第9話 荒野を駆け抜けて

辺り一面に荒野が広がっている――――――

僕達3人はケステル共和国を出て、広大な荒野にいた。

僕達がいるこの場所は、このケステリア大陸で一番広いスス荒野である。かなり広くて徒歩で歩き回るのが困難なため、「エアボート」という乗り物の乗り場を探していた。僕がこのセキとミヤに出会ったのは、ケステル共和国の首都・ゼーリッシュでの事だった。

あの国には何年か住んでいたけど、自分があの国から外へ出ることになるなんて思いもしなかったな…

二人も周知の事だが、僕には名前以外の記憶がない。このシフトという名前も、本名かどうかわからない。ただ、最近になって気がついたのは、記憶がはっきりしてきた「あの時」から数年は経過しているはずなのに、身体の成長が全くない事だ。

『16歳くらいといえば成長期のはずだが、お前は全然チビのままだなぁ。…まぁ、男の成長期ってのは人それぞれ時期が違うのかもしれねぇけどよ』

僕の格闘技の師匠でもあった父さんは、自分の身体についてこう述べていた。

年齢が2個上のミヤで身長が154センチと言っていたので、僕も同じくらいだろう。女性と大して差はなく、体重も全くと言っていいほど増減していない。普通じゃないなとすごく不安に感じたけれど、その感情を表に出そうとはしなかった。それは、ギルドの仲間やいろんな人と関わっていく内に「出さない方がいい」と、考えるようになったからだ。

それでも、実際は血が繋がってない父さんは、僕の記憶がない事に対する不安な気持ちを見抜いていたのかもしれないな…

こういう消極的な考え方は、あの2人と旅を始めてからあまり深くは考えなくなってきたのである。

「エアボートって、トウケウで俺が乗ったあれの事だよな?」

「ええ。でも、交通手段用に作られたモノだから、バランスを気にする必要はないし、誰でも乗れちゃうから便利だと思うわ」

考え語ををしていた僕の側で、セキやミヤが語り合っていた。

…それにしてもこの二人、「出会って間もない」ってセキが言っていたけど、仲がいいよなぁー…「恋人じゃない!!」って思いっきり否定していたけど、外から見るとすごい恋人同士に見えるんだけどなぁ…

歩きながら、僕はそう考えていた。


「すごい!…これがエアボートかぁ~!!」

見るもの・触れるもののほとんどが僕にとっては初めてなので、すごく新鮮で興奮していた。

ボート屋の店員みたいなおじさんが乗り方や運転方法、何人乗りのエアボートがあるかを教えてくれた。エアボートは、カルマ族とやらが作った機械の一つ。詳しくはよくわからないけど、一部の人々には嫌われている種族らしい。でも、彼らが作る「機械」の性能とかはすごいらしいので、最近はその技術を買われてこういった場所で使われているらしい。

「よし!出発しようぜ!!」

セキの台詞ことばと共に、僕らはエアボートを発進させた。

この時、乗り場にあったエアボートはどちらも2人乗り用だったため、セキとミヤに2人で乗ってもらい、僕は皆の荷物と一緒に一人寂しく乗っていた。

 …最も、僕がミヤと乗ったらセキが嫉妬しそうだし…これが一番無難なのかも

エアボートには車輪がなく、宙に浮いて進む。前の方に操縦かんがついていて、それで右折・左折・加速・減速を自由に操作できる。この日は快晴で雲一つない状態だったので、エアボートで荒野を駆け抜けるにはちょうど良い天気だった。

 風を切りながら走るって…こんなかんじなんだなぁ…!

進行方向は今のところ直進だったので、途中で目を閉じながら風を感じていた。

「シフト~!!風がすごい気持ちいいよなぁ~!!!」

セキが、僕の後ろから叫んでいた。

 どうやら、セキより僕の方がエアボートに早く慣れることができたかな?

何故か、ちょっとだけ勝ち誇ったような気分だった。


 順調に進んでいた僕達だったが―――――――――何かが後ろから追いかけてくる。

操縦かんに取り付けられているサイドミラーを覗くと、黒っぽいものが近づいてくるのが見えた。

「あれは…ブラックロンドウルフ!!!」

「もしかして、魔物!!?」

「ええ!!どうやら、私達を追いかけているのかもしれない!!!」

それを聞いたセキが叫ぶ。

「くそ、エアボートから振り落とされたらやばくなる!!…スピードを上げようぜ!!」

「いえ、彼らの速さはウルフ族でも1位2位を争う!!逃げても追いつかれるかもしれないわ!!!」

「じゃあ…応戦するしかないってこと!?」

「咬まれなければ、何とか振り切れるはず…!!でも、シフトも気をつけて!!!」

そう説明したミヤは、セキに指示を出しながら刀を鞘から取り出す。

気がつくと、僕のエアボートの左隣にブラックロンドウルフが追いついていた。

 手を離したら、エアボートから落ちちゃうよ!!!

