第3章 古代種と魔物という存在

第8話 不思議な雰囲気を持つ古代図書館

ゼーリッシュの街を出た俺・ミヤ・シフトの3人は、ケステル共和国国境近くにある古代図書館という建物の前に到着していた。領土の関係から見ると、この場所はケステル共和国の国営図書館と言いたい所だが、実は古代図書館ここはどの国の所有施設でもない。それには、ちゃんとした理由わけがあった。

 この図書館は名前通り、作られた時代は不明だが、はるか昔に建てられた図書館。しかし、その蔵書量は半端ではなくあらゆる時代の資料も探せるため、蔵書量世界一を誇ると言っても過言ではない。その分利用者は多いが、長所ばかりとはいえない。

俺も噂で聞いただけだからよく知らないが、①奥に進めば進むほど、中の構造が勝手に変化しどこに何冊あるかが把握しきれない。②図書館内の本を人の一生だけでは読みきることができず、夢中になりすぎたり、館内で迷って餓死する者も時々いる。このような2つの噂を、俺は事前に聞いていた。とある学者が言うには、古代図書館には古代人の思念――――もしくは魔力が染み付いていて、そういった不可解な現象を起こしているらしい。下手すれば命奪われそうな場所だが、古代都市トウケウ以外でマカボルンの文献を探せるのは、世界中でもここだけである。だからこそ、俺達は来たのだ。


「そういえば、久しぶりに魔物倒したけど…意外と弱いんだね、あいつら」

図書館の入り口で、シフトが余裕そうな口調で言った。

実はここに到着する50分程前、改めて二人の強さを実感したのである。一人だった時は、相当強そうな奴に遭遇した時だけ逃げ出していたが、3人だとその必要がほとんどない。シフトは足技を得意とし、彼の蹴りによって魔物の歯を何本もへし折っていた。一方、居合を得意とするミヤは、刀を振った瞬間が見えず、動いたと思えば既に魔物が痛みによる悲鳴を上げていた。

俺も負けてられないな…!

戦いながら、改めて剣士として強くなりたいと俺は強く感じていた。

「…シフト。この地は“最果ての地”よりかなり離れているから、この程度の強さだったと思うの。旅が続けば、それだけ強い魔物が増えていく・・・。だから、油断は禁物よ」

俺の隣で、ミヤが冷静に諭す。

「あはは。そっか★」

シフトは、笑いながら歩いていく。

“最果ての地”というのは、伝承においてマカボルンの在り処と云われている土地。そこまでたどり着くことができたのは、100年くらい前に魔法大国ミスエファジーナの女王だったアクト・ファジーナだけだといわれている。また、今いるケステル共和国から「最果ての地」までは大陸一個分以上の距離があり、まだまだ道のりは長い。


 俺達3人は、古代図書館の1階フロアに到着する。この階は本閲覧用の席が多いため、ここで読書や調べ物をしている人が多い。

「お!あれって、蔵書検索する“コンピューター”じゃないかな?」

古代都市トウケウで見たものに比べると旧式な機械ものだが、確かに“コンピューター”だった。

「でもさー…噂によると、この図書館の造りってどんどん変化しているんでしょ?検索しても、意味ないんじゃない??」

「あ、そうか…」

シフトの指摘によって、俺はがっくりとうなだれる。

・・・うっかりしていた。俺ってこの中では一番の年長者なのに・・・情けない

シフトの言葉で、俺は年長者としての威厳が地に落ちたような気がした。

「それにしても、本の場所がわからないとなると、どのようにして探せばいいのかしら・・・?」

「片っ端から探すしかないのかな?」

「ここでは”自分が本当に探している資料”だったら、必ず見つかるぞい」

気が付くと、俺達の側に80歳くらいの老人がやってきて言う。

「へっ??」

俺とシフトは、言葉の意味がわからず、首を傾げる。

「どういうことですか?」

それを見かねたミヤが、その老人に問う。

「この図書館では“造りが変わる”と云われているが、それは一重に古代人の意思が館内に宿っているからなんじゃ。・・・彼らは資料を探しに来たワシらの魂に触れ、その人間が本当に欲しがっているものを探し当て、資料を見つけてくれるのじゃよ」

