3.悪魔とパーティーとおしゃれ
ベットで横になりながら、今日一日の出来事を振り返る。
今日は色々あった気がする。真希との出会い。明日花も同じクラスになれた。七尾くんとも。私の初恋もはれて公になり、テリーさんには気を遣った。
「かたむいた校舎のラブレターね……」
体を起こして自分の勉強机に向かう。
勉強机は小学生のころから使っているもので、カエルのキャラクターやネズミのキャラクターのシールが至る所に貼られている。今思えば、どこがかわいいのか、よくわからない。それでもお母さんもお父さんも何も言わずニコニコ笑いながら、シールを貼る私を見守っていたのを覚えている。壊れた傘を見て、七尾くんを思い出すのと少し似ていると思った。
「……紙……紙はっと」
引き出しに入っている、昔何かの景品でもらった便箋を取り出す。
「うわぁ……かわいくないなぁ。まぁ、なんでもいいか」
あの話を信じたわけではない。情けないけれど、面と向かって告白もできない自分が、それでもできることだと思ったから。せめてこれぐらいできないと、私は。
翌日。誰もいない旧校舎。遠くで聞こえるのは体験入部の新入生を迎え、練習を始めた野球部のランニングのかけ声と風の音。外から見るとかたむいていた校舎は、中に入ると少しもかたむいていないように感じた。
電気は止められていて、スイッチを入れても点かなかった。おかげでエントランス内は薄暗い。旧校舎の入口は全面磨りガラスで、そこからちょうど空のてっぺんを超えた太陽の光が差し込んでくる。靴箱のレイアウトは今使っている新校舎のそれと同じよだった。
「七尾くんの出席番号なら……ここか」
新校舎で七尾くんが使用している靴箱と同じ位置の靴箱を見つけた。
ドキドキする。手が震える。本人に当てた手紙でもないのに。つくづく自分が情けなく思えてくる。勇気がなくて、あげくこんなおまじないに頼ってしまうなんて。
「でも」
そうだ。でも、ここからなんだ。これができれば次は七尾くんに伝えられる。少しずつだけど、想いを伝えるということに、近づいていくんだ。
靴箱の取っ手に手をかけ、ふたを開ける。少し錆び付いていて、ギィという音が誰もいない旧校舎に響く。靴箱の中には当然何も入っていない。入っていた方が驚くけれど。そこにありきたりな言葉で書いた可愛くもなんともないラブレターを投函する。
ラブレターの収まった靴箱を見ていたら、無性に恥ずかしく、おまじないを信じているようで気持ち悪く思えてきて、靴箱のふたを思い切り閉めた。
ここにいたら叫び出してしまいそうだ。私は居ても立ってもいられなくて、走って外に出た。
今日は授業もなく、ガイダンスと自己紹介だけで昼には終わっていたので、当然、外は昼間の明るさだった。旧校舎があまりに薄暗かったせいで時間感覚がくるってしまい、まるで夕方の気分でいた。
ああ、ヤバい。何を考えても浮ついていて、考え事は考えた瞬間、どうにも遠くへ飛んでいってしまう。
「……やっぱりそうか」
走って通過した扉の方からキュートなニヤケ声が聞こえた気がした。
嫌な予感とともに、ネコが喉を鳴らすときの表情に似たキュートなニヤケ顔がイメージとして浮かんでくる。その考えだけは浮ついてなんかいないみたいだ。一度振り返り、体の向きをもう一度前へ向き直して、一気に走る。そう、困ったら走ればいいんだ!
「ちょお! 待って……」
聞こえない聞こえない何も聞こえない。
「待ってってば、景!」
ついに現実に肩をつかまれた。
「なんか今日一日、変だと思ったんだよ」
私は振り返りざま叫ぶようにして懇願した。
「何も見てない聞いてないってことにはできませんでしょうかぁ!」
「無理!」
ニカっと笑う真希の顔。第三者はこのかわいい笑顔に見とれ、惹かれ、一部男子は興奮する。そんなの理不尽だ。私には悪意に満ちた微笑にしか見えないのだから。
旧校舎のエントランス入口横にある水飲み場に二人で腰かけて、一通りいきさつを話した。
「まぁ、テリーさんの話を信じてたわけじゃないってことはわかった。でもそんなに深刻に悩んでたのは知らなかった。ごめん」
なんで真希が謝る? 意味が分からず、ぽかんとしてしまう。
「まあ、こんなこといって、また軽く思ってるって思われるかもだけど。明日の歓迎パーティーでできる限りのことはさせてもらうよ」
「……? 歓迎会って何?」
「え? 帰りのホームルームの時間に言ってたの聞いてなかったの?」
どうやらホームルームの時間、教室に生徒会長がやってきて、新入生歓迎パーティーについて話していったみたいだった。もちろん、わたしは話を右から左へスルーさせていて、まるでその話を聞いていなかった。
「明日は土曜日だけど特別に夕方、体育館を貸し切って、生徒会主体で新入生歓迎パーティーを開いてくれるんだって。といっても、主役は新入生よりも部活みたいだけど」
真希の話によると、部活ごとに出し物や展示をして、新入生から票を集められるかどうかで、今年度の部費が増減される、というイベントらしい。つまり、票を集められなければ部費は前年度よりダウンし、票を集められれば部費はアップする。前年度の活動状況によっても予算は変わるのだろうが、この歓迎会は前年度の活動の総決算的役割があるようだ。
「立食パーティー形式だし、七尾と一緒に過ごすのに、いい機会じゃない?」
「うーん……うん。そうかもしれないけど」
「よし!明日はあたしと明日花に任せておきなさい! あと明日は私服でいいみたいだから、おしゃれにキメてきなさい?」
そして家に帰った私はとんでもなく疲弊することになる。
おしゃれって、一体なんなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます