第2章 ケステル共和国

第4話 すれ違い

馬車が揺れる音が響く。土を踏み、街道を駆け抜けていく。亡失都市トウケウを脱出した俺とミヤは、ケステル共和国の首都ゼーリッシュ行きの馬車に乗っている。

あの都市の印象が強くて、こちらの世界が現実だということをすっかり忘れていたのであった。

 トウケウは古代都市ではあるが、現代いまよりも技術がかなり進んでいたと思われる。一方、俺達が生きる現代は、世界的な規模ではないが未だに各地で戦争が起きている。

世界は数十カ国の王達によって建国されたケステル共和国と、魔法大国ミスエファジーナ。そして俺が生まれた故国レンフェンの3大勢力に別れ、他の小国を治めている。ミスエファジーナとレンフェンは戦争における不可侵条約を結び、歴史の背景等からある程度良好な関係を築いているが、ケステル共和国とは異なる。宗教上の思想などの違いで、大戦争にはならなくても睨み合いが続いている状態だ。


 「そろそろ着くわよ」

ミヤの台詞ことばを聞いて窓の外を見てみると、ゼーリッシュの入口前に到着していた。

馬車を降り、関所にて身分証明書を見せる。

 この国―――――いや、世界中に点在するほとんどの国で適用されている「旅人制度」というものがある。これは旅人のための制度で、複数の国を歩き回る人に対し、旅人用の身分証明書が発行されることで自由に入出国が可能となる。

しかし、出入りが自由になるこの制度には、デメリットもある。旅人はその国の民として戸籍登録がされていないため、滞在国での法に守られることがない。そのため、病気や怪我をした際も適切な対処をしてくれないのだ。また、1つの国に滞在できる期間も国によって法律で定められているため、長期滞在する場合はその国で戸籍登録を行わなくてはいけない。もちろん、その国の国民が旅人になりたい場合も手続きが必要で、戸籍登録を解消しなくてはならない。面倒な手続きをさせることによって、その国の民を失わないようにする狙いだ。そのため、「旅人制度」を定めている国は多い。


 2人は、ゼーリッシュの街を歩き始めた。ミヤは、手に入れた本を依頼人に持っていくという。歩いて行く内に、二人は路地裏の方へ入って行く。

「そういえば、その本は依頼人に渡しちゃうんだろ?・・・渡す前に少しだけ見せてもらうことってできないかな?」

「・・・・・・見てどうするの?」

「その・・・俺も、マカボルンについて調べているんだ。せっかく持ち出せた資料だし、参考がてら見てみたいなって思って・・・」

一瞬の間があき、その場に立ち止まったミヤは、こちらに振り向く。

「やっぱり、この本が欲しくてついてきていたのね」

「え・・・?」

「・・・自分の利益のためなら何でもする。私に言った台詞ことばだって、全部嘘なんでしょ?」

歩く方角に体を向き直してから、ミヤは話を続ける。

「所詮、人間なんてそんなものよ。過去の歴史には興味ないけど、トウケウもそんな愚かな人間ばかりだったから滅びたんじゃない?」

その台詞ことばを聞いた途端、俺は何かこみあげてくるものがあった。

俺は無宗教だから、民族意識が高い訳でもない。だが、一人の人間として胸を張って生きてきたのは事実――――――そんな自身の考えを全否定しているようで、どこか哀しいとすら感じてしまう自分がいた。

そのためか、思わず駆け寄った俺の右手は、彼女の左腕を掴んでいた。

「確かに人間は自分の利益しか考えない部分もあるけど、それだけが全てじゃない!…それに、君だって人間じゃないか!!」

「…触らないで…っ!!!」

振りほどこうとするミヤを目の前にして、俺は初めて彼女の顔をしっかりと見た。

漆黒の瞳に光を感じず、顔は正面を向いているのにその瞳には自分が映っていないようだったのである。

かつて盲目の人間を見た事があったが、彼女のようなをしていた。

気がつくと、ミヤは俺の腕を振り払い「さようなら」と呟いたかと思うと、走り去っていったのである。

彼女が怒ったのは自分のせいだけど、間違ったことを言ったつもりはなかった。

「何故、あのような言い方をしたんだろう…?」

俺は一瞬、心の中の声を口に出していた。


 2人から1人に戻った事で、また振り出しに戻ってしまった。マカボルンの情報もあまり得られなかったため、次なる行動を起こさなくてはならない。途方に暮れた俺は、飯でも食べようと路地裏を出ようとした瞬間、少し離れた場所から大きな物音が響いてくる。

「んーー!!んーんー!!!!」

微かだが、口を塞がれた時に出るような声が聞こえた。

その声色を聴いて嫌な予感がした俺は、その場からすぐに駆けだす。

路地裏を走り抜けて辺りを見回すと、路地裏から中央通りへ抜ける所の目の前に馬車が停まっていて、2・3人の男達が馬車に何かを乗せようとしていた。

 あれは…ミヤだ…!!

