18.

本番一時間前になっても先輩は現れなかった。二週間前の最終打ち合わせ以来、互いに連絡を取っていない。本番へ必要な用件はすべて片付いていたし、当日の舞台配置やピアノの調律なども先ほど各業者が滞りなく終えた。潤滑にスケジュールを進められるのも事前の先輩の手筈のおかげだ。請け負った役目を真っ当する力は流石としか言いようがない。しかし、この場に責任者である先輩がいないのは緊急の事態に些か不安がある。いつになったら顔を出すのだろうか。

「もうすぐですね」

 僕が舞台の袖で突っ立っていると栞さんが声をかけてくれた。

 十分前にゲネプロを終えた僕らは来る本番へ暇を持ち余していた。ブラームスのチェロソナタ第二番を含む今回の公演は、一時間半ほどの演奏になる予定だ。開場は六時、開演は六時半。あと三十分もすれば、目の前の五百弱の座席にぽつぽつと聴衆が座り始める。

「緊張していますか」

「いいや。まったく」

「そうだと思いました」

「人前でチェロを演奏して緊張したことってないんだ」

「これまで一度も?」

「チェロを習い始めた時から一度も。舞台の真ん中へ歩み出てお辞儀して、あとは普段通りに演奏する。僕にとっては当たり前に出来ることなんだ」

 今回で六度目になるこの公演でも当然、緊張したことはない。

「私が伴奏でも緊張しませんか?」

「むしろ心強いさ、栞さんの伴奏なら。ゲネプロも完璧だった」

栞さんは頬を綻ばせた。

「良い公演にしましょうね」

「そうだね」

 そう。皆にとって、そして何より僕にとって、良い公演になることを願う。

 

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