第7話

 さてこんな出来事があったにもかかわらず、それからさっぱりと彼女との絡みは無かったわけで。

 まあそれはそうだ。

ここで何かあったら物語にならない、とかそういうことではなくて学部も違うしまずここでモーションかけるような人間ならこんなことにはなってない。

 もちろん向こうもそういう女の子だったら俺の好みが具現化してるとは言えないし。

 そういった意味で八方塞がりというか最初から道はなかったというわけで正直な話、存在を忘れていた感があった。

 そんな状況が動き出したのはそれから一ヶ月後、非常に後ろ向きかつ切羽が詰まったことになってしまったからだ。

 そんなことにならないと話をする機会もなかった私に幸あれアーメン。


 あれは普通に居酒屋で飲み会をしていた時のことだ。

 何度も言うが別に友達がいないわけじゃないんだよ。

 どいつもこいつも彼女がいないとか異性と関わりないと根暗のキモオタでぼっちみたいなこと言うけどある程度普通に生きてる人が大半じゃなかろうか。

 根暗でオタクなのは確かにそうだけどそれだってある程度は結果のはずなのだ。

 恋愛とかそういうことがなければ友達がいるいないに関わらず一人で何かをすることが比較的増えてそういうのに詳しくなっていく……というのが実情。

 誰だってスポーツが出来たらそっちを好きになるし、そこであぶれた人間が音楽にいってそこからさらにあぶれると、といったところだ。

 まあ世間一般的にはスポーツと音楽までを軽くなぞった人間が普通な訳なんだけどなぁ。

 とにかく俺らはそうやって真っ直ぐに屈折していくんだ。死んでしまえ。

 それはともかく居酒屋で飲み会をしていた時のこと(二回目)。

 メンバーはいつもの眼鏡(最近意中の女子がいるとかいないとか。羨ましい限りもとい腹が立つ。それにこいつがそんなことになったらもう一人の友達を彼女持ちと称することが出来なくなるじゃないか。どっちか分かんなくなるよ!)と彼女持ち(特に問題なく交際二年目を迎えたらしいです)とで三人で飲んでいるとどこからか聞き覚えのある声が。

 どこからかって入り口なんだけどそこで振り向いて見てしまったのが運の尽き。

 お互いに見つめ合ってしまった。

 月並みな表現だけど一秒も見つめ合ってなかったのに一分は見つめ合ってたような感覚。

 かの有名なアインシュタインさんはこういうのが相対性理論だとおっしゃってたようだけど楽しいんじゃなくてただ気まずい状況でもこういう感覚は適用されるんですね。

 向こうの連れの女の子(あっちは女の子二人で来ていたのだ)が彼女に声をかける。

「何? 知り合い?」

 向こうも完全にこの状況に対処し切れていない。

 これでもか、というくらい顔が引きつっている。

 そういう顔も確かに好みなんだよなぁ……。

 それはさておき、こっちだってどうしようか悩んでる。

 同じような内容の文字列は俺の隣と前からも発せられているし。

 どうしようとりあえず適当に適当に!

「あー! そう! 短期のバイトで一緒だったんだよ! お久しぶり! 元気だった?」

 よし、自分で自分を褒め讃えてやりたい。

 それと彼女にも褒めて感謝されてもいいくらいの機転が効いていると我ながら思っているんだけど!

 意外と気持ちは通じ合うもので、彼女もこっちを見て

「そうそう! 久しぶりだね! 元気してた?」

 そうですよ、欲しかったのはその切り返しですよ。

 やっぱり俺の好みだけあって頭の回転は速くてよろしい!

 ただ勝負はここから。

 泥沼にハマっているような気もするが進まなければいけないときというのもあるんだ、多分。

「それじゃあまた機会でもあったら飲んだり出来ればいいような気もするな」

 さあ、話を切ってくれ、頼む。

「そ、そうだね。もし機会があったらそれもいいかもしれないね。じゃ、また今度」

 さすがだあああああ!!!

 それですよそれだよ!

