第10話 小さな疑惑
ウィッシュナクルの街には、大量の魔物があふれていた。しかもその魔物は、昼間僕らに襲い掛かってきたブラックロンドウルフである。
「シフトは、怪我人を安全な場所まで運んでくれ!!」
セキが剣をかまえながら、僕に指示した。
「うん!!!」
辺りを見回すと、戦っている旅人もたくさんいたが、奴らの牙にかかって怪我をしている人も多い。
「大丈夫ですか!?」
自分より大きい男の人もいたけど、重いとか言っている場合ではない。
僕は、次々と負傷者を診療所までつれて行った。ブラックロンドウルフがどんな狼かあまり知らないが、この数は普通ではない。それに、襲撃しようにも旅人が多く滞在するこの街は、魔物達にとっても
…なんで、襲ってきたんだろう。ただ、何も考えずに襲っただけなのかなぁ?
近辺にいた怪我人を診療所につれていき、医者に彼らを任せた僕は他にも負傷者がいないか探す。走っている途中で何匹か襲い掛かって来たが――――――
「地上戦なら、負けないよ!!」
僕は、迫りくる狼達を次々と蹴り飛ばしていった。
「シフト!!!」
聞き覚えのある声が響いてきたので振り返ると、その声の主はソエルだった。
「ソエル、大丈夫!?」
「ええ…。ただ、あいつらが素早すぎて、ちょっとだけかすっちゃったわ」
そう告げる彼女の左腕に、切り傷が見えた。
奴らにひっかかれたのだろう。
「危ない!!」
ソエルの背後から襲いかかろうとしたブラックロンドウルフを、間一髪、僕の拳で地面に殴り落とした。
…ナックルを装着しといて良かった。思いのほか、頑丈なんだな…
ナックルを装着してはいたが、手の甲に染みるような痛みを感じる。
「ありがとうね、シフト!!」
「それよりソエル!茶髪で髪を後ろで結んでいて…細長い刀を持っている女性を見なかった??」
魔物に遭遇してから幾ばくか時間が経過したが、一度もミヤの姿を見かけていない。
「茶髪の女なんていくらでもいるわ…。あ。でも、刀を持った女なら、あっちの森林地区の方へ走って行くのを見たわよ?…知り合い?」
「うん、僕の仲間なんだ!!ちょっと、彼女を探しにいってくるので…僕、行くね!!!」
僕はミヤが向かったであろう、街の森林地区に向かって走って行く。周囲を見渡すと、その場に座り込んで休んでいたり、傷を癒そうとしている旅人を見かけた。そこから察するに、大部分の魔物は退治できたのだろうと確信する。
そして、僕は街の森林地区へ到着する。木の近くに2匹ほど、ウルフが地面に倒れていた。
この刀傷…もしかして、ミヤが倒したのかな?
僕は、森林地区を更に奥へと進んで行く。途中で血の臭いなのか、すごく生臭く鉄のような匂いが四方から漂ってきた。奥へ進んで行くと、獣による叫び声が聞こえた。おそらく、ブラックロンドウルフの鳴き声だろう。
急いでその鳴き声の方向へ駆け出すと、僕は目を丸くして驚く。街で見かけたウルフたちは普通の狼と同じような大きさだったが、僕の視線の先にいる
ミヤ…!!
援護をするために前へ飛び出そうとした瞬間、何かが聞こえてきた。
『小娘…。貴様、人間の匂いと一緒に変わった匂いをしているな…混ざりものか?』
「…ふん。血の匂いをかぎすぎて、鼻がおかしくなったんじゃないの?」
魔物がしゃべっている…!!?
そう思った瞬間、進もうとした足を止め、気がついたら木陰に隠れていた。
「…そんなことより、なぜこの街を襲った?」
『それは、我が同胞が“人間に足蹴される”という屈辱的な目にあったことが許せないからだ』
…それって、もしかして僕のこと!?
彼らの会話を聞いていて、一瞬そんな考えが頭の中を巡る。
まぁ、格闘家は僕だけじゃないはずだから、必ずしも僕のことではないだろうけど…。それにしても、魔物が話すなんて、初めて見た!世の中、いろんな
僕は考え事をしながら、彼らの会話に耳を傾ける。
「バカみたい。…あんたたち獣族は強い誇りとプライドを持っているけど、そんな些事で怒るのはどうかと思うわよ?」
魔物の
ミヤってば、魔物相手に言うね…。それにしても、彼女ってこんな辛辣な物言いもするんだっけ?