「魂に触れる?!」

シフトは、その話を聞いて目を丸くして驚く。

「魂に触れる・・・それって、人間の魂の中にある無意識な精神のことを言うのかな?じいさん、そういう事なのか?」

「・・・具体的に言うと、そういうことじゃのぅ・・・」

「そんな話、初めて聞いたわ・・・」

トウケウで見た古代人達は俺達と大差ないかんじだったけど、そんな能力を持っている奴らもいるなんて、やっぱりすごいよなぁ・・・

俺は、老人の話を聞きながら、古代人の凄さを実感していた。


その後、俺達は館内にいた他の旅人から聞いて、古代史―――――特にマカボルンが作られる前後の時代とされる“世界大戦”時代の資料があるという地下のフロアへ降りていった。ただ、噂でもあるように、館内で迷って外に出られなくなる可能性もあるため、命の補償はないという。

「マカボルンって”願い事を叶える魔石”って云われているけど、具体的にはどんな効果があるんだろう?」

自分の名前以外何もわからないシフトは、あのマカボルンですら、名前しか知らないらしい。

「俺とミヤが資料探しに行っていた亡失都市トウケウでは、滅亡前の都市を映し、人々もあそこに漂っている魂の数と同じくらい生前の姿で行動していたのが見られた・・・かな」

「そうなんだ・・・。それにしても、男女の2人旅はさぞかし楽しいんだろうね?」

「は!?」

あいかわらず、何を言い出すんだ!と、言わんばかりの台詞がシフトには多い。

「でもね、セキったら脱出手段すら考えずにあの街にいたのよ」

ミヤが、クスクス笑いながらシフトに告げる。

「ちょっと!ミヤまで!!」

二人同時にからかわれて、すごく恥ずかしい気分だった。

話している内に、かなり奥の方まで来ていたようだ。

この辺を探せば、マカボルンについての資料が見つかるかも…

そう考えた俺は、二人に提案する。

「じゃあ、この辺から順を追って探していこうぜ!・・・お互い見失ったら困るから、その辺は注意しながら探そう!」


 「『古代の食文化について』、『世界大戦はどのようにして起きたのか』、『機械について』・・・」

本のタイトルを口にしながら、俺は資料を探し始めた。

蔵書量が世界一の図書館なだけあり、とても探し甲斐がある。それにしても、世界の言語について昔勉強しておいて本当に良かったと実感する。

この世界には当然、“世界共通語”はあるが、やはりこういった文献や人々の間で話す言語は、その国の言語ことばがほとんどだ。俺はここに来るまで、母国語であるレンフェン語はもちろん、ケステル共和国やミスエファジーナでの共通語たる“ファブレ語”と“ミスエ語”もある程度勉強してきている。最も、世界中を旅していれば自然に身に付くスキルでもある。ただ、古代人が昔使用していた言語はミスエファジーナのミスエ語に近いけど、まだ文法がややこしくてなかなか覚えられていない。

「シフト、どうしたの?」

作業を止めてその場で突っ立っているシフトを不思議に思い、ミヤが尋ねた。

彼女の言葉を聞いて我に返ったシフトは、その声で我に返ったようだ。

「ううん、大丈夫。ただ・・・なんか、懐かしい雰囲気がするんだよね。・・・なんでだろう?」

「・・・お前の失った記憶と何か関係があるのかな?」

「・・・わからない」

一瞬、シフトの瞳が潤んでいるのが見えた。

・・・詮索するつもりはないけれど、そういえばあいつってどんな民族出身なんだろう・・・

本を探しながら、俺は考える。

白銀色の髪と紅い瞳の民族って聞いたこともない・・・俺が知らないだけなのかな?それでなくても、今この場にいる2人は変わった雰囲気を感じる・・・

そんな考えが頭の中をよぎるが、この考えは決して口には出さないつもりだ。何故かというと、ミヤはミヤだし、シフトもまた然り。外見だけが全てではないのは、ちゃんと解っているつもりだ。

