合ってくれている美優先輩。優しいな。
「はい!先輩じゃないと意味が無いんです!」
「……ククク」と、またソングリーダーの声が聞こえた気がした。
「今、急いでるから、後でもいいかな……」
「ダメです! すぐ済みます! 少しだけでいいんです!」
必死に説得(にはなっていない気もするが)する明日花の声の後ろに耳を澄ますと「ぷはははは!」と大笑いするソングリーダーの声が聞こえた。
真希のやつ、楽しむためにあえて、明日花にあの役割をやらせたな。
「うん、わかった。渡り廊下に行けばいいの?」
諦めたようなトーンで美優先輩の了承の返事が聞こえる。
「つ、ついてきて下さい!」
ついにこっちにやってくる! なんだろう緊張してきた。さっきまで笑っていた真希も静かになる。
明日花が渡り廊下にやってくるのが見えた。後ろにはケータイでメールを打っている美優先輩が。もしかして誰かと会う予定でもあったのかもしれない。申し訳ありません、先輩。
「景ちゃん! お待たせ! 先輩、用事はここです!」
「なんだ、景ちゃんだったんだ」
にっこり笑ってくれる。とりあえず怒ってなくて一安心だ。
「いきなりこんな感じでお呼び出ししてしまい、すみません!」
「じゃあ後はまかせたね、景ちゃん!」
明日花が親指を立てて、来た道を戻っていく。
「景ちゃんの友達だったんだね。ビックリしちゃった」
「すみません」
「ううん、いいの。それでどんな用事かな?」
「実は昨日、話したことなんですけど。あの後、結構上手いこと、事が運びまして」
「そうなんだ!……よかったね。どうなったの?」
「えっと……」
足止めって、具体的に何したらいいんだ? 全然考えてなかった。どうなったかを話すわけにいかない。ここから先は『オペレーション・ユアソング』の核心に触れてしまう。真希! 早く山崎に指示を飛ばして!
「……こちらソングリーダー。ユアソング、発動。」
ザザッと、真希がインカムのマイクのスイッチをオフにする音が聞こえる。インカムからの声に意識が奪われてしまった。
その瞬間。ギターの力強く鋭い音が響く。
打ち合わせ通りではあるものの、いきなり鳴り響いたギターの音に、思わず山崎の方を振り向いてしまう。それにつられたように美優先輩も視線をギターの音の方へ向けた。
「山崎くん?」
中庭で平和に過ごしていたみんなは呆気にとられている。急にギターを弾きだしたのだ。今、私の視界にいる全ての人の視線は山崎に集まっている。
そしてイントロが終わる。ここまで聞こえそうなぐらいに山崎が大きく息を吸った。
顔はこちらを見ている。山崎の目に光が灯った。
「変えるんだ 未来を きみからの言葉」
それは確かに美優先輩へ向かって歌われていた。今まで聞いたことのない声で。
この場所にはきっと私も、中庭でくつろいでいた人も、どこかで見ているであろう真希も、明日花も、誰もいない。ただ二人、山崎と美優先輩がいるだけだ。
私はそっと、明日花が去っていった方向へ向かった。渡り廊下の入口まで戻ると、近くの窓から今の状況を見守っている明日花を見つけた。
「何光年だって 飛び越えよう」
明日花の横に並んで私も見守る。
「科学も 物理も 関係ない ただきみのいる世界へ アルビレオの光が きっと導いてくれる」
明日花が涙ぐんでいる。いつだってこの子は真正面から受け止める。たまに見当違いな場所にいたりするけど。
「アルビレオの光が きっと きっと」
ギターのアルペジオがキレイに響いて、少しだけ名残惜しそうに音が消えていく。
メロディーのない空気に、山崎の声だけが響き渡った。
「美優先輩、好きです」
今にも火を噴きだしそうなほど燃えている山崎の瞳は、渡り廊下の2階にいる美優先輩を見つめている。
「ありがとう。山崎くん。でも今は何も答えられないよ」
困ったような笑顔を見せる美優先輩。
「ごめん。でも、いつかきっと」
そう言って、美優先輩は私たちのいる方とは逆へ走り去っていく。
たぶん、美優先輩の声は山崎に聞こえていない。渡り廊下の入口付近にいる私たちだから聞こえた美優先輩の声。私はその言葉の意味がわからないまま、うつむく山崎になんて言葉をかければいいのかを考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます