第10話

 それから一ヶ月は夢の様な時間だったのだろう。

夢から始まったのだから夢みたいなのは当たり前かもしれないけど、それでもあえて夢のような時間だったと言おう。

と言っても別段何があったわけでもない。

一週間に一回か二回、設定を作るため、と言っては彼女との飲み会とか飯を一緒に食べたりとかそういうことがあっただけだ。

彼女の親の設定を作ったり、高校時代の設定を作ったり。

「ほんとに不思議な事にぼんやりしてた記憶が設定作ったところだけ細部まで思い出せるようになるもんね、びっくりよほんと」

 とのことで彼女はその感覚が楽しかったらしい。

高校時代の設定を作った時なんかは

「あたしに彼氏いたとかそういう設定にしない方がいいんでしょ?」

 とかそんなこと言われた時は困ったりもしたけれど。

 ええ、別に処女厨ではないけれど出来ればそっちの方がいいね、と恥ずかしげもなく言ってしまったのはお酒のせいだと願いたいけれどそんな発言でもそんなに引いた感じがなかったのが彼女のすごいところだな。

 と、楽しい日々を送っていたのだがその状況が変わり始めたのは、きっとあの出来事は関係ないのだろうがあの出来事が始まりだった、と俺自身は思っているのだけど。


 世間がにわかに浮き足立つ十二月の夜のことだった。

 その日の夜の天気予報は寒さも厳しくなって雪も降る、という予報だったから明日は自転車は使えないかもなぁ、とかそんなことを考えていた。

 メールが来たのはいったい何時だったか。

 印象的な出来事なのに全く覚えてないのはなぜなんだろう。

「飲みたい」

 眼鏡が俺と彼女持ちに宛てて送ったメールだ。

 確かに明日は講義は昼からだけど平日だしこいつからこういうこと言ってくるのは久しぶり(彼女が出来る前はしょっちゅうあったのだが。むしろ一番誘わないのは俺だったりする)で珍しいな、と思った覚えがある。

 とにかく久しぶりだということもあって

「いいぜ」

 と短いメールを送った。

 返信はすぐに返ってきていつもの居酒屋(チェーン店ではない)に来てくれとのこと。

 外に出ると天気予報の通り、雪が降っていた、

 どうせ近くだしこの時期は積もらないとはいえ帰りに凍っていたら困る。

 それに飲酒運転になるし自転車はただのお荷物になるな。

 ということで雪が降る中を歩く。

寒い時期には確かに人肌が恋しくなるよな……とか下らないことを考えていると到着。

店に入るともう彼女持ちと眼鏡の二人は中にいた。

今思うと明らかに沈痛な面持ちだったのだが、あの時の俺は幸せに毒されていたのだろう。

何も気付くこともなくいつも通りに

「うーっす。お疲れさん」

などと軽いテンションで挨拶。

彼女持ちの方は

「おう。お疲れ」

 と普通の返事なのだが眼鏡の方は明らかに低いテンションで

「おう……」

くらいなものだ。

 いくら俺でもここらへんからおかしいとは思い始めた。

 きっといつもの俺なら最初から推測くらいはついていたんだ。

 でも、やっぱり幸せに毒されていたんだと思う。

「なんかあったか?」

 この時の俺をぶん殴ってやりたい。

 どの口から出る言葉だというのか。

「まあいいから座れよ、ビールでいいよな。すいません。生一つ」

 彼女持ちもカラ元気を出している雰囲気。

「こいつが話があるってことでな。なんとなく分かると思うけどな……」

 どうもいたたまれなかったらしく眼鏡は速攻で本題に。

「俺振られたんだよ……」

 なるほどねぇ……。

 それこそ一ヶ月か……短いね。

「付き合ってもドキドキしないから別れよう、友達に戻ろうだってさ……」

 なるほど、まさにお試し期間というやつだ。

「この一ヶ月さ、デートしてさ、感触悪くないな、良い感じだな、って思ってたらこれあよ! 何でだよ! それなら最初からオッケー出さないでくれよ! 告白した時点で振られた方がどんだけ楽かって話だよ! しかも友達に戻ろうって! ひどすぎるだろ!」

 確かになぁ……。

高いところに行くのは楽しいけれど、落ちるなら低いところから落ちた方が痛くはない。

「友達に戻ろうって言われてどうしたんだ?」

 励ます言葉よりも、なぜかこの質問が頭に浮かんだ。

「愛想笑いしながらそっか……分かった……これからもよろしく、って。そりゃあショックだけど完全に切るのも未練があるんだよ……諦めきれないんだよ……」

 諦めきれない、か……。

 機会があるだけで幸せ、とか言っていたけど、現実を見ると確かにこれは辛そう。

 やる後悔とやらない後悔ならやらない後悔の方がベターなのかもな、とか思えてくる。

 機会のない俺には関係ない話……だよな。

「俺はこれからどう接すればいいんだよ。いっそ他に好きな人が出来た、とかの方が諦めついたんだよ。あ、ビールおかわり」

 酒の消費ペースが尋常じゃないけど呑まなきゃやってられないのは分かる。

「今日はとりあえず飲んで忘れよう、そうしよう。な?」

 彼女持ちが優しく励ましている。

 その時、俺は自分のことしか考えていなかった。

 俺はあいつとどうなりたいのだろう。

 きっと眼鏡も告白さえしなければこんな思いはしなかった。

 それこそ(いつまで維持できるのかは分からないけど)友達でいれたんだ。

 それを踏み込むからこういうことになってしまった。

 でもきっと、きっとその欲望には勝てないのだろう。

 その抵抗は自分の気持ちを蝕んでいく。

 このような事例で惰性と堕落は同意義だ。

 それを踏まえて、もう一度俺は自分に問いかけなければならない。

 俺はどうするべきなのかと。

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