会いにいく

HELIOS

会いにいく

 高校の卒業式が終わった後、大学が始まるまで長期の休みがある。普通、一体何をして過ごすのだろう。

 ダラダラする? 友達と遊ぶ? 彼氏とデート?


 私は会いにいく。

 卒業後、海外へ行った彼に会いにいく。


 押入れの奥から、いつか使ったスーツケースを引っ張り出した。 

「なつかしー」

 海外旅行なんて、数年前に両親と行ったきり。小学生の頃だっけ。ハワイに行ったんだよね。あんまり覚えてないけど。

「ちょっと小さいかな? んー、大丈夫か!」

 持ち物の量とか良く分からないけど、短い旅だし、これで十分なはずだ。

 それに、あとは向こうでお世話になればいい。むしろ多い荷物は邪魔になる。

「あ〜、早く会いたいなぁ……」

 そういえば、私達の出逢いって、どんなのだっけ?

 沢山の思い出の中でも大切な思い出のはずなのだが、思い出の下敷きになっていて、思い出しにくくなってるのだ。

 二人の思い出をひっくり返して、ぐちゃぐちゃに散らかしたから仕方ない。

 旅行の準備しながら、記憶おもいでの整理をしよう。

 向こうに着いたら、彼と「あの時は、こんなこともあったよね」って長話でもしたい。



 出逢いは、少し変だった──。

 高校二年生の夏。彼に呼び出された。

 場所はベタな体育館裏。

 モテない私には珍しいことで、期待して行った。

「来てくれたんだ! ありがとう!」

 人懐っこい笑顔の可愛らしい人だと思った。今日会うまで、同級生に彼がいたことは知らなかった。

「話しをする前に、自己紹介するよ。名前はアキト。空の人って書いてアキト」

 空人アキトか……。

「知ってると思うけど、私はアユ。字は、歩くって書いてアユ」

「アユさんのアユって、歩くのアユだったんだ! んー、なんか運命感じちゃうな~」

「はぁ? 何言ってんの。私は微塵も感じてないんだけど」

 アキトは微笑んだ。

「だってね、二人の名前を合わせると……空を歩く人ってなるんだよ! すごくね!?」

 アユは一時停止した。

 彼、アキトの第一印象は、変な人だった。

 だが、そんな小さな発見に運命を感じるアキトに興味を持った、さらに変な自分が内にいたのだ。

「かもねっ」

 ここから全てが始まった──。

 