姿かたちは赤みがかった茶色い髪しか見えなかったが、1人の男が彼女の刀を持っていた事で、馬車に無理やり乗せられそうになっている人物がミヤだと悟る。

男達は中にいる人物と話をしていたかと思うと、馬車は出発してしまった。残された男達は、どうやら彼女の刀を売り飛ばそうかという話をしているようだ。


 このとき、猿ぐつわ等をされて刀を取り上げられた。それすなわち、拉致・・・という発想にたどり着くまで、そう時間はかからなかった。本来、旅人の厄介事に関わっても誰も助けてくれないので、何もメリットはないのはわかっている。

 だけど、このままでは・・・!!

解っている一方で俺は、理屈では語れない何かを感じていた。


「その刀、俺に譲ってくれないかな?」

俺の声に気がついた男達は、こちらを向いてきた。

「なんだぁ?てめぇは・・・」

「・・・その刀、誰かの落し物ってことかな?だったら、忙しそうなあんたらに代わって、俺が役所に届けるよ?」

 遠まわしに「お前らがやっていた行為は見逃してやるから、刀を渡せ」って言っているつもりだけど・・・通じたかな?

俺は遠まわしな言い方をして、相手の出方を伺う事にした。

「アホぬかしてんじゃねぇぞ、このガキが」

3人の内、一番大柄な男が俺に対して、鋭い目で睨んできた。

しかし、睨まれるくらいで俺が動じる事はない。それは過去に、今よりも怖い体験を何度か経験しているからだ。そして、どこにでもいるようなチンピラのように、俺を殴って大人しくさせようと襲い掛かって来た。本当は剣を使ってしまえば容易に勝てるが、傷害罪で捕まる訳にはいかないため、素手で対処することにした。俺は剣士だが、ある程度の体術は会得しているので、チンピラ程度なら特に問題ない。向かってきた男に対して俺は殴り返すこともなく、紙一重で避けたのと同時に相手の足を引っ掛けてやった。そうしたら見事にこけたため、思わずにやけてしまったのである。

「野郎!!!」

お決まりの台詞で殴りかかってきたもう一人の男も、先程よりは素早い相手ではあったが、やられることもなく余裕で地面に叩きつける事に成功した。


「なら、この手に入れたばっかりの刀で切り刻んでやる・・・!!」

 ミヤの刀を持っていた3人目の男が、鞘から抜こうとしていた。その光景を見た俺は憤りを感じる。

 こんなくだらない喧嘩に、剣士の刀を使うなんて・・・!

剣は人間の道具とはいえ、剣士にとっては命と同じくらい大切な物。同じ剣士として、憤りを感じずにはいられない。

 「やめろ!!!」

 「うるせぇ!!!」

頭に血が上った俺は、刀を持った男に、思わず掴みかかってしまう。

そのため、すぐさま突き飛ばされてしまった。俺を突き飛ばしたその手で彼女の刀を持ち、男は抜こうとしていた。

 しかし、いくら抜き出そうとしても、刀は1ミリたりとも動かない。不思議に思った男は両手・片足を使ってみたが、それでも抜けなかった。

 大の男が抜けないなんて…どうなっているんだろう?

その光景に対し、俺は違和感を覚える。すると、感電したような音が周囲に響いた。

「痛てぇ!!!」

気が付くと、指を抑えながら男は痛そうな表情で刀から手を離していた。

その瞬間、俺は急いで男からミヤの刀を取り戻し、来た道を戻り始める。

全速力といっても、狭い路地裏ではあまりその速さを実現できない。今はとにかく、出来る限りの全速力で走ったのである。しかし、辺りを見回しながら走っていたので、途中で人とぶつかってしまった。

「ごめん!今ちょっと急いでるんだ!!」

「はぁ・・・」

俺とぶつかった人は顔こそよく見ていなかったが、長い銀髪が印象的だった。

その後、走りながら俺は考える。

さっき男が刀を抜こうとした時、黒い煙みたいなものが噴き出て・・・あれに感電したといっても間違いはなさそうだよな。でも、あの刀が手を離した原因だとすると、普通じゃないよな・・・

考え事をしながら走っていた訳だが、ここで悠長にしている暇はない。

「とにかく、ミヤを捜さなくては…!!!」

 “このままではミヤが危ない”と思うと、不思議と走る力が出てきた。

なんだか、トウケウ脱出前の猛ダッシュみたいだ・・・

そのような事を考えながら、俺はぜーリッシュの街を走り抜けていく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る