僕は、木陰に隠れながら思った。
『ほざけ、鳥の分際で!!!』
そう言い放った魔物は、ミヤに襲い掛かってくる。
図体がでかい分動きが遅いかと思いきや、そうではなかった。むしろ、普通のブラックロンドウルフよりも素早い。ミヤは避けたが、少しだけ奴のつめが彼女の腕をかする。その直後、一本の太い木に激突し、その木がみごとに折れてしまった。
やばい、ミヤを援護しなきゃ…!
木陰から飛び出そうとしていた僕だったが、足がすくんで思うように動かない。
このかんじは…何度か感じたことのある!!まさか、魔物が怖くて動けなくなるなんて…!!?
その後、必死になって足を動かそうとするが、アキレス腱辺りが石のように重くて、思うように動かない。
その後、視線をミヤと魔物に向けた。しかしミヤは自分より大きい魔物に対し、臆することなく、まっすぐ見つめていた。しかし、セキの話だと、彼女は盲目だ。
彼女は目が見えない分、見た目の姿は無意味であり、恐怖すら感じないんだろうな…
動かない足を前にして、僕は思った。
その後の出来事は一瞬だった。ミヤが刀の構えを少し変えたかと思うと、その細い刀身は魔物の肉体を切り裂き、悲鳴をあげながら魔物は地面に崩れおちた。素早さが自慢の僕から見ても、彼女の動きは本当に一瞬で早すぎだったので、かろうじて少し見えたってくらいだった。地面に倒れ伏した魔物は、息切れをしながらつぶやく。
『もし…や…貴様…。や…つ…の…!?』
かすれ声が周囲に響く中、ミヤは黙っている。
『む…す………め………』
そう呟いたかと思うと、魔物の親玉は息絶えた。
倒した…みたい?
ミヤが魔物を倒したのを確認すると、僕は安心してその場に座り込んでしまった。
昼間から同じ魔物をたくさん退治し、しかもセキみたいにしっかり休んでいなくてものすごく疲れたのか、体育座りをしてうつ伏せになった。
そこでミヤが、低い声で独り言を呟く。
「…やはり、お前は父のことを知っていたのね…」
…え…!?
僕は、瞬時に伏せていた顔を上げた。その後、ミヤは僕の存在に気がつくこともなく、街の方へ歩いていった。その場にいるのが僕だけになったがすぐには立ち上がらず、指を口に当てながら考え事をする。
「父親を探して旅している」ってミヤ本人から聞いていたけど…今の
足もすっかり動くようになり、僕も街の方へ歩き始めた。頭が冴えてきたのか、先程まで聞こえていた彼らの会話に違和感を覚えていた。
“まざりもの”…とか、鳥…とか、あのウルフは何が言いたかったんだろう…?
そして、考え事をしていた僕は、その場で立ち止まる。
ミヤって一体、何者なんだろう…?
