3.嵐の前の騒がしさ

 美優先輩と別れたあと、話を聞くのがめんどくさくなってしまい、山崎を『テリーライト』へ連れてきてしまった。

 「山崎! なんで、あんたが来るのよ」

 山崎の姿を見た瞬間、何のためらいもなく真希の攻撃、もとい口撃が飛んできた。

 「ひどい言いようっ!」

 「ごめんね、真希」

 真希と山崎を仲良くさせるための策は、一応思いついていた。

 テーブル席に向かい合わせで座っている真希と明日花。明日花はなんのことかわからない様子。一方、真希は実際には山崎をからかっているだけなのだが嫌そうな表情を見せる。

 「景。なんで連れてきたのよ」

 「山崎がどうしても私達に聞いて欲しい話があるからって言って、私に付きまとってくるの……。だから仕方なく……」

 私は嘘泣きをしてみせる。打ち合わせなしのシチュエーションに、すごい勢いで目を向けてくる山崎。その顔はまるで捌かれる前の鯛の顔。『真希と仲良くしたい』という気持ちを正直に話せと言ってるわけじゃないのに。ただし別の正直な気持ちはしゃべってもらおうと考えていた。

 「ほら、山崎! 真希に話しなさい!」

 「ええっ!?……うん、とぉ……そうだ! 昼休みに話そうとした、とっておきの怖い話を……」

 違う! それじゃない! 私は思い切り、山崎の横っ腹をつねった。

 「痛っ!」

 痛みにひるんでいる山崎に代わって、私の口から言ってやろう。

 「実は……山崎くん、恋してます!!」

 こっちを向く山崎の顔はまるで捌かれる前の鯖の顔。鯛とは違って、弱って見えてるから鯖の顔。

 「えっ……それって、私……じゃないよね?」

 「違うよ、真希」

 思わず苦笑いしてしまう。本当に山崎のことを嫌っているのではないかと心配になる。

 「じゃあ、私!?」と、動揺する明日花。ややこしくなるから出てこないで!

 「明日花じゃないよ!」

 そう言うと、二人が声を合わせて「じゃあ……」と言いながら、指を差してくる。

 「二人揃って私を指差すな! 山崎の好きな人は『先輩』!」

 「先輩?」と、ここでも二人は声を揃えた。

 「ほら、昼休みにボール飛んできたの覚えてる? あの時ボール取りにきた先輩いたでしょ? あの人なのよ」

 下を向き頬を染める山崎はまるで乙女。『ぽっ』とかするんだ、気持ち悪い。

 「……山崎くん、すごい!!」

 ノってきた明日花は立ち上がった。後ろに真希と明日花が注文したであろうドリンクを持って近づいていたテリーさんがビクッとなる。毎度毎度、明日花がすみません。

 真希がキュートなにやけ顏で山崎に手招きする。

 「や・ま・ざ・き! ちょーっとこちらの席においで」

 山崎は無言のまま、言われるままに真希の隣に座り、真希に肩を組まれる。この光景は他の男子からすれば羨ましいかもしれないが、今の山崎に、そんな余裕はないだろう。

 『恋』という高校一年生にとって、ワクワク満載のキーワードで真希と山崎の仲をよくさせようとする作戦はここまで順調すぎるほど上手くいっている。ナイス私。


 私たちは山崎の恋を成就させることに決めた。山崎の意見はまるで無視して。

 成績優秀、眉目秀麗、良妻賢母。中学時代から山崎の目には美優先輩のことがそれほどまでにパーフェクトに映っていた。山崎が八代台高校に入学したのも、美優先輩を追いかけてのことで、真希はそれを「キモっ!」なんて茶化してはいたけれど、なんだかんだで真剣に話を聞いていた。

 一方の明日花はさして感動のシーンもないのに涙目。一体どう感情移入すればそこまで気持ちを昂らせることができるのだろうか。

 「山崎くん、好きな人の為に……勉強……がんばっ……たんだね……ぇぇえ……えぐっ」

 ついには完全に泣き出した。

 たぶん明日花の中では、中学時代とんでもなく頭の悪かった山崎が美優先輩に会うために勉強を猛烈に頑張り、進学校と言われる八代台高校に入学したという妄ストーリーができあがっているのだろう。ちなみにそんなストーリーは一回も登場してはいない。どちらかといえば山崎は賢かったはずだ。

 「いや、御堂? 確かに頑張ったには違いないけど、誰かを感動させるほどではないかと……」

 ほら、見ろ。戸惑っちゃった。

 「たしかに受験勉強を頑張れたのは美優先輩のおかげっていうのはあるけど……。美優先輩にはそれ以上に感謝していることがあるんだ」

 山崎の横に座っていた真希が山崎の口ぶりをまねて続きを話す。「……生まれてきてくれて、ありがとうって」

 「そう、生まれてきてくれてって…おおおおおおいい!! 日下部! 勝手に代弁するな!!」

 かっかっかと笑う真希。どんどん空気が馴染んできてる。いいな、楽しくなってきた。

 「山崎がどれだけ美優ちゃんのことが好きなのかはわかったよ。そんなことより今後のことを決めようよ」

 ワクワク顔の真希を見ていて嫌な予感がする。山崎は何を言っているか分からない様子で真希に聞く。

 「今後のことって?」

 「もっちろん!山崎告白大作戦さっ!」

 真希のウィンクにはきっちり星が飛んでいるんだよな。私も真似てみるが、目にゴミが入ったような動きにしかならない。一体、私は何度神様を恨めばいいのだろうか。私はため息をつく。

 「どうした? 景?」

 「いや、なんでもございません……。それより、その告白大作戦ってのはどうするの?」

 聞くと、真希は山崎の方に体を向けた。

 「山崎!」

 「はい?」

 「あんた、ギター弾けるんでしょ?」

 真希がにやりと笑う。私も真似てみるが、まるでつまようじを使っているサラリーマンの顔のようになっているだろう。神様、恨みカウント+1です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る