第8話
「また夢か……」
そう呟きたくもなるというものだ。
この前見た夢とそっくりの雲の上のようなというか一見天国にでも来たのかしら、と思うくらいの背景。
もう何が起こっても驚くまい、とは意気込んでいたけどこれはどうしても受け入れ難い状況ではあるよなぁ……。
とりあえずどうせあの仙人みたいなおっさんが出てくるのだろう。
次はサブヒロインでも追加してくれるのだろうか。
その場合は背が低くて天然でおとなしめ、ってのがバランス的にも、個人的な癒され度合い的にもいいよね。
そりゃああいつも好みで言えばどストライクなんだろうけど実際に話してみると意外に体力使うのよね。
まあ楽しいというのは否定しませんが。ええ。
その点を考えると天然な娘はいいよね。
さらに俺のことを無条件で好きなら完璧だ。
そういう娘の頭をなでなでとかうふふ……。
「あんたが何もしないからイベント起こしてあげたのにその言い草はないんじゃないの?ま、何か行動を起こしてたら逆に何も起こらなかったんだけどね」
ついに夢の中まで出てきたか、ってなんでこの夢の中にいるんだ。
この夢の中には仙人みたいなおっさんしか出てこないんじゃないのか。
「まあその仙人みたいなのと、この夢の中のあたしは同じようなものよ。同じようなもの。それはそうとせっかくお膳立てしてあげたのに散々な言いようじゃない。この娘は好みじゃないの? そんなわけないよね」
そりゃあ好みだよ。こうやって下らない冗談を言い合えるということ自体が夢だったんだから。
天然な娘とお話するのも夢といえば夢だけどそういうことじゃなくて俺は仲良くしたかったんだ。
「ははは、だよね。この娘があんたの好みじゃないわけないもんね。で、どうよ? 実際にこうなってみての感想は」
感想ね……。
正直な話、この一ヶ月間は特に何もなかった。
この状況で何もないってのはどうなの?と思ったのは事実だけど、そんなのも最初の二週間くらいだけでその後は気にかけながらも特に何かしよう、何かしたいと思うことも無かった。
そういう意味で自分はどれだけ受け身なんだ、という後悔と、当然という気持ちが入り混じっているけど、それも結局昨日の(夢だから昨日というか今日なのかも知れない)イベントがあったからこその結果論であって、ああ、俺はこんなもんなんだな、用事がなければこういうことにも出来無い、自分の欲望から逃げて諦めるんだな、というのが正確な感想なのだろう。
「そうだね、こんなにこの状況で何もしないとは正直考えてなかったよ。だけどさっきも言ったけどだからこそのこのイベントなんだけどね」
何がだからこそなのかさっぱりだ。
「要するに、あんたの言うとおり用事がないと何も起こらなかったというか下手に行動を起こすと失敗してましたよ、ってこと。バッドエンド終了ね。まさに塞翁が馬ってのはこのことよね」
なるほど。
それでもそんな評価は俺の運が多少良かったことを示しているだけで、自分で何かしたわけじゃないから自己評価が上がるわけでも何でもないんだけどね。
「そんなことないと思うけどなぁ……要するに決め手がないから動かなかった、ってことでしょ? これから何か起こる確率と何かして終わる確率を意識的にしろ無意識にしろ計算できていた、って可能性だってあるじゃない。それに少しは過程関係なく結果だけ見てもいいと思うけどね。結果と過程が思惑通りじゃないと評価出来ないって辺りもモテない原因だとあたしは思うんだけどな」
確かにそういう傾向はあるな。
でもこのことに関しては逆に過程の良し悪しが重要視される気がする。
一回だけ成功すればいいってものでもないんだから、成功のルーチンをある程度組み立てないと結果として上手くいってるとはいえないだろう。
「なにそれ。一度だけ成功しても、って言うけど、じゃああんたは例えばこの娘と付き合えたとして別れるつもりでそういうことするの?」
ああ、そういう前提だと、ね。
発言の内容の割には機嫌が悪そうな感じではないのはきっとこれが彼女本人ではないからだろう。
もし俺の好みならこういった不誠実に聞こえる発言にはきっと怒るから。
ま、結果的にはきっと俺の意見に渋々ながら
「ま、あんたらしいか」
とか言いながら納得してくれるとは思うのだけど。
「この夢の中で初めて口に出して意見言ってる気がするがそれはどうでもいいか。とにかくそれに関してはあんただって俺が悲観的なことは知ってるだろう? まず付き合えるという可能性に関しても失敗する可能性が、相当高いと思ってるし、上手くそこまでいっても上手くいかない可能性だって高いじゃないか。だとすれば次にチャレンジするにあたって何が悪くて何が駄目だったのかというのは分かってなきゃいけないし、もしくはチャレンジはもうしない、とそう思う根拠を自分なりに見つけなきゃいけないじゃないか。それには過程と結果を結びつけないと次に進めないんだよ」
ふう、久しぶりに話したからなんか疲れたな。
とにかく過程と結果が自分の中で納得出来る形で結びついてないと前には進めないじゃないか。それがたとえこじつけだろうと自分の中での論理に勝るものはないんだから。
仙人は頷きながら僕の顔をじっと見る。
「なるほどね、ポジティブなんだかネガティブなんだか分かんないなぁ、それ」
ネガティブなんだと思うけどね、それ。
「しかしなんでそれこそ俺の求めてる結果と過程が一致するかどうかを判断できるような情報をくれるんだ?」
さっきから何もしなかったから良かった、とかそれこそもうゲームの攻略みたいな発言してるけど何でそれを言うのだろうか。
仙人は、彼女は、真顔でこう言う。
「別に難しい話じゃないわよ。ただあんたのその過程と結果にとかいうことに関して分かりやすくしてあげてるだけよ。それにあたしは分からない方が幸せだと思うけどね。だってどうせやり直しは効かないんだから知っても後悔しか残らないわよ?」
後悔ね……。
後悔出来る時はきっと俺は幸せだと、少なくとも今の俺よりは幸せではないだろうか。
「そんなことその時になってみなきゃ分からない、とは言うけれどどちらにしても幸せじゃないとあたしは思うけどね」
そんなことは分かってる。
それでも俺は……。
「ま、とにかくせっかくイベント起きたんだから適切に処理しなさいよ。結果の考察だけはきちんと教えてあげるからさ」
それはどうもありがとう。
ま、出来れば俺だって好き好んで失敗したいわけじゃないから素直にどうすればいいってのを教えて欲しいとは思ってるけど。
「それは無理。いくら夢だからってそこまで上手くはいかないわよ。むしろ夢だからこそ上手くいかないってのもあるかもしれないわよ」
なんだそりゃ。
夢の中だから都合よく進むんじゃないのかよ。
「それはそうよ。でもね、ってこれ以上言うのは野暮ってものよね。ま、楽しみなさい。言えるのはこれだけね」
そう言い残して彼女は僕の目の前から音もなく消えた。
なんだ、今回はこの夢の中で一人で考える時間があるのか。
といっても別に考えることは全部さっきの問答の中で終わってるからな。
あとはとりあえず目の前のイベントをそれこそあいつが言ってたように適切に処理をするしかない。
どうなるんだろう、という不安しかないな、と言えれば格好良いのだろうけどやっぱり楽しみにしてわくわくしている自分がいる。
あそこまで言ってこんな気持ちなのは本当に格好悪いなぁ……。
ま。とにかくもう起きることにしましょう。
今日も九時前には学校に行かなきゃならんのだし。
おやすみなさい。
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