第5話 大国に潜む裏社会
迂闊だった・・・
彼――――セキとの会話中、柄にもなく感情的になったからなのかもしれない。
『君だって人間じゃないか!!』
彼の
自分は人間ではあるが、ただの人間ではない。わかりきっている事なのに、その台詞を言われた時に何故か胸が痛んだのである。
…何故、こんな気持ちになるのだろう…?
そんな想いが芽生えた私だったが、感傷に浸っている場合ではない。
あれから妙な男達に拉致され、馬車で何処かに連れて行かれているからだ。
「お前は、うちで知らなくて良い事まで知りすぎた。・・・しかし、ただ始末するだけではつまらないから、面白い所に連れて行ってあげようと思ってね…」
私の耳元で、依頼人が囁く。
腕を縛り、猿ぐつわをされて布で目隠しもされた状態なので、周囲は何も見えない真っ暗であった。最も、私は盲目であるために目隠しは無意味な行為だが、彼らは自分が盲目だという事を知らない。
刀も取り上げられてしまったため、抵抗する事もできないのが現状だ。ただ大人しくしているしかない状況に対し、屈辱的な気分を味わっていたのである。
そして、依頼人の手が巻かれている目隠しの布を取り、私の頬に触れる。
「この白い肌と華奢な身体・・・。この漆黒の瞳は意外性を感じるが、さしずめ今後は鑑賞用か“ねこ”に使われるだろうね」
そう告げる依頼人の表情は見えないが、おそらくは不気味な笑みでも浮かべているだろう。
私はこの国のギルドに所属していたが、ある日この依頼人からの任務をこなした事で気に入られたのか、何度も私に依頼するようになっていた。
怪しい雰囲気は感じてはいたが、報酬も良かったという理由から続けていた。しかし、彼らは裏で殺人・恐喝・買収・裏取り引き等、国の目を盗んで色々な
こういう時、相手の表情が見えないのはつらい…
そう考えていると、突如馬車の動きが止まった。
「到着いたしました」
馬車の運転手らしき男の声が聞こえてくる。
すると、依頼人は私の口にハンカチのような感触を持つ布をかぶせる。おそらく、睡眠薬のような薬品が染み付いているものだろう。それに気付いた途端、徐々に意識が遠のいていくのであった。
※
くそっ、どこに行ったんだ!?
どこに連れて行かれたかわからないため、あの時見た馬車を俺は探していた。
個人用の馬車を所有していたくらいだから、結構金持ちな奴のはず・・・
しかし、ずっと走り続けていると、次第に体力が消耗して疲れを感じ始める。動けなくなると後々困るため、誰もいない空き家の前に座って休憩をすることにした。
彼女も俺と同じ旅人だから、通報しても相手にしてくれないだろうし…どうすればいいんだ!!
頭を抱えていた時、側を走り去っていく人物が地面に何かを落としていった。
なんだろう?
不思議に思った俺は、それを拾う。少し古い紙のようで汚れてはいるが、旅人用の身分証明証だ。
「”シフト・クレオ・アシュベル、16歳”・・・」
俺は、無意識の内に名前を読み上げていた。
貼り付けられている写真を見た時、どこかで見たことがあるような顔立ちをしている。
とりあえず、
写真に写っている少年を追って、俺は空き家の階段を降りて行く。上は人気が全くなかったが、こんな場所に何の用があったのか。降りていった先には扉があり、その前で銀髪の少年が別の人間と話し込んでいるようだった。おそらく、長い銀色の髪をした後ろ姿の人物が、身分証明証の持ち主だろう。
「これ、君のだよな?」
俺は、銀髪の少年の肩を指でつついた後、拾った旅人用の身分証明証を見せる。
「・・・どうして君が!?」
「君がここに来る時、俺の目の前で落としていったんだよ。・・・大事な物だろ?」
「ありがとう!これがないと入れなかったんだ!」
身分証明証を受け取り、少年は側にある四角い穴に突っ込んだ。
「…通っていいぞ」
すると、図太い声が穴の中から聞こえてくる。
「本当にありがとう!入れなかったら今日の仕事もできなかったし・・・そうだ!この仕事が22時くらいに終わるから、そしたらルイス通りにある“フェニックス”って店に来てくれない?お礼がしたいから!」
満面の笑みを浮かべた少年は、俺にそう告げると中に入っていったのである。
・・・台風みたいな奴だったな
1分に満たない展開に対し、俺は茫然としていた。
「あんたもギルドの奴だろ?・・・身分証明証を見せな」
しかし、穴の奥にいた男の声を聞いて、我に返る。
身分証明証・・・あの少年も使っていたから、旅人用のでいいのかな?
