4.余命1時間かもしれない。
結局、夜通し悩んでもおしゃれの謎は解けず、パーティーということで少しキレイめの格好、ブラウスとスカートにレギンスをあわせ、グレーのスプリングコート、ショールを羽織り、プラスで香水をつけただけの石和景は家を出た。
全然わかんない。結局いつもとさして変わらない格好しかできてないじゃないか。『おしゃれ』という概念を考えた人間はものすごく賢いのだろう、きっと。
パーティーは17時から。真希と明日花とは16時45分に、学校最寄りの駅『
社台駅に着くとすでに明日花が待っていた。
「ごめん。待たせちゃった?」
「ううん。景ちゃん、時間ピッタリだよ」
時計を見ると16時45分の少し前だった。さすが最強文化系美少女。時間の前に到着して、本を読んでいるなんて。
「真希はまだ来てない?」
「うん。真希ちゃんは多分遅れてくるから」
明日花は苦笑いを浮かべる。苦笑いなのに可憐という言葉がピッタリな上品さが醸し出されるのはなんでだろう。私の周りには、上品なオーラで出来ている最強文化系美少女と、どんなことをしても笑顔一発で許される邪悪系天使クールビューティがいる。なんて不遇な私。
「だから待ち合わせ時間早めにしたの」
ふふ、と口を手で隠すようにして笑う明日花。笑い方まで上品だ。隣にいるこっちまで上品になれた気がする。
「なんで学校は八代台なのに駅は社台なんだろ」とか「商店街に可愛いお店あるんだよ」とか、ささいな話をしばらく二人でしていると電車が駅に到着した。16時55分。真希はこの電車に乗っているだろうか。
到着した電車が、ゆっくりと音を早めながら次の駅へ向かう。私の心臓の音がその音とシンクロしていくように早まる。じきに七尾くんと会うんだ。
「ごめん!遅れた!」
駅から真希が走ってくる。やはり今の電車で着いたのだ。明日花がこっちを見て、口パクで『ほらね』と言って笑う。
「遅いよ、真希ちゃん!」
「ごめんごめん。ほらここからならすぐ学校だしさ! さあさあ行こう行こう!」
「真希ちゃんは本当にしょうがないんだから」と、明日花は頬を膨らませる。
「えへへ。すみません」
真希は笑いながら頭をかく素振り。まるでずぼらな旦那とよくできた奥さんだ。
愛想をふりまく真希を放置して、先に明日花が歩き出した。私も後を付いていこうとすると真希に手を引っ張られ、後ろに下げられる。真希が顔を近づけてつぶやいた。
「……ラブレターの件、明日花には言ってないから」
「なんで?」
「そんな話聞いたら、あの子、気合い入っちゃうでしょ? 気合い入ると空回っちゃうから」
なんとなく想像できた。たしかに中学時代、学校祭の美術部展示会でも気合いが入りすぎて空回りしたことがある。明日花の作品はピカソも顔負けの多視点画。しかもそれを点描で書いて、見た生徒が気持ち悪いと気分を崩してしまったのだ。それも、その日だけで6人も。さすがに絵を取り外すことになった。その他にも色々とあるが、明日花が気合いを入れると何かが起こる。
「だから事後報告ってことで。ね」
「うん。わかった」
学校が近づくにつれて、少しずつ足取りが重くなっていく。坂道の桜は夜になってもきれいだ。でも正直、今はそれを楽しむ余裕なんかない。坂を上れば学校だ。
まだ何も起きていないのに、緊張で吐きそうになりながら坂道を上る。校門の前には生徒会の人や歓迎会実行委員の人がパンフレットを配っていた。
「今日は楽しんでいってね」と声を背中に受けて、真希は「楽しむよ!」とかなんとか言っていたが、私の心は全ての言葉を否定していた。楽しめるわけない。むしろ緊張で坂道を上っている時以上に気持ち悪くなってるんですけど。
「学校の色々なところで展示されてるものもあるみたいだよ」
パンフレットを広げて見ていた明日花が言う。体育館だけじゃないんだ、と思って、真希を見ると、初めて聞いたかのような顔をして「そうなんだぁ」と感嘆の声を上げている。なんだか、この後のことが不安になる。
「美術部は…中庭で展示してるって!後でみんなで見に行こう?」
この高校ではまず全員がなにかしらの部活に入部しないといけない。私と明日花は中学と同じで美術部に入部することにしていた。真希もやりたい部活はないらしく、明日花と私がいるという理由で、美術部に入部するつもりらしい。これから3年間お世話になるかもしれないし、高校の美術部がどんなものなのかをしっかりと見れるチャンスでもあるから見に行こうというのだろう。ただし、それまで私の体調がもてばいいけれど。
気を紛らわすために、私もパンフレットを広げた。展示物のスペースが記された地図のほかに、式次第が掲載されていた。
体育館以外の場所の展示物を見ることのできる時間まで、オープニングの挨拶、開会式、舞台上で披露される出し物、と見なければいけないものがあり、1時間ほど時間があるらしい。その時間は立食パーティー形式になっていて、飲食しながら色々な催しを楽しむことができるようだ。たぶん真希はその1時間で色々と動いてくれるつもりなのだろう。私の寿命はその1時間でとんでもなく縮みそうだ。
そんな風に考えながら、私たちは体育館に入っていった。
今思えばその時の考えが、いかに楽天的だったのかよくわかる。1時間で寿命が縮まる? 否。私の寿命はあと1時間だ。それくらいの衝撃の連続だった。
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