その場で判断した僕は、左足で襲い掛かってきたウルフを蹴り飛ばす。本来だったらもっと威力が出るはずだが、エアボート走行中による風圧でなかなか足が動かせず、振りほどく程度しかできなかった。

ミヤも刀を振りかざして応戦しているが、セキが一緒いるのもあり、苦戦しているようだ。

左側、右側と次々にブラックロンドウルフが襲いかかってくる。僕は腕技より足技の方が得意だけれど、こう風圧が強いと思うように戦えない。一旦止まって戦った方いいかなと、思った瞬間――――――――

「シフト!!!後ろ!!!」

セキの叫び声が聞こえた瞬間、僕の後ろに両側から2匹、ウルフが襲い掛かってきた。

ヤバい!!!!

そう感じた僕が、瞬時に目を閉じた刹那―――――――――――

大きな銃声が聴こえた直後、2匹のウルフが地面に倒れた。

「この音…拳銃!?」

音に気付いたミヤとセキが、辺りを見回す。

すると、サイドミラーに何かが映り、次第に僕達の方へ近づいてくる。僕らが乗っているのとは違う、一人用のエアボートだ。そこに乗っていたのは、黒髪の女性だった。

「そこの少年!大丈夫だったー??」

サングラスをつけたその女性ひとは、僕に話しかけてきた。

「あ、はい!!!助けてくれて、ありがとうございました!!」

「君も私みたいに一人用のエアボートに乗れば、もっとスピード出せたはずだよー?」

「だって、荷物を乗せるならば、一人で二人乗りエアボートに乗った方が落とさないって店員さんが…!」

「あー…あれは、金を多く取るための嘘!!これを利用する大半は旅人だから、ぼったくろうって魂胆なのよ!」

それを聞いて、僕は唖然とした。

同時に、その言葉が嘘ではない事にも気がつく。

 ショック…。よく見ると、彼女が乗っている一人用エアボートにはしっかりと荷物が落ちないようにくくりつけられてるし…もう騙されないぞ!!

ぼったくりをした店員に対し、苛立ちを覚えたのであった。

「じゃあね、少年!!魔物には気をつけなよ~!!!」

そう言って、その女性は走り去っていった。

後ろから、セキの声が聞こえる。

「シフト!!!大丈夫か!?」

「うん!あのお姉さんのおかげで助かったよ!!」



 僕らは、エアボートの終着点にある街・ウィッシュナクルに到着した。この街がエアボートの終点であり、始発場所でもある。荒野の近くという事もあり、街中に岩が多い。また、この街は小さな山を開拓して作られた街らしいので、山の斜面に沿って家が建っている。

「この街では旅人が多く行きかうから、武器や防具屋、宿泊施設がしっかり整っているのよ」

街を歩きながら、ミヤは語る。

確かに辺りを見回すと、剣や杖を持っている人や、僕のように格闘家の格好をした人も歩き回っている。


「あ~、疲れた~!!!」

宿屋に着いたとたん、セキは瞬く間にベッドへと倒れこんだ。

「おー。このベッド、フカフカだぁ~」

気持ちよさそうな声音で和み始めたと思ったら、すぐさま眠ってしまった。

寝付くの早っ!!!

僕は、彼が起きていればツッコミを入れたい気分であった。

「まったくもう、セキったら。…それにしても、あなたを助けてくれた女の人、凄かったわね…。あれっておそらく、ガンマンでしょ?」

「ガンマン??」

「拳銃を使って戦う人のことよ。剣士や格闘家などと違って、あまり多くは見られない職業って所かしら…」

 そうだったんだ…

ミヤが言うには、エアボートの走行中で視界も悪く風圧が強い中、あの距離から撃てるのはなかなかの実力を持ったガンマンであるらしい。

「そうだ~…狼を足で蹴り飛ばしていたから、今にも臭ってきそうだよー…。だから、風呂入ってくる~」

そう彼女に告げて部屋を出た僕は、大浴場に向かった。


 あのお姉さんに会った時、何だか違和感みたいなかんじがしたけど…あれは何だったんだろう…?