 

 資料を探し始めて、1時間は経過したのだろうか。3人とも、探すのに熱中していて時間が過ぎるのを忘れていた。その時、俺は偶然『召喚獣について』という本を見つける。魔術師ではない俺はこういった魔法関係はさっぱりわからないが、何となくページをめくってみた。

竜族の長と言われた“竜王バハレンド”に、“不死鳥フェニックス”・・・。このフェニックスは、俺らの国では『鳳凰』と呼ばれているくらいだから、かなり有名なんだろうな…

そんなことを考えながら、本棚にしまうと―――――――――

突然、本棚が揺れ始めた。

「地震…!!?」

「皆!本棚から離れて、机の下にもぐるんだ!!!」

 俺の台詞ことばを聞いた2人は、机の下に避難する。

周囲の本棚が揺れる。幸いかなり大規模な地震ではなかったため、数分が経過した後におさまった。

「ここは本棚が多いから、もっと強い地震だったら潰されていたかもしれないな・・・。2人とも、大丈夫か?」

机の下から抜け出した俺は、2人が無事か確認する。

「私は大丈夫よ」

「僕も大丈夫。・・・それより、あれ・・・!!」

シフトが指差した先には、1つの古ぼけた扉があった。

「あれがどうかしたのか?」

「地震が起きるまでは、あんな所に扉はなかったんだ・・・!」

「!!!」

シフトの言葉で、俺とミヤは驚いた。

「・・・館内の配置が変わるって、こんなかんじなのかもしれないわね」

「ああ・・・とにかく、この中に入ってみよう!!」

 


中に入ってみると、相変わらず大量にある本棚と、一台の机があった。その上には薄いケースみたいなモノが置かれている。

「この中に入っている輪っかみたいな奴、なんだろうね?」

「これはもしや・・・“DVD-ROM”?」

ミヤが、“それ”に触りながら呟く。

「ミヤ、”DVD-ROM”って何なんだ??」

初めて聞いたその名前を、俺は不思議に感じた。

「確か、映像や写真をこの中に保存し、特定の機械で再生できる物のはずよ」

辺りを見てみると、多くの文献に紛れて本棚の狭い箇所にこの“DVD-ROM”のケースがたくさんあった。

「それがおそらく、”お主らが本当に探しているもの”じゃよ」

振り向くと、そこには図書館の1階フロアで会った老人がいた。

「じ、じいさん!あんた、いつからそこにいたんだ?!」

いきなりの登場に、俺とシフトは目を丸くして驚いていた。

驚いている俺達に目もくれず、その老人は話を続ける。

「じゃが、残念ながらこの図書館内でそれの中身を見ることはできん・・・。500年くらい昔には再生できる機械があったのじゃが・・・今はもう故障して使えないからのう・・・」

そうなんだ・・・。って、あれ?まてよ…?

そう考える俺の側で、ミヤが恐る恐る老人に尋ねる。

「もしかして貴方・・・死人しびと・・・ですか?」

ミヤの台詞に対し、その老人は少し間を空けた後に言う。

「・・・そういうことらしいのぅ」

「らしい??」

シフトが、何か不思議なモノを見たような表情をしながら首を傾げる。

「わしが生きていた頃、旅の途中にこの図書館に迷い込んだのじゃ・・・。その時、宿代わりにここで夜を明かしたのじゃが・・・。翌朝、館内がひどく汚れていた事に気付き、わしは館内を掃除するようになったのじゃ・・・」

「それじゃあ、もしかして・・・」

「死ぬ前後の事はあまり覚えてないのじゃが…生前、わしは不治の病にかかっていた。胸が相当苦しかったある日、わしの頭の中に『声』が響いてきたのじゃ・・・。『きれいにしてくれてありがとう。お礼に、ずっとここで過ごせるようにしてあげる・・・』というな・・・」