この疑問をしばらくの間抱える事になろうとは、この時は微塵も考えていなかったのである。
街へ戻ると、襲撃してきたブラックロンドウルフを退治し終えたみたいで、街の人々は壊された建物を修復したり、宿屋に戻り始めていた。
「あ、シフト!!大丈夫だったか?」
「あ、うん…!」
服が少し汚れていたセキとミヤ。そして、何故かソエルまで一緒にいた。
「あ、ソエル!怪我、大丈夫だった?」
「ええ。ちゃんと応急処置してもらったし、バッチリよ!」
「さっき話を聞いたんだけど…彼女が昼間、シフトを助けてくれたガンマンだったのね」
ミヤが、ソエルの隣で言う。
「しかも彼女、俺らと向かっている方向が一緒だって言うから、途中まで一緒に行かないか…って話をしていたんだ」
セキが、僕の背後から顔を出して言う。
「あー…うん。…とりあえず、宿に戻ってから話さない?」
考え事をしながら答えたからか、棒読みの台詞みたいになっていた。
様子が違うと察してくれたのか、ソエルが口を開く。
「そ…そうね!じゃあ、宿屋に戻ってから話しましょうか!」
知らない内に時間がかなり過ぎていたみたいで、もう夜が明けるところだった。
僕らは日の出を横目で見ながら、宿屋に戻っていく。
※
「…魔物と戦って体力をかなり消費したんで、もう1日休んでから出発しようぜ!」
セキの提案に対し、皆が同意した。
確かに、刀をかなり振り回していたので、どっと疲れがきた。
…それにしても、こんな辺境の地で魔族に出くわすなんて…
魔族とは、見た目は魔物とほとんど変わらないが、人間の言葉を話せるという点が魔物と異なる生き物だ。
ブラックロンドウルフの群れを統率しているだけの魔族だったからよかったけど、もっと強いのに出くわしていたら、危なかったな…
私は、自分が想像していた魔族と出くわさなかった事に、小さく安堵のため息をついた。
「どうしたの?」
「…ううん、なんでもないわ」
私に尋ねてくるシフトに対し、気丈な声音で答えた。
あの魔族を倒してから街に戻ると、セキがソエルという女性と一緒にいた。
「ミヤ!戦闘中、君の姿が見当たらなかったから、何があったのかと思ったよ!」
どんな表情で言ってるのかわからないけど、おそらく私を心配してくれていたのだろう。
その後、ソエルが自分はガンマンで、この街の宿屋でシフトと仲良くなったと話してくれた。そして、
「とりあえず…僕は一睡もしてないから、お昼ご飯まで寝てるね!」
そう言ってシフトはベッドに入り込み、寝てしまった。
「…ミヤも寝てないだろ?出発は明日だから、君も眠った方がいいと思うよ」
「ありがとう…でも、セキは?」
「ああ。俺は二人と違って、魔物退治の前に寝ていたから大丈夫!…俺のことはいいから…。おやすみ、ミヤ」
何故か、セキの口調がすごく優しいかんじがした。
…私には母親がいないから、よく知らないけど、こんなかんじなのかな…
ウトウトし始めて10分くらい後――――――セキはその場にいなく、部屋の外から声が聞こえた。
「…私にしてみれば、あなた達3人は若いわねー…」
「あはは、3・4歳くらいの差じゃないっすか!」
セキと一緒に聞こえるのは、ソエルさんの声だ。
どうやら、二人でおしゃべりしているみたいだ。
セキって、初対面の人とあんなに打ち解けられるなんて…すごいなぁ
そう考えながら、扉ごしに2人の会話を聴いていた。
「それより…あんたは、気がついているんでしょ?私がカルマ族ってこと…」
「はい。…貴女も、俺がコ族で、どんな立場の人間かわかりますよね?」
カルマ族にコ族…この2つの民族自体はちゃんと知っているけど、セキが言う「どんな立場の人間」って…どういうこと?
「…もう20年も昔のことだけど…忘れはしないわ。あの内乱のこと…」
「すみません…」
「いや、別にあんたが謝る必要はないわよ!内乱当時、セキはまだ生まれてなかったんだし!!」
「でも、俺らがソエル達、カルマ族を追い出したようなものだし…」
「…まぁ、そこはあえて否定はしないわ。今でも鮮明に覚えている…。あの内乱であたしは両親を失ったわけだし、あんたたちを許すことは、まずないと思う」
この台詞に対して、セキは何も答えなかった。
セキの生まれた国レンフェンで20年前に起きた内乱のことは知っていたけど…ソエルがカルマ族だったなんて、気がつかなかった…
カルマ族はもともとレンフェンに住んでいたため、感じる気はコ族のものと大して差はない。そして、自分が盲目という事で髪や瞳の色を確認することはできないので、気がつかないのも仕方のないことだった。
そして、黙ってしまったセキに対して、ソエルが続けて言葉を紡ぐ。
「でもね、さっき”あなた達の旅に同行させてほしい”って言ったのは、内乱後に生まれたあんたは何も悪くない。…そして、コ族も悪い奴ばかりではないというのを、あたしは知っていたからよ」
「え…?」
おそらくセキはこの時、不思議そうな表情をしていたに違いない。
「…まぁ、これ以降についてはまた後日に話してあげるわ!」
「はい…」
「さぁーて、もう一回温泉にでも入りに行こうっと♪」
口調から察するに、彼らの会話は終わったようだ。
二人分の足跡が聞こえた後、扉の外は静かになった。
皆、それぞれの人生を精一杯生きてるんだな…
セキの言っていた
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