#2 211のドッペルゲンガー

1.存在自体がきついって。

 もうひとりの自分をあなたは知っていますか。

 どうやらこの世界には自分と同じ姿形をした人間がいて、どこかで自分とすり替わろうと狙っているみたいなんです。

 それがドッペルゲンガー。


 そんな話を聞いたのは5月も下旬、中間テストを前にした時、部活中。

 2年の司馬しば光宵こよい先輩が真希に話しているのを、私は集中力もまばらに油絵を描きながら聞いていた。光宵先輩はこの手の話が好きなのだそうだ。

 「それでね、この学校にもドッペルゲンガーに会ったっていう話があるの」

 「会った? 狙われたの?」

 真希は先輩だろうと教師だろうと関係なしにタメ語で話す。それは真希だからできることであって、私みたいな小心者にはとても真似できない。

 「たぶん。話のオチからすると結果的にはもう一人の自分から狙われていたってことになると思うんだけど」

 「気になる! 早く続きをお願い、光宵ちゃん!」

 先輩をちゃん付けか。

 「うん。今でこそ少子化でクラスが一学年5、6クラスしかないでしょ? それがまだ10クラスあった頃の話でね……」



 2年10組に目立たない少女がいた。その子がある日を境に激変した。

 それまでは名前も知らない、いることにすらなかなか気づいてもらえない子だったのに、ある日から、誰もが名前を知るクラスの人気者になっていた。

 ある日はいつだったのか、きっかけはなんだったのか、思い出せないけど、気になる男の子はその少女に直接聞いてみることにした。すると、その少女はこう答えた。



 「あとはあなただけだったのに!!!」

 光宵先輩は突然大きな声を出した。

 なんとなくオチが読めていた私はちらりと光宵先輩の方を見ただけなのに対し、真希は「うわあああ!」と声を上げ、ビビリにビビっていた。こんな恐がりな部分もまたキュートなんだよね。神様を恨もうかな。

 「……ところで、どういう意味なんでしょうか、光宵ちゃん」

 わかっていなかったのにビビってたんかい。そんな少しの天然もキュートだぜ。

 「つまり、その男の子以外が変わっていた。その少女が人気者になったわけではなく、周りの人間が少女を人気者扱いする人間に変わっていたってことよ」

 「……」

 「この話にはまだ続きがあって、その少女はこうも言うの。『あなたがわたしたちをうみだした』って。そして、次の日からその少女は元の通り目立たない子に、周りも人気者扱いをしていたことすら覚えていないように過ごしだしたのよ。男の子はその光景を見ながらこう思う。『このクラスの隣にはもうひとりの自分たちが過ごしているクラス・11組があって、自分はそこに間違えて通っていたのかもしれない』って」

 気づくと私は絵を描く手を止めて、光宵先輩の話に集中していた。

 「光宵! ちょっと手伝ってもらっていい!?」

 美術準備室から他の先輩が呼びかけてくる。

 「はいはーい!」

 光宵先輩は立ち上がった。その拍子に座っていた椅子が倒れる。その音で私たちは無言だった意識から解放されたように、はっとした。

 準備室へ向かおうとする光宵先輩が一歩歩みを進めた所で振り返った。

 「でもね、彼は一度も欠席になっていないのよ」

 その言葉に、真希は疑問符を顔に張り付けた。私は準備室へ行こうとする光宵先輩を呼び止めて聞いた。

 「もしその彼が11組に間違えて通っていたとしたら、その間10組に通っていた『彼』は……」

 「さぁね」

 一度小さく肩をすくめると、そのまま光宵先輩は行ってしまった。口をあんぐり開けた真希の顔色は悪くなってきていた。



 次の日の昼休み、中庭での昼食。

 周りはバレーボールでラリーをしている五人の女生徒や、ただ無為におしゃべりをして時間を無駄にする男と女(私怨が含まれてしまった!!)や、フォークギターを片手にシャウトするクラスメイトやらが思い思いに時間を過ごしていた。

 一日中、顔色のすぐれない真希。いつもは誰よりも昼食を食べているのに、今日は全く食が進んでいない。

 「真希ちゃん。保健室行った方がいいんじゃない?」

 心配している明日花が真希の顔を覗き込みながら言った。

 「いやいや、だいじょぶ。ちょっと寝れなかっただけだから」

 「なんかあった?」

 真希にも眠れなくなるような悩みでもあるのかと思い聞いてみる。

 「いやいや、大したことでは……」

 ガサッ! と私たちの後ろにあった植え込みが音を鳴らし揺れた。

 「ひいいいっ!」

 真希は驚いて明日花に抱きついた。ひいいいって、おい。

 「まさか真希ちゃん……」

 なにか呆れ顔の明日花。そこへバレーボールをしていた環から学校指定のジャージを来た女生徒が走ってくる。

 「ご、ごめんね。ボール飛んできて驚かしちゃったみたいだね」

 「いえ、大丈夫です」と、私は答えた。

 植え込みの中に手を伸ばしてボールを取り出そうとするジャージ女子。私が手を伸ばした方が早そうだと思い、私も植え込みに手を入れようとする。

 「だ、大丈夫だから! わたしが取るから! 制服に枝とかひっかかったら大変だし」

 そう言って、ジャージ女子は私を止めた。胸には『小林』と赤で刺繍された文字。赤の刺繍は2年生。1年生は黄色だ。

 「はぁ……」

 「はやくしなよ、美優みゆ。昼休みが終わっちゃうじゃん!」

 バレーボールの一団の中、ロングヘアの先輩から声が上がる。『美優』とはこの小林さんのことらしい。

 「う、うん。ごめん」

 美優先輩は植え込みからボールを取り出すとバレーボールの一団の方へ走っていく。美優先輩以外の人たちは制服のまま―スカートの下にジャージの短パンだけ穿いていた―だった。美優先輩だけ、気合が入ってるのかな?

 そんなことを考えながら、背中を見送っていると昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。すると美優先輩が辿り着く前に、バレーボールの一団は校舎のエントランスへ向けて歩き始めてしまった。

 「あーあ、休み時間終わっちゃったじゃん」

 ロングヘアの先輩が言って、手に持っていたバレーボールを宙に放り投げた。って、ボール、もう一個持ってたんだ。

 「ご、ごめんね、ふみちゃん」

 美優先輩はバレーボールの一団に追いついて、ふみと呼ばれたロングヘアの先輩に謝っていた。なんだか感じの悪い光景だった。

 「……で、明日花。真希の不眠の原因は何?」

 「昨日の司馬先輩のドッペルゲンガーの話だと思う。昔から真希ちゃんは怖い話を聞くと眠れなくなっちゃうから」

 「……えっへへ。だって、それでも怖い話大好きなんだもん!」

 どこかのケーキ屋さんのキャラクターみたいに舌を出す真希。この子は懲りずに不眠の夜を今後も増やし続けるんだろうな。

 「おれがとっておきの話をしてやろうか」と、さっきまでギターをかき鳴らしシャウトしていたクラスメイトが教室へ戻るついでに話しかけてきた。

 「うるさい。あっちいけ、山崎」

 そう言い放つと真希は立ち上がり、さっさと歩いていってしまう。

 「真希ちゃん!」

 真希を追い明日花も走っていく。山崎はうなだれ、私にすがるような目を向けてくる。

 「なぁ、石和。おれ悪いことした?」

 「えっと……存在自体?」

 「そっか。きついわ」

 「授業始まるし私も行かないと」

 力なく笑う山崎を残して真希たちを追いかける。ドンマイ、クラスメイトよ。

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