2.山崎、大地に立つ(かもしれない)

 授業後のホームルームが終わった直後、山崎が私の席に飛んできた。

 「石和、ちょっといいか」

 いつになく真剣な山崎の視線。普通ならここで色気のあるような想像をしてしまいそうなものだけれど、相手が山崎なら話は別か。

 「嫌」

 「お願いだよぅ」

 うさんくさく頭を下げる山崎に、私はちゃっちゃと話を済ませなければと思った。

 「わかった。なに?」

 「ここでは、あの、あれなんで」

  ちらちらと真希の方向に視線が動く。そういうことか。

  私はとため息をついて、「はいはい」と雑に答えた。

 「ありがとう!」

 荷物をしまって、真希と明日花に、先にテリーライトに行っててと伝え、山崎の待っているエントランスへ向かった。なんてワクワクしない、色気のない展開なのかな。



 エントランスからどこへ行くということもなく中庭にやってきた。話をさっさと済ませたかった私は、早々に話を切り出した。

 「つまり、真希と仲良くやりたいと」

 「多少の語弊もあるけど。まぁ、そういうことになります」

 「別に真希も嫌ってるわけじゃないよ?」

 「えっ!? そうなの!?」

 「からかってるだけ……だと思う」

 「思うって、石和~。お前だけが頼りなんだよ」

 「山崎ってさ、昼休みとかあんなに大声で歌ったりできるのに、意外に小心者なんだね」

 山崎をからっかってみる。すると山崎は意外と真に受けたらしい。

 「そうなんだよ。へたれなんですわ」

 少し驚いた。実はマジで悩んでいた? しょうがない。

 「はあ……。私に任せなさい」

 「本当か!?」

 「うん。まぁ、これといって策はないけれど」

 「頼むよ。おれもなにか考えるし。普通にクラスみんなで仲良くやりたいんだ。」

 山崎はクラスの人間がみんな仲良くやれるようにって真剣に考えているやつだ。入学当初もクラスに馴染めていない人間に絡みにいくのを何度も目にしては、感心していた。

 「男とかさ、女とか、そういうの関係なく、あったかいクラスっつーか、熱いクラスにしたいんだよ」

 私たちは中庭の適当な所に腰を下ろした。もう日も暮れかけていた。なんで山崎はこんなにまっすぐなのか。私は気になった。

 「ねぇ、山崎はなんでそういうクラスに……」

 「……美優先輩?」

 山崎は私の向こう側に目を向けていた。話を中断して、私もなんとなく顔をそちらへ向けた。

 方角的には部室棟がある。棟と言っても校舎ほどしっかりしたものではなくて、新校舎が高級マンションなら、旧校舎は古いマンション、部室棟は木造アパートといったところ。その部室棟の前のベンチには昼休みに見た先輩、小林美優先輩がうつむいて座っていた。またジャージ姿だ。

 「山崎、知ってるの?」

 「ああ。同じ中学の先輩だよ」

 そういうと不意に立ち上がって美優先輩の方へ近づいて行く。

 「美優先輩!」

 うつむいていた美優先輩の顔が弾かれたように上がる。

 「……山崎くん?」

 美優先輩は目を凝らしながら、山崎を見つめる。どうやら目があまりよろしくないらしい。

 「はい! 昼休みには美優先輩のこと気づいてたんですけど……その、声、かけらんなくて」

 「昼休み? どこにいたの?」

 「中庭でギター片手にシャウトしてました!」

 「あれ、山崎くんだったの!? 全然気づかなかった!」

 「気づいてもらえるように、シャウトしてたのに~!」

 「ごめんね。ふふふ」

 楽しそうに会話が弾み出す二人。少し寂しい気持ちが沸き上がってきたところで、美優先輩からの視線を感じた。

 「あそこにいる子は山崎くんの彼女?」

 美優先輩、そんなひどいことをいうのはやめてください。

 「そういうのじゃないです!」

 珍しく山崎がお調子者なノリを発揮しなかった。普段の山崎なら『そうです、あれがいとしの彼女です』なんてふざけたことを言いそうだけど。

 「あいつはクラスメイトの石和。ちょっと相談にのってもらってたんですよ」

 いきなりの紹介で私は慌てて立ち上がり会釈をし、美優先輩に近づいていく。山崎の隣に並ぶと顔が認識できたのか、美優先輩は気づいたように声を上げる。

 「あっ、昼休みに中庭にいた……」

 「石和景っていいます。どうも」

 「どうも。小林美優です。山崎くんとは中学校が一緒だったの。なんか……勘違いしちゃってごめんね」

 そう言って、美優先輩は笑った。美優先輩の笑顔は真希の笑顔のような目を引く派手さはないけれど、落ち着けるような、タンポポの花のようだった。

 「本当ですよ! おれが石和と付き合ってるなんて、ないですから!」

 ヘラヘラ笑う山崎。こいつ。力を込めて山崎の背中を平手打ち。

 「痛っ!!」

 「山崎くんの情けない悩みを聞いていただけですよ、先輩!」と、歯を食いしばりながら無理に笑った。こいつに(好いてもいないのに)フラれた、みたいになるのは癇に障る。

 「情けない悩み?」

 「情けないってなんだよ、石和」

 背中をさすりながらぼやく山崎。そんな山崎に疑問符だらけの顔をむける美優先輩。

 「あの……なんというか……クラスを一つにするための相談といいますか……」

 山崎は疑問符な顔の美優先輩にしどろもどろになりながら答えようとしている。すかさず私が答える。

 「そう言ったら聞こえはいいんですけど、簡単に言うと私の友達と仲良くしたいということなんですけどね」

 「仲良く?」

 「美優先輩、誤解しないでくださいね。仲良く、といってもクラスメイトとしてということで……」

 そこで誤解されないようにするあたり、やっぱり山崎は美優先輩のこと好きなんだろう。わかりやすいやつ。

 「そっか。山崎くん頑張ってるんだね」

 おしとやかな笑顔。おしとやかという言葉は美優先輩と明日花のためにある言葉かもしれない。ジャージ姿じゃなく、制服姿で本を片手にしてたら最強文化系少女に任命できそうだ。

 「美優、お待たせ」と、後ろから、昼休みにも聞いた声が聞こえた。

 「ふみちゃん」

 美優先輩のおしとやかさが瞬間的に消えたように見えた。美優先輩が立ち上がる。

 「じゃあ行くね、山崎くん、石和さん」

 「はい! また!」

 ふみ先輩の方へ走っていく美優先輩に手を降る山崎。ごめんね、山崎。あんたのニコニコ顏は、デレデレしすぎて直視するにはエゲツないよ。と思ったけれど、美優先輩の顔が見えなくなった時にそのデレデレした表情が消えた。山崎の目は真剣で、その瞳には美優先輩と話していた時の光は見えなかった。

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