20.窮地

「フィーネが……攫われた?」


 その情報をシオンから聞いて、セイはその表情に焦りを滲ませた。


「どこの、誰に?」

「それが、うちの弟子になんですよ」


 そして、シオンの言葉に目を丸くした。

 きょとんと瞬くその様に、シオンは苦笑する。そこに弟子への信頼を見たからだ。


「シキと……カヤに? 攫われた?」

「そうです」

「冗談とかですか?」

「真面目にですよ」


 そこまできて、やっとセイの目つきが変わる。

「何を目的に、そんなことを?」

「それはまだわかっていませんが。どこに攫ったのかはわかっています。――いえ、あえてわかるようにしてあった、と言うべきでしょうね」


 シオンの言葉にセイが首を傾げる。シオンは言い直した。


「わざと痕跡を残してあった、ということです」

「そんなこと、わかるものなんですか?」

「あの子たちは私の弟子ですから」


 そう言われたらそういうものなのかと納得するしかない。


「それで、どこに……攫われたんですか?」

「それは――」


 そうして口にされた名前に、セイは険しい表情になる。それから、とある人物の動向を調べるように、シオンに告げたのだった。




 一方、話題の渦中のフィーネはというと、完全に暇を持て余していた。

 『監禁』が始まって半日ほどが経っただろうか。その間に一度食事があり、シルフィードの料理が大きな机いっぱいに並べられ、シキとカヤと共にいただくことになったりもしたが、それ以外はずっと一人だ。

 一応部屋を一通り調べてみたが、一つしかない扉は外から鍵がかかっているようだったし、やっぱり一つしかない窓には鉄格子がはまっている。そもそも鉄格子がはまっている窓がある家ってなんだろう、という疑問が浮かんだけれど、怖い想像にしかならないのでそっと蓋をした。

 さすがに一応『監禁』されている状況下で呑気に寝られる精神性もないので、無駄にそわそわしてしまう。気を紛らわすものも暇を潰すものもないのでなおさらだ。

 そうしてどれだけたったか、ふと扉の向こうが騒がしくなったのにフィーネは気づいた。一瞬シキとカヤが来たのかと思ったが、何となく彼らではない気がする。気配というか、騒がしさの種類が違う気がしたのだ。

 そうして扉が開いて、フィーネの予想が当たっていたことが判明する。……入ってきたのは、見知らぬ屈強な男たちだった。


(これがシキくん曰くの『依頼人』……って感じでもない気がするけど、そうなのかな?)


 どことなく粗野な感じと、人を使って攫うという方法を採らなさそうな雰囲気に、疑問に思うフィーネ。とどのつまり、入ってきた男たちは皆、『使われる』側のように思えた。


「これがあのガキ共が連れてきたっていう異国の女か」

「こんなんだったらオレたちでも攫えたよなぁ」

「しかもまだガキじゃねぇか」

「いや、よく見ろよ。わりと育ってるじゃねぇか」


 彼らはフィーネと会話する気は全く無いようだった。口々に好き勝手なことを言って、フィーネに近づいてくる。

 本能的に危険を感じて、フィーネは寝台から降りて彼らから距離をとった。本当は部屋から出て逃げてしまいたいくらいだったのだが、あいにくと彼らが入ってきた扉しかこの部屋にはない。扉に向かうと彼らに近づいてしまうため、部屋の奥に逃げるのが精いっぱいだった。

 そんなフィーネの動きに、彼らは何か面白がるような、獲物が懸命な抵抗をしたのに興が乗ったような、そんな顔をした。つまり、フィーネの嫌な予感はいや増した。


「あのガキ共のおかげでオレたちの報酬が減らされたんだ。少しばかりイイ思いさせてもらったってバチはあたらないよなぁ」


 下卑た笑い声を立てながら男たちがフィーネに近づく。

 フィーネも男たちが何を考えているかくらいは分かった。恐怖に泣き叫べたらどんなにか楽だろうと思ったけれど、それは目の前の男たちを喜ばせるだけだと知っていたので必死に堪える。