断られる事も考えながら、恐る恐る身分証明証を手渡す。
「通っていいぞ」
すると、あっさり了承してくれたため、俺は少し拍子抜けになっていたのである。
中に入った途端、タキシードを着て変な仮面をした男が視界に入る。
「おい。ぐずぐずしてないで、早く着替えてこい」
そう言ったのと同時に、男はタキシードと仮面を俺に押し付ける。
辺りを見回すと、何人かがひそひそ話をしている。あまり良い雰囲気じゃなさそうだ。
着替えた後、軽い説明を受けてわかった事は、自分が半強制的にやる事になったのは、これから始まる闇オークションの会場で飲み物を配ったりする、いわゆるアルバイトだ。アルバイトにギルドの人間を雇う事は秘密保持も兼ねているので、よく使われる手段だ。
・・・それにしても、どさくさに紛れてとんでもない場所に入っちゃったな・・・
入口の所にはまた別の男が見張っているため、しばらく出ることは出来なさそうだ。
ミヤを助けなくてはいけないのに・・・
俺は、そんな事を考えながら渋々と仮面をした客達に飲み物を配り始める。
闇オークションということは、ここの客は金持ちな奴がほとんどだろう。飲み物を渡した後、バーの方に戻ると座席案内をしていたバイトの奴らが会話しているのが耳に入ってきた。
「今日は久しぶりに、人間の女が出品されるらしいぜ」
「へぇ・・・面白そうじゃねぇか」
女の出品・・・という事は、人身売買か…
彼らの会話に耳を傾けながら、俺はそうだと直感する。
60年くらい昔には奴隷制度が健在だったケステル共和国だが、今はもう法律で禁止されているはずだ。俺が生まれ育ったレンフェンでも、
オークションは最初は物から始まり、その後に人の売り買いが始まる。俺自身は歴史とかに詳しくないので、「古き時代に作られた骨董品です!!」とか聞いてもほとんど興味が持てなかった。そして、進行は後半の人部門に入る。
「…っ…!!?」
その時、後ろからものすごい殺気を感じた。
恐る恐る振り向いてみても誰もいなかったため、気のせいだと思う事にしたのである。
人身売買は子供から始まり、次に大人の男。若い女性という順番らしい。バイトへの指示として「人部門に入った時は客の競り落としが激しいので、あまり客の前に出過ぎない」と、指示されていた。そのため、後ろの方から会場を眺めていたのである。
※
目を覚ました私は、まだ意識が朦朧としていたのか頭に霧がかかったような感覚がしていた。しばらくして意識がはっきりしてきた時、腕は縛られたままだったが、目隠しと猿ぐつわは外されていた事に気が付く。
ここは一体どこだろう・・・?
周囲を見渡して場所を探ろうと思ったが、後ろに寄りかかった時、鉄格子を触ったような感覚がした。そのため、牢屋か何かの中かもしれないという仮説を立てる。
この状態や先ほど依頼人が言っていた
普通の人間の年齢なら私は18歳に当たるが、実際はもっと長く生きている。そんな中でこんな経験をするなんて思ってもみなかったな・・・
そう考えてるや否や、数人の男らしき足音が耳に入ってくる。すると、丸ごと持ち上げられて、どこかに乗せられた感覚がした。
…成程。私は牢屋ではなく、小さな檻に入れられているんだ・・・
持ち上げられたかと思うと、檻は動き出す。檻が揺れる音と一緒に滑車のこすれる音が耳に響いてくる。
いよいよか・・・
大きなため息をついていると、ふと私が普段使っている刀の“気”を一瞬感じとる。私は、目が見えない代わりに人や物の気を感じ取ることができる。あの刀も、どこにでも売っている訳ではないちゃんとした名工に作られた刀なので、独特の気を放っているのだ。
・・・しかし、あれは拉致された時に取り上げられてしまったから、ここにはないはずだけど・・・
そんな考えが頭の中を巡っているが、自分を乗せた滑車は舞台であろう場所へと運ばれていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます