その3
「第一、あんな凄まじい殺され方をしたにも拘わらず、誰もが気付いていない、というのは余りにも不自然だ。
誰が犯人にせよ、現場を取り囲む者全てが、惨劇を承知で無視していたとしか考えれない」
「成る程。――そうなると、この場に居る者全てが無罪と見るべきか。真下に居た宿屋の親父までが共謀していたとは思えんからな」
「じゃあ、誰がどうやったと言うの?」
呆れて言うのは、ドーエンの傍らに立つ美貌の妻、セラであった。
「あの手口は尋常じゃないわね、確かに。――だけど、あの伝説の男なら?」
夫を見るセラの目は、鞘には何故か、挑発している様に見えた。
「莫迦言え。あんなのは只の伝説、噂に過ぎん。大体あんな事、人に出来る訳がない」
ドーエンは頭ごなしに否定する。夫婦喧嘩でもしているのか、先ほどから本当に夫婦なのかと思えるくらい、余所余所しい二人の態度を、何故か鞘は気になってしまった。
そんな時、鞘の居る位置から一番外側に立っていた芸人の身体が、突然弾け散った。
「カロン!?――モズ!?」
次に、カロンの手前に立っていた、モズと呼ばれる芸人の身体が左右に分かれた。
引き千切られた半身の間に、血塗れの人影を認めた時、芸人達の間から驚きの声が挙がった。
「そんな莫迦な……貴様、生きていたのか!」
殆ど声を揃えて驚嘆する芸人とは対照的に、鞘は血塗れの人影の様子を冷静に伺っていた。
その殺戮者は、とても生者には見えぬ不気味な気配を漂わせていた。
――信じられない事に、気配が全く感じられないのである。
姿は見えるのに、確かに二人も殺される様を目の当たりにしているのに、どうしてもそこに存在している様に見えない。
「……まるで幻影だな」
困惑する鞘は、丸腰で居る自分を後悔した。
「……成る程、亡霊の仕業って訳かい!」
未だ同様を残した笑みを浮かべて、一歩前に出たのは、ヴィルとシラであった。
「何処の何奴が化けているのかしらねぇが、とんでもない怪力だな。今みたいに、うちの座長もバラバラにしたのか、えぇ?!」
矢庭に怒相となったヴィルは、両腕を交差させて肩の羽根房を掴み、全部引き抜く。
ヴィルの両手に灯った羽根の珠は、鋭い光を周囲に放った。革の胸当ての飾りに見えた羽根の芯は、全て鋭利なナイフであった。
「これでも喰らえっ!」
ヴィルは羽根ナイフを、殺戮者目掛けて一気に放つ。
血臭を巻いて勢い良く飛ぶ羽根ナイフの群れは、人一人を包み込んで尚余る量があった。質、量全て完璧と言える必殺のナイフ投術である。
殺戮者は、ナイフの群の余りの量と疾さに避けられず、全身でナイフの群を受け止める事になった。
あろう事かナイフは全て、殺戮者の身体を通り抜けて行く。まるでナイフも、殺戮者の存在感を認めていないかの様に。
「こ、こん、今度は俺、れ、れの番だっ!!」
改めて驚愕するヴィルを後目に、シラが仕掛けた。
シラは肩に掛けていた鎖を振り上げ、殺戮者目掛けて振り下ろた。
シラの鎖だけがその存在感を認めたかの様に、殺戮者の身体を捕らえた。鎖は捕らえた獲物の胴を四回巻くや、突然衝撃波と共に電光を放った。
「これは『雷鎖』じゃないか!」
その鎖に捕らわれた相手は、鎖から生じる高圧電流によって身体を焼かれると言う、攻撃用魔導器具の一つ、雷鎖。
比較的数多く造り出されたそれは、非合法な魔導器具が高値で売買されている裏市場に現在も良く出回っている品であった。
護身用と呼ぶには余りにも破壊力が大きいそれを何故、旅の芸人が所有しているのだろうか。ヴィルのナイフ技も尋常ではない。間違いなく人殺しの技である。