  そうだった、そうだった。こんな出逢いでした。

 アユはプッと吹き出す。

 あの後、とりあえず友達になって、すぐに付き合い始めたんだよね。

 本当に変な出逢いだったけれど、そのおかけで、アキトとの眩しすぎる毎日が始まったのだ。


「んー、服何持っていこう」

 アユはクローゼットを前にして悩む。

「いっか、持っていくのは適当で」

 アユはよくデートで着た服を適当に選んだ。

 しかし、着ていく服は重要だ。アキト会うのだから、可愛い服を選ばなくてはならない。

 アユは部屋が散らかる程、着ていく服を悩み選んだ。

「えーん、決まらないよー! なんかイイのないかなぁ~……」

 そう言って、奥から一枚の服を引っ張り出した。

 水玉模様のピンクのワンピースだった。

「これって……! 初デートに着た服だ! 夏物だけど……うんっ、これにしよう!」

 上からコート羽織るし、向こうですぐに会えるか分からないし、こういう思い出のある服を着ていけば気付いてくれるかもしれない。

 少し子供っぽい気もするが、良いだろう。

「は~……そういえば、アキトとの初デート。楽しかったなぁ」

 目を閉じれば、鮮明に思い出される──。



 最初はお互いギクシャクしてて、会話がなかなか続かなかった。

 でも、二人で映画を見て、その感想を言い合っているうちに、自然と話せるようになっていた。

 お昼はイタリアンを食べた。イカ墨パスタを食べたアキトは、墨で口を真っ黒にして、黒い歯を私に見せて、私は笑った。

 その後、咲き乱れる向日葵ひまわり畑を見て回った。

 アキトはESS部兼、写真部に入っていて、持っていたカメラで私を隠撮していた。

 気付いた私は恥ずかしくなって、アキトをポカポカ叩いた。アキトは私に詫びて、他の人に声を掛けて、一緒に撮ってもらった。その時の写真は部屋に飾っている。

 向日葵を存分に見て満足した私達は、お揃いのキーホルダーを買った。

 そして、帰り際にはアキトにキスをされた。

 不意打ちでキスをされた私も、したアキトも真っ赤になって、駅までほとんど話せなかった。でも、しっかりと手を繋いで帰ったのを覚えている。


 この一日で、私はアキトが本当に好きになった。


 アキトと出逢って良かったと思っている。

 だから、会いにいくのだ。


 アキトが海外に行くと言ったときは驚いた。卒業式前の出来事だった。

 私は反対した。でも、アキトが海外そとに興味津々なのは知っていた。アキトはクォーターで、祖母の生きた国を、そして世界を見たいのだという。

 本当は離れたくなかったけれど、できるだけ会うことを条件に、私はアキトを送り出したのだ。


 でも、こんな思いをするくらいなら、止めさせておけば良かった。

 私は彼といなければ、少しの間も耐えられないのだ。

 あの日、そう思ったのだ。


 その日は大勢の人が来て、花も沢山あった。

 私は制服を着て、背筋を伸ばして、その場にいた。

 アキトの晴れ舞台で、皆がアキトを見ていた。

 すごく目立っていた。

 別れの言葉を聞いて、アキトのお母さん泣いていたよ? お父さんも涙を浮かべてた。

 担任の大倉先生なんか大号泣してたよ。

 皆も泣いてた。

 だって、別れの言葉は、これまでの日々を思い出す呪文だんだ。私も、アキトと過ごした日々を思い出していた。

 皆の姿、アキトにも見えていたのかな?

 私はアキトの姿を見て、沢山泣いちゃったよ。

 この式が終われば、しばらく会えなくなるって分かっていたからね。

 でも、すぐに会いにいくと決めたら、不思議と心が軽くなって、えみが溢れたよ。



「よし、用意完了~!」

 アユはスーツケースにスーツベルトを装着した。

「えっと……」

 予定を確認しておく。

「明日出発して、時差があるから明後日の朝到着。その後は、とりあえず一人で適当にぶらぶら観光して~。それから、夜アキトに会いにいくと」

 うん、完璧だ。

 海と夜景が見える場所も確認済み。

「ふふ、明日か~!」

 アユはボフッとベッドに横になった。


『次の休み、アユがこっちにおいで。案内するから』


 空港で別れ際にそう言われたは言われたけれど、さすがに早すぎた気もする。

 出発前夜だというのに不安になった。

 彼は、暖かく迎えてくれるだろうか。早すぎだと怒られるだろうか。

「アキト……」

 アユは眠りに落ちた。


 次の日、アユは家を出た。

「気を付けていくんだよ」と両親に見送られ、空港の待合室で飛行機を待つ。

 待合室のテレビでは、最近のニュースが放送されていた。

「あ、来た」

 係員のお姉さんの指示を聞き、搭乗券をゲートにかざして飛行機に乗り込む。

 席に座ると、アユは一息ついた。

「そうだ。どうやってアキトに会うか考えないと……。やっぱり海で良いかな~、うん」

 アユはシートベルトをしめた。

 しばらして、飛行機は飛び立った。


 その頃、待合室ではとあるニュースが流れていた。

「先日、夜の海に墜落した旅客機○○便ですが、原因が解明されてきたということです。この旅客機には、数名の日本人も搭乗していました」

「中でも、高校を卒業してばかりのアキトさんの葬式の映像はまだ記憶に新しい……。彼女のアユさんが酷く取り乱して、痛々しかったですね。最後なんて笑っていましたから──」


 アユは窓から外を眺めた。

 青い空と太陽。下には雲が広がっている。

「──アキト。もうすぐだね」

 アユはそう呟いて、笑った。


 到着まであと一時間。

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