21.
哀愁を感じさせるピアノの響き。枯葉のようなチェロの旋律。二曲目はドビュッシーのチェロソナタを選んだ。三楽章を合わせても十一分ほどしかかからない曲なので通して演奏する。というよりも、この曲は三楽章通さなければ意味がない。一楽章『プロローグ』、二楽章『セレナード』、三楽章『終曲』というタイトルの構成になっている。
本来この曲は『さまざまな楽器のための六つのソナタ』という組曲のひとつ、チェロとピアノのために書かれたソナタという扱いになる予定であった。最もドイツ的音楽形式である四楽章構成の古くからのソナタ形式を避け三楽章構成にし、フランスの古典的組曲の曲数に合わせて書こうとしたのだと思われるが、作曲者であるドビュッシーが病床に着いてしまい、チェロとピアノのためのソナタを含めた三曲だけを残しあえなくこの世を去った。
ドビュッシーらしい和声の響きを存分に聴かせるこの曲は様々な演奏技法が見られる。
第一楽章全体を覆う憂いは高原の爽やかさを垣間見せる。ラン(ゆっくりと)に始まるピアノが第一主題を奏でる。それを受けたチェロのレチタティーヴォの後、荒々しくも細やかな音の羅列。次第に膨れ上がっていくピアノの和音をかき分け高原の風をまとい再度第一主題が歌われる。風が過ぎ去ると爽やかになびいていた草の生い茂る高原は息を潜め、細く細く響くチェロの旋律で第一楽章は閉じる。
視界は段々と目の前の暗闇に慣れてきた。彼らはいるだろうか。見渡したいが、そんな時間はない。一息深呼吸をし、すぐに第二楽章へ入る。
ピッチカートとピアノの短音で第二楽章は蠢くように、そして活き活きと始まる。幻惑へと誘われ、死者と踊るように曲は怪しく進んでいく。時にチェロはビブラートの儚げな一片を見せる。代わる代わる楽想記号により緩急と表現を指示される。アッチェル・ポコ・ア・ポーコ(少しずつ次第に早く)、モルト・リット(きわめて次第にゆっくりと)。そしてヴィヴァーチェ(活き活きと)になったかと思うとポコ・メノ・モッソ(少しそれまでよりゆっくりと)。惑わされ、誘われ、怪しげな舞踏は軽やかに流れる。
そのままアタッカにより途切れることなくロンド形式風の三楽章へ突入する。チェロのピッチカートから唸るような低音へ。儚げなパッセージが鳴り終わり、ハチドリの羽音のような音符の連続。ピアノからフォルテへ強弱は移っていき、森を抜け再び高原に舞い戻るようなフレーズ。そして情緒溢れる哀切の旋律が高らかに流れる。夢幻の戯れはどこまでも僕らを惑わし、居場所を蒙昧にさせる。
どうか、聴いていてほしい。哀愁のメロディーを。深く大きく息を吸いながら、満身で歌う演奏を。
ホール全体が見えてくる。渦巻く佳境の中、一人一人の表情が見えてくる。中央の席だ。三席。
大きく息を吸いこみ、華やかに高らかにチェロを歌い上げる。
けれど、僕が求める彼らの姿はそこにはなかった。
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