雨宿り


ぽつぽつと控えめに降っていた雨は、次第に足を速めた。いつしか前が見えない程に強まる。平日の夕方、あたりは薄暗く灰色に染まっている。重い空気と、首に張り付く熱気に、新井芙美あらいふみは頭が痛くなっていた。

 「しまった・・・。梅雨だけど今日は晴れていたから油断してた・・・」

商店街も、この時間は人気ひとけが少なく閉まった店がいくつもあった。芙美は傘を忘れたため、学校から走ってきたのだ。そして、強まった雨脚に行く手を阻まれ、雨宿りのできる軒先があるこの商店街を通り、遠回りで帰ることとなる。

 「あーあ、びしょびしょじゃん。タオル一枚じゃ足りないなぁ、これは」

鞄から、教科書と一緒に入った薄ピンクのフェイスタオルを取り出して首筋を伝う水滴をぬぐう。芙美は、今年高校生になったばかりだった。だが、年齢よりも大人びて見える顔立ちや性格から、いくつか年上に見られることが多かった。身長は155センチで平均だったけれど、細身でスタイルの良い体形もその理由の一つだと思う。芙美は、上から滴る水滴を目で追う。側溝に落ちる水滴は、音を変えるから面白い。元々頭痛持ちの芙美は、こめかみを押さえてその場にしゃがみ込んだ。

―――ポチャン・・・ポチャン・・・

滴る水音に耳を澄ませ、深呼吸をする。こうすると、少しばかり頭痛も楽になるはずだ。遠くで雨の音、近くで水滴の音。まるで、世界で私だけしかいないような切ない気持ちになる。



―――ポチャ、ポチャン・・・ポチャン・・・




どれほど耳を澄ませていただろうか?次に芙美が目を開けると、辺りは暗さを増していた。傘を差して歩くスーツ姿の会社員が足早に歩いていく。

 「え?いま何時!?」

鞄に無造作に入れていた携帯電話を、慌てて取り出した。

 「18時30分・・・。30分くらい経ってる。でも、雨止まないなぁ」

タクシーに乗り込む会社員が見えて、とても羨ましかった。まだわずかに痛む重い頭を起こしタオルで頭を守って、芙美は雨に体を寄せた。セーラー服に、雨が染み込んでいく。走るたびに、靴の中に水が染み込み気持ちが悪い。でも、そんなことにかまっていられなかった。空はどんどん暗くなっていくし、雨は止む気配ないし、それに夜の商店街には悪い人たちが集まるという噂があった。だから、明るい内に抜けたかったのだ。しかし、雨はそれを許してはくれなかった。

―――ザー、という雨音の中で、低い男の声がした。

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