 もう何か勘違いされるくらいの笑みが浮かんでニヤニヤが止まらん。

 それでも最後の締めの言葉は言わねばなるまい。

「ん、じゃ!」

 決めた……決まったよ母さん……彼女も手を振りながら何事もなく奥の席に消えていったよ……

「おい! なんだよあの可愛い子! お前まさか……」

 うっせえなくそ眼鏡め。だけどこうなってしまえばこっちのもの。

なんぼでも逃げられる。

「まさかも何も明らかそんな感じじゃなかっただろ。それよりお前は最近どうなんだよ。頑張ってるみたいな話を小耳に挟んだけど」

 よし、眼鏡の顔がにやけた。

「いやあ、実はさ、来週デートなんだよね。あ、付き合ってるわけじゃないんだけどね。でも個人的には上手くいってるかなー、と思うんだよね」

 次の話題も心のダメージは小さくないものだけど我慢するしかない。

「まあ羨ましいことで。さてアドバイスどうぞ」

そういって彼女持ちの方を見る。

「その言い方どうなんだよ……でも確かに一緒に出かけてくれるってのは脈ありそうだな。どこに行く事になってる?」

「そうだなー、とりあえず映画か動物園かとか考えてるけど、どっちがいいかな」

 うわー……俺まったく話に入れない……茶化すことくらいしか出来無い自分が悲しい。

「いきなり動物園とかその発想はなんか下心というか本気が見えすぎるんじゃねえの?」

 茶化してるけど事実そう思うわけで。妄想デートなら個人的に映画を推すけど何見ればいいか分かんないな。

「そ、そうかな。まあ経験してない人間の意見だけどシミュレーションはこれでもかってくらいやってそうだしお前意外とそういう感覚は普通だったりするからなぁ。確か前にあんまり女子受けは良くないんじゃないの? とか言ってたことがやってみたらその通りだったこともあったもんな」

 そんなこともあっただろうか。

失敗談ならいくらでも思いつくけど性交、じゃなかった、成功した話はなかなか思い出せないというか基本的に上手くいったと自分で評価してることってないからな。

「そういえばあったな。最初に入ったサークルの飲み会だったか。そういうところはきちんと普通なのになんで全く女性絡みの話がないんだろうな?」

 彼女持ちがさらっとひどいことを言う。

 事実だから仕方ないけど。

「まずは顔かなぁ…後は俺の趣味も受け入れ難いところあるし」

 本当、イケメンって羨ましいよね。

「それよりもやけに悲観的なところじゃないかな、とは思うけどな。お前のこと知ればそういうところも分かってくるし悪くはないけど初対面でしかも女の子ってそういうの嫌がりそうな雰囲気はあるし」

 なるほど、って思いかけたけどそれも結果だしなぁ……。

 それにその機会すらないっつーの。

「今更どうしようもないだろ。二十年以上生きてきて普通なら経験してるようなことを全く経験できてないってのはもうどうしようもないっての。勉強できない奴に東大受けろとかそういうのと同じようなことだろ。苦手だから出来なかったし今後もやらないってのは間違った選択か? そりゃあできるやつは頑張ればとか言うけどそんなもん努力の結果だと思い込みたいだけで実際はそれこそ持って生まれたものと運でしかないだろ。確率の低いものに対して逃げるのだってそれこそみんな大好き普通だろ?」

 俺だって出来るものならそこに関与したい。

 俺は欲しいと思ってないから、なんて誤魔化したくはない。

 だから正直に出来ないから諦めると言ってるのだ。

 酒が入ってるから思わず力説。

 ちょっと興奮しすぎてるなぁ、とは思うけどなかなか止まらない。

 すると彼女持ちが苦笑いしながら俺にこう言ってくる。

「うーん……本人がそう思うならそこは実体験しか自己評価をひっくり返す術はないから難しいけど、俺らからみたらそんな問題ないようには見えるんだけどなぁ……だってお前よりも不細工で、性格もクズそうな奴らが恋愛してるのをお前だって見てるだろ?」

「確かにそうだけど……」

そこでなかなか話に入ってこれなかった眼鏡がフェードイン。

「まあそういうのってクラスタというか不細工には不細工なりの集団とかあってその中での順位付けでそういうのを体験できてるんだろうな。それをその集団の外でも通用すると思ってる奴は痛いけど、お前が出来ないのもそういうのも多少あるんじゃないの?」

