6.かたむいた校舎のラブレター

 次の日は一日中、目が覚めても頭はポーッとしていた。

 真希と明日花からは同じメールで『今日のあれこれは月曜日に学校で直接! 聞かせてもらうから、今日明日は報告なしで(笑)』と送られてきた。明日花は、真希にやらされたんだろう。そのメールがあったことぐらいしか記憶になく、気づくと日曜日は終わっていた。

 月曜日になっても『好きです』の一言をいつまでもいつまでも反芻していた。

 学校に行けば七尾くんがいて、不意に目が合っちゃったりするとそれはもう気まずさMAXだった。

 真希と明日花は授業中だろうが、昼食中だろうが、私がトイレに入っていようが、おかまいなしに土曜日はどうだったのかを延々と聞いてきた。たしかになんの顛末も話してないから気になるのはわかる。でもわざわざトイレにまで来なくたって……。

 「放課後になったら話すから」と、何度言ってもやつらは聞いちゃくれない。そのせいもあり、七尾くんに不審がられてまた目が合う始末。気まずさは最高潮のMAXEST(マクゼストと読むことにしようと思う)に到達した。

 そして、午後の授業が終わると私は真希と明日花にさらわれた。

 街が見下ろせる新校舎の屋上。屋上は庭園になっていて、昔は花がいっぱい咲いていたようだけど、今は草一本生えていない、土が敷き詰められているだけの少し物悲しい光景になっている。

 私は少し緑色の分量が多くなった桜が並ぶ坂道をフェンス越しに見ていた。

 「それで、どうなったんよ?」

 私の足元で、真希はフェンスにもたれかかって座り、キュートな笑顔で見上げてくる。真希の大きな瞳には夕日のオレンジ色に染まった私と雲が映っている。明日花は真希の横にしゃがみ、フェンスにしがみついて坂道を見ていた。

 私はまた視線を坂道に戻してから、その向こうの町を見た。街も、電車も、みんなみんな同じ色に染まっていた。あの日の―美術部の展示スペースにいた時の―七尾くんの瞳も世界の色をそのまままっすぐに、正直に、映し出していた。

 あなたの瞳の世界はなんてキレイなんだろう。もしかしたら私の瞳の世界もあなたにはキレイに見えたのだろうか。そうだとしたら、すごく嬉しいし幸せだ。

 私はあの日のことを思い返して、言葉を綴った。

 「フラれたよ」

 二人の表情が曇る。そんな顔しないで、二人とも。

 「なんかさ、好きな人がいるらしくて」

  二人が悲しむことなんてないんだよ。

 「私が告白した後なんか、相談してくるんだよ? フった相手にだよ? もう笑っちゃうよね」

 この悲しみは私のものなんだ。二人になんか分けてやらない。

 「ほんっと……なんなんだろ……私は」

 だから、二人には笑っていてほしい。悲しい気持ち、与えたくない。ダメだ。泣きそうだ。

 その時、真希が突然立ち上がって、オレンジ色の街に叫んだ。

 「ふっざけんなぁぁぁぁ!!」

 真希の声はどこまでも飛んでいくように、響く。

 「気持ちいいよ、景。一緒にやろう」

 「いや……」

 やめとく、そう言おうとした。その言葉の前に、しゃがんでフェンスにしがみついていた明日花が立ち上がる。

 「バカぁぁぁぁあ!」

 明日花はあまり大声で叫び慣れていないせいなのか、声が少し裏返っていた。

 「うん。気持ちいいよ、景ちゃん!」

 気持ちよく声が出ていなかったから説得力はなかった。そう思うと笑えてくる。いや、私は余計な言葉よりも、涙よりも前に笑っていた。真希も吹きだした。

 「な、なんで笑うの!?」

 「だって明日花、声が裏返ったから!」

 「気持ちよく声出せてないよ、明日花」

 「き、気持ちよかったもんっ!!」

 「明日花ぁ、声ってのはこう出すんだよ……」と、お腹を押さえて笑っていた真希がまた街に向きなおす。

 「バカやろぉぉぉ!!」

 声は街に消えていった。

 「どう? 気持ちよさそうでしょ?」

 私に向かって、軽やかに真希はそう言った。

 「うん」

 そうか。可哀想な私を見て、二人は悲しんでいたんじゃない。

 「いやぁぁぁぁあ!....真希ちゃんこう??」

 「いやぁぁぁってなんだよっ!」

 何も言えないのが悲しかったんだ。

 「いい? 明日花見てて? サイっテーだぁぁぁぁ!!」

 「サイテーだぁぁぁあ!」

 でもね、そんなことはないんだよ?

 「ふっざけんなぁぁぁ!!」

 「ふざけんなぁぁあ!」

 何も言えなくても、二人は側にいて、こうやっていっぱい、いっぱい暖かいものをくれてるんだ。

 「バっカやろぉぉぉ!!」

 「バカぁぁぁあ!」

 私は大きく息を吸った。想いを最大限にのせて。オレンジ色の町を見つめた。

 「ありがとう!」

 声が消えていく。

 「ありがとう!」

 消えないで。

 「あり……がとう!!」

 消えないで、届いて。

 「ありがとう!!!」

 二人にも、七尾くんにも。

 「ありがとう!!!!……ありがとう」

 なんでこんな簡単な言葉にしかならないんだろう。どんなに伝えたいことがあってもこれ以上の言葉にはならない。

 でも、きっと届く。届いた。明日花と真希の顔は涙で濡れていて、それでも笑っていて、こんなにも綺麗なんだから。



 後日談。

 明日花は私が旧校舎にラブレターを出したことを、最後の最後に真希から聞かされて、「わたしだけ秘密だったなんてひどい!」って少し拗ねてしまったけれど、テリーライトでワッフル全部盛りをおごったら笑って許してくれた。

 みんなでそれをつつくように食べていると、明日花が言った。

 「思ったんだけど、たぶん旧校舎のラブレターは両想いになれるおまじないなんかじゃなくて、想いを伝えるための、そんな勇気を与えてくれるおまじないだったんじゃないかな?」

 そう。実際に私はそれで告白する勇気をもらえた。ような気がする。

 あの噂の元になった人はラブレターを出すことで勇気をもらえて、想いを伝えられた。それがその時はたまたま上手くいって両想いになれるという噂になった。

 たぶんそれが『かたむいた校舎のラブレター』の真相なんだろう。


 そして、ここからは明日花にも真希にも秘密のこと。

 私はまた一人、旧校舎に忍び込んでラブレターを靴箱に入れた。二枚。誰に当てて書いたかは秘密。何を書いたかも秘密。

 きっと私たちがおばあちゃんになる頃までに、この手紙の想いが伝わることを願って。


#1  かたむいた校舎のラブレター 終

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