訝る鞘を余所に、シラが前進する。殺戮者はシラの雷鎖によって既に床に伏せ、電撃で焦げた全身は燻っていた。
「し、しょ、正体をあ、あば、暴いてや、る」
シラは俯せている殺戮者の頭を掴み、引き起こした。
起こされた殺戮者の顔は、シラに瓜二つであった。違う所と言えば、全身にヴィルの羽根ナイフを受けているぐらいであろう。
「な……何だと?」
唖然とする一同が見たものは、雷鎖を胴に巻かれて黒焦げになったヴィルが、全身に羽根ナイフを受けて、俯せになって息絶えているシラの頭を上げている姿であった。やがて二人は折り重なる様に崩れ落ちた。
「な…何が…起こったの?夢でも見てるの?!」
怯える様に言ったのはセラだが、鞘もドーエン等も慄然としていた。
瞬きすら許さぬ刹那の間に、殺戮者を攻撃していた筈の二人が互いの技を掛け合って絶命していたである。
「あ……あの保安官が化けて復讐しに来たのよ!」
「黙れ、セラ!そんな事があるもんかっ!」
ドーエンは二人の死体を見つめたまま叱咤する。
死体の前には、いつの間にかあの殺戮者が佇んでいた。
「だって現実にそこに居るじゃない!――だから、あたしは嫌だって言ったのよ!あんな無駄な殺しは――!」
(殺し?)
取り乱すセラの悲鳴に不審な言動が有ったのを、鞘は聞き逃さなかった。
しかし、それ以上に鞘の関心を奪ったのは、急激に増幅するドーエンの殺気であった。
先程、鞘と芸人達が衝突寸前だったのを止めたのは、ドーエンであった。一人冷静であったあの男が、こうも殺気立つのは、仲間を奇怪な技で五人も殺され、しかもその正体が掴めぬ為から来る焦りが原因であろう。
鞘には、それが恐ろしかった。
冷静な人間が逆上する時ほど、何をしでかすか判らない。ましてや、あの凄まじい殺人技の使い手達を一睨みで威圧した男である。
何より、鞘は自分の勘を信じた。今までその勘を信じて生き残って来たのだ。
鞘は周囲を見回し、直ぐ背後に在った西洋甲冑の方へ手を伸ばした。
「よくも……例え貴様が保安官の亡霊だろうが――あのレムであろうが無かろうが、関係無ぇっ!ブっ殺してやる!」
殺戮者を罵倒するドーエンは、大きく深呼吸し始め、鍛え上げられた上半身の筋肉を隆起させる。
一回り大きくなったと錯覚する位大きくなるや、ドーエンは息を止めた。
「まさか、あんた!こんな狭い所で?!」
「煩ぇ!喰らえっ!!」
蒼白するセラの制止を無視し、ドーエンは両腕を振り上げる。
拳が頂点を突くや、勢い良く屈み込み、両拳を床に叩き付けた。
ドーエンが叩き付けた拳がもたらした振動は、食堂の床を走る波紋となって広がった。
水面でも無いのにそれが波紋と判るのは、ドーエンを中心に拡がって行く、破壊の輪であった。
破壊の波紋は、その端に掛けた者全てを粉砕して行く。
ドーエンの周りにあったテーブルや椅子、そして直ぐ脇に居た仲間の芸人の身体さえも、破壊の波紋は一瞬にして塵芥に変えて行ったのである。
やがて破壊の波紋は食堂の壁に達すると、食堂が入っている宿屋の別館は一気に崩壊した。
塵の山に独り佇むのは、ドーエンだった。
その背後で突然、塵の小山が盛り上がった。
「……成る程。あんたが『死紋使い』か」
「小僧?……良くぞ生きて居たな」
塵の山の中から出て来たのは鞘だけでなく、セラと宿屋の主人も一緒だった。
鞘は右手に一振りの日本刀を持っていた。
ドーエンは、鞘の足許に扇形に残されている食堂の床板に気付き、ふん、と鼻で笑った。
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