死人しびととは、死んだその人間の中でも特に強い意思を持った者だけが生前と同じ姿で具現化し、成仏するまで永遠に動く魂の事だが―――――俺は、本物を初めて見た。彼らは魂だけの存在だが、ある意味“不死”の存在とも云える。

「でも、どうしてあなたがこの場所に・・・?」

「それは、この図書館内にいる彼ら・・・古代人の『意思』を君たち生きる者に伝えるのも、わしの役目じゃからのう・・・。最も、彼らが『君たちが本当に探している資料』を見つけた時に限るがな・・・」


 古代図書館のかなり奥まで入り込んでいたみたいなので、その老人は俺達を入口のある1階フロアまで案内してくれた。そこに到着すると、微笑みながら消えていったのである。トウケウで見た現象と同じくらい、不思議な気持ちでいっぱいだった。

「とりあえず、これがマカボルンの手がかりになりそうなのは大収穫だけど・・・。ここで再生できないんじゃ、意味ないよね?」

「あ・・・!!」

何かを思い出したように、ミヤが声をはりあげる。

「・・・もしかしたら、これを再生できるかもしれない・・・」

「本当に!?どうすれば、見れるんだ??」

やっと掴んだ手がかりだからか、彼女の言葉に俺はくらいついていた。

「確か・・・カルマ族・・・だったかしら。彼らなら、DVD-ROMを再生する機械を作れるらしいし・・・頼めば可能かも」

「そうか、彼らならできるかもしれない!!」

その民族の名前を聞いて、俺は思いだす。

カルマ族とは、古代人の末裔に当たる民族の一つである。古代人の血を引いているからなのか、機械の扱いや作る知識を持っていると云われている。ただし、問題なのは一部の人から「戦争の兵器を作れる恐ろしい民族」と捉えられているために偏見や差別を受け、現状で何処に暮らしているのかが解らないとされている。

「・・・でも、俺みたいなコ族の人間に頼まれたら、嫌がるだろうな・・・」

「セキ・・・」

俺の呟きに対し、ミヤが側で心配そうに自分を見上げる。

その理由は、過去の歴史の中にあった。今から20年前でまだ俺が生まれていなかった当時のレンフェンにて、前皇帝とカルマ族との間で内戦が起きていたからだ。これまで、カルマ族は各地へ移住を繰り返し、俺の故国レンフェンにも多数のカルマ族が住んでいた。しかし、それを良しとしない前の皇帝が挑発し、戦争を開始したと言う。カルマ族は機械でできた兵器を作れるためにそっちが優勢かと思われたが、やはり多勢に無勢という言葉があるように、数で勝っている俺たちコ族が勝利した。

内戦終了後、カルマ族はレンフェンから追い出されることで、賠償金の請求をされたり、捕虜にされることはなかったと聞いている。しかし、当時を知っている人にしてみれば、レンフェンの人間は憎しみの対象でしかない。複雑な表情かおをしながら考え込んでいた俺に対して、シフトが口を開く。

「それならば、僕やミヤがお願いすればいいんじゃないの?それに・・・何もしないであきらめてしまうのは、どうかと思うよ?」

気を使ってくれているのか、それともただはっきり言っているだけなのか――――――それでも、俺としては絡まっていた気持ちが頭の中から抜けていったような気がした。

「そう・・・だよな。あきらめちゃいけないよな・・・」

「ええ。確かに、カルマ族はあまりいないけれど、旅を続けていれば会える可能性もあると思うわ」

ミヤはそう言いながら、俺の肩を軽くたたく。

「うん・・・。ミヤ、シフト、ありがとうな」


俺は人生の中で、あまり心ある言葉を聞いたことがなかった。だから、2人の言葉にすごく救われた気持ちになったのである。

とりあえず、ちゃんとした手がかりを見つけられたのだから、良しとしよう・・・

そう考えながら、俺たちは古代図書館を後にした。しかし、このDVD-ROMがマカボルンではない、別の「手がかり」だと知るのは、しばらく後になりそうだ。

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