 それは新しい意見。

 ただじゃあどうすればいいの? ってことにもなるけど。

「そういうところも含めて人付き合いは得意ではないんだっての……」

 自分で言うのもなんだけど話進まないね、ほんと。

「ま、それはともかくさ、機会ないならなおさらあの女の子にいってみればいいじゃん。それなりに悪い雰囲気ではなかったと思うんだけど」

 彼女持ちよ、爽やかにそういうこと言ってくれるな……。

 それが出来たらな……。

「いけたらこんなんなってないわ……」

 出会って一ヶ月、しかもあんなお膳立てされたようなアニメみたいな出会い方なのにそこで何もしない俺を舐めんな。

「根は深そうだから仕方ないか……」

 二人になんとも言えない顔をされたけど、その日のその話題はそこで終了。

 後は他愛もない話と、眼鏡の現在進行形恋愛話で盛り上がったのでした。


 そんなこんなで帰り道。

一人で自転車を押しながら(飲酒運転になるからね)さっきの話を考えていた。

 二十ウン年生きてきて、彼女が出来なかったというか好きな子すらいなかった、というのは少なくともおかしいことではあると思う。

 それに関しては誰もが思うことなんだろう。

それが俺が欠陥品だからか、ただ運が悪いのかは置いておいて、どちらにしても向いてるか向いてないかで言えばきっと向いてない。

 大学に入ったら、とかそういう思いが無かったわけではないし、正直な話、もしかすると何かあるかもしれないという希望だってある。

 この希望というものがとても厄介なのだけれど。

 その希望は、さっきみたいな諦めの気持ちと相反するものだ。

 希望を捨て切れないあたり俺はまだまだなんだろうなぁ。

 いっそこんな希望なくなってしまえばいいのに。

 ま、何もないから逆に希望を捨てる決定的な出来事もないわけなんですけどね。

 下らないことを考えていたらおうちに到着。

 もう遅いしシャワーは明日の朝にしてさっさと寝るか。

 そういえばあいつはもう帰ってきてるのだろうか。

 どうでもいいんだけどな。

 あくびをしながら鍵を開ける。

「ただいまー、っても誰もいなんだけどな」

 これは俺のマイブーム。

 ついに寂しいのもそこまできたかー、と最初は落ち込んだものだけど最近は自虐的にこの一言を使用中。

「あ、おかえり」

 体が固まる。

 声で誰かは分かるけどそれでもスムーズにただいま、と言えるような状況じゃない。

 というかまた不法侵入かよ……。

 深呼吸して一言。

「おかえり、じゃねえよ。こんな状況で俺もただいま、なんて素直に言えないし第一また人の家に勝手に入ってきやがって」

 こう言う俺の顔は一体どんな顔なのだろう。

にやけているのだろうか。

 声が上擦っていることは自分でも分かるけど。

「別にいいじゃない。何か見られて困るものでも出しっ放しなわけ?特に見当たらないけど」

 彼女は笑いながらそんなことを言う。

 酔っ払っているのか彼女も少し顔が赤い。

 だからといっていつもと(二回しかあってないけれどその時と比べてだ)変わった様子はなかったけれど。

「そういうのは全部パソコン、って何を言わせるんだ、何を。というか何をしに来たんだ、何を」

「ただ会いたくなったから会いに来た、ってのは駄目?」

「なっ」

 彼女は上目遣いで妖しい笑みを浮かべながらそんなことを言う。

 くそ、可愛いじゃねえかよ。

 嘘だと分かっていても、そう言われたら少しは浮ついた気分になるもんなんだな。

「そんな冗談はいいから本題に入れっての」

 顔が火照るのを感じながら照れ隠しにあえてぶっきらぼうに。

「あはは、冗談だよ、冗談。それで、用事ね、そう、用事。この際だからきちんと設定作っておかないとやばいかなー、と思って」

 設定?

 ああ、さっきのことか。

「確かに他の人に俺の好みの女の子が具現化したのがこの人です、なんて言えないもんな……」

 言ったら頭おかしい人だと思われるわ。

 こんなことを受け入れてる時点で頭おかしいかもしれないけど周りからそう思われるのと自分が実際におかしいのはまた別問題。

「そ。さっきは上手く言い繕ってくれたけどもう少し設定を作りこまなきゃ駄目かなー、と思ってね。ああいうことが今後もないわけじゃないんだし。どう? そう思わない?」

 それに関しては同意。

 今後もああいうことがないわけじゃない。

 だとすればきちんと設定は作らないとなぁ……。

「そうだな、そうしよう、でも具体的にどうする?」

「とりあえず今日はもうおねむでしょ? さっきからあくび止まらないみたいだし。また明日考えようか。明日の夜は暇?」

「暇っていえば暇だな」

「どうしてそういう言い方するかな……素直に暇だって言いなさいよ。とにかく明日からあんたの部屋で話し合いね。あ、お酒用意しておいてね。じゃ、そういうことで」

「何で酒なんだよ……まあいいや。明日だな」

「ん。また明日」

 そう言いながら彼女は俺の部屋から出て行こうとする。

 その時、自分でもよく分からないがなぜか彼女を呼び止めてしまった。

「あ、あのさ」

 その後の言葉が全く出てこない。

 そりゃあそうだ。特に言いたいことがあって呼び止めたわけじゃない。

 ただもう少しだけ……。

「何?なんか都合悪いとかあった?」

 こうなったらもうお茶を濁すしかない。

「いや、気をつけて帰れよ、って。それだけ」

「このアパートの上の階なんだから大丈夫だって。でも心配してくれてありがと。じゃあ、また明日ね」

「おう、また明日」

 手を振りながら出ていく彼女。

 ドアが閉まった後、俺は何分くらいそこに固まっていたのだろう。

 単純な話だ。呼び止めた理由なんて自分でも分かっている。

 ただ話したかっただけなのだ。

 何もなくてもただ俺は……。

 とにかく俺はこの時、月並みな言葉しか使えないけど嬉しかったんだと思う。

 諦めていた、と思っていた感情がこんなものなのか、という自覚はあったし、だけどそれが本当にそうなのか、という疑いの気持ちもあった。

 俺はぶっきらぼうに対応できていただろうか。

 きっとにやけていたんだろう。気持ち悪いな、俺。

 とにかく、明日から千載一遇と言っていいチャンスみたいなものが巡ってきた気はする。

 どうしていいのかなんて皆目検討はつかないけれど、とにかくこの恐怖に似た感情と戦う楽しみを得ることが出来たんだ。

 きっと俺は前に進んでる。

たとえそれがどんな結果に終わるんだとしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る