衣服を脱ぎながら、僕は考えていた。

 いや、そんな事よりも早く身体をきれいに洗おう!!

そう思い立った僕は、大浴場に入って温泉につかろうとした。その時―――――――

「あれ?あんた…」

前方から、女性らしき声が聞こえる。

なんと、僕の目の前に、黒い髪の女性がいたのだ。

「ぎゃ~~~!!!!なななな、なんでいるの!?」

かなり慌てながら周囲を見回したら、奥の方に女子更衣室の看板を発見する。

「“ぎゃー”とは失礼ね!!この宿の大浴場、混浴だって事を知らなかったの?」

「え…?」

あっけに取られている僕に対し、その人はそっぽ向いて言う。

「…湯船につかるなら、さっさと入りなさいよ!この温泉は石灰水の温泉だから、入れば見えないからっ!!!」

顔を赤くして話していたのが何故か気になったが、すぐにその原因がわかった。

「あ…」

間の抜けたような声を出す中、僕の眼下には地面に落ちたタオルがある。

そして、タオルを腰に巻いた後、僕は湯船につかるのであった。


「えーっと…ゴホン!あなた、エアボートに乗ってブラックロンドウルフに襲われていた少年でしょ?」

顔を真っ赤にしていた黒髪の女性は、咳払いをしてから話を再開する。

「え…じゃあもしかして、あなたはあの時助けてくれたお姉さん?」

「そう。覚えていてくれたのね」

「もちろんです!あ…僕は、シフト・クレオ・アシュベルっていいます。昼間はありがとうございました!」

「“名を名乗るときは自分から”…よくわかってるじゃない、少年!」

「少年じゃなくて、シフトです!!」

「ごめんごめん!…私は、ソエル・カーブジケル。ソエルでいいわよ♪そういえば、シフトっていくつなの?」

「え?あ…えっと、16です」

 …本当に16歳なのかは、僕にもわからないけど…

複雑な気分になりながら、僕は答えた。

「あら、じゃあ私より7歳も年下なのね。…一人旅?」

「いえ、部屋に連れが2人います!…ソエルは、一人旅なんですか?」

「ええ…っていうか、別にタメ口でいいわよ。あんたの上司とかでもないんだし」

「いいの!?じゃあ、普通に話すよ~!」

「順応早っ!!!」

「あはは、ごめんなさい」

初めて会った女性ではあるが、セキとは違ったかんじで馬が合うような気がした。

その後、僕とソエルはお互いの旅のことについて語り始める。

温泉でゆっくり語り合うなんて、すごく久しぶりだよなぁ…

湯に浸かって温まっているのとソエルとの会話が楽しいのも重なって、僕はかなり和んでいた。

「…久しぶり…?」

この時、僕は自分で思った事に疑問を感じていた。

 この事は初めてのはずだし、父さんとも風呂場で語り合ったことはなかった…。なんで、「久しぶり」って感じたんだろう?…僕は、前にもこんな経験をしたことが…ある…の…?

「ちょ、ちょっとっ!顔色悪いけど、大丈夫!?」

僕は、ソエルの言葉を聞いて我に返った。

「はい…大丈夫です」

僕は、少し低い声でうなづいた。


「魔物だぁー!!!魔物が現れたぞぉ~!!!!」

突如、外の方から男性の声が響いてくる。

「街中に魔物が!?」

急いで僕たちは温泉から上がり、着替えた。

男子更衣室を出た直後――――――――――ミヤが険しい表情をして走っていくのが見えた。声かける間もなく行ってしまったので、僕は部屋に急いで戻ってセキを起こした。

「セキ!起きて!!どうやら、街中に魔物が出たみたいだよ!!!」

セキは寝ぼけていたが、「魔物」の言葉を聞いたとたん、すぐに跳ね起きた。

「…ミヤは??」

寝起きのセキは、僕に尋ねる。

「声かけそびれたんだけど…先に外へ向かって行ったから、きっと魔物を退治しに行ったのかもしれない!あの男の人の声からすると、たくさん出現しているかもしれないし…僕たちも行こう!!」

「ああ、そうだな!」

着替えと準備をし、僕とセキは宿屋を一旦出た。

すると、街一面に昼間見かけたブラックロンドウルフが大量に出現していたのである。

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