「異国の女とヤれる機会なんざそうないしな」

「おいおい一人だけ楽しむ気かぁ?」

「安心しろよ、ちゃんと全員楽しませてやっからよ。けど一番はオレだからな」


 男たちの中でもひときわ屈強そうな男が一歩前に出て、フィーネへと手を伸ばす。

 壁に阻まれて後退ることもできないフィーネは、身を強張らせながらも突破口を探して視線を彷徨わせる。しかし逃げ道などどこにも見出せなかった。

 まさに男の手がフィーネに届こうとしたその時――……。


「なに大事な客に汚ねぇ手伸ばしてんだこの下衆がぁっ!!」


 怒声と共に男が横に吹っ飛んだ。近くに居た別の男も巻き込んで壁に激突する。残る男たちが困惑にざわめき、軽やかに降り立った闖入者を呆然と見つめる。


「……ったく、ちょっと目ェ離した隙にもうこれかよ」


 現れたのはフィーネをここに連れて来たはずの人物、シキとカヤだった。


「シキくん、カヤくん!?」


 何故この二人が仲間であるはずの男たちを叩きのめすのだろうと不思議に思うが、『監禁』の初めに言われた言葉を思い出す。これも『仕事』のうちなのだろう。


「…………死ね」


 目の据わったカヤが無表情でシキに吹っ飛ばされた男の腕を掴む。そしてそのまま握りつぶした。ありえない出来事に、フィーネは一瞬状況を忘れた。

 腕を握りつぶされた男はこの世のものとは思えない壮絶な悲鳴を上げ、カヤの手から逃れようと暴れる。それをカヤは微動だにせず冷めた目で見下ろしていた。


「まあ待てカヤ。確かに仕事に汚点つけられかけた上、気に入った奴が危険な目に遭ったんだから頭にくるのは分かるけどよ、フィーネが見てんのに何も今ここでやることもねえだろ。とりあえず優先しなきゃいけないのはフィーネの安全の確保だろ?」


 シキが場違いな笑顔でカヤに言うと、考えるような間を置いて、カヤは無造作に手を払った。腕を掴まれていた男は再び壁に叩きつけられ呻いたが、カヤは一顧だにしない。


「怪我は」


 いつの間にかフィーネの目の前に来ていたカヤが訊ねた。

 己の発する殺気に慄く男たちを完全に無視して問うカヤの表情は、先程とは違い僅かながらも心配そうで、フィーネは慌てて答える。


「え、あ……な、ないよ」

「そう……よかった」


 安心したように口元を緩ませるカヤ。滅多にないその表情に、シキが目を丸くする。


「よっぽどフィーネのこと気に入ったんだなー。もっと早く会っときゃよかったな」


 自身の弟の変化を歓迎して、シキは笑う。しかし、周囲で行動を決めあぐねていた男たちに向けた目は、カヤが向けたものに負けず劣らず冷え切っていた。


「……さあて、お前らはどうする? まだ何かしようってんなら、死ぬか苦しんで死ぬか死んだ方がマシだって目に合って死ぬか生きたまま狂って死ぬかどれか選ばせてやるけど?」


 口調こそ軽いもののシキは明らかに本気の目をしていて、男たちはぞっと身を震わせる。自分達は分不相応な相手に喧嘩を売ってしまったのだと、嫌と言うほど理解した。


「それ、選択肢としてどうなの」

「えーだってなあ。こんな下衆共、生かしておくのもどうかと思うし。俺だってそれなりに怒ってんだぜ?」


 至極もっとも――と言えるかは微妙なつっこみをカヤがし、シキがそれに朗らかに答える。しかし目は笑っていない。

 二人のこんな一面を見たのは初めてで、フィーネはどう反応していいかわからなくなる。そんなフィーネの戸惑いを汲んだのか、シキはカヤに「とりあえずここ任せた」と言って、フィーネをその場から連れ出した。


「ど、どこに行くの?」

「安全な場所。んでもって、まあある意味元凶のところ。……フィーネも気にしてたろ? 『依頼人』に、会わせてやるよ」


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