12.

僕が泣いている。

周囲にはホコリひとつなく、一人大きな涙を流しながら幼い僕が泣いている。零れる涙は無垢に輝き、シャツの上に染みを残し消えていく。

僕は遠い場所から幼い僕を見ている。幼い僕は体育座りで小さなお尻を地面に着け、エンエンと泣いている。

景色に色はない。白一色なのか灰色一色なのか、無彩色に染まっている。

泣き声が響いていく。反響している。どこかに壁があるのだろうか。壁がなくても声は響くのかもしれない。

幼児が泣くときは満たされない時だ。お腹が空いているのか、大切なものを失くしたのか、一人で留守番をしているのか。幼い僕しかこの世界に存在しないせいでシチュエーションがまったく分からない。泣き声は収まらず、延々と反響していく。

ふいに僕の手元に大きなお弁当箱ぐらいの白いタッパーが現れる。いつの間にか僕は幼いもう一人の僕になっていた。

動悸が僕をかき乱す。

苦しい。

開けては駄目だ。

胸はむやみに膨らんでしぼみ、また膨らむ。

怖い。

このタッパーを開けては駄目だ。

中に、彼女がいるから。

開けたい。

中に、彼女がいるから。

白い体をぎゅうぎゅうに詰めて彼女がそこで眠っているはずだ。

あの日、あの湖で僕は彼女を見つけた。長い長い夜が明けた後、木の根っこの上で横たわっている抜け殻の彼女を見つけた。

ある時点で泣き声はハウリングを起こし、暴走する。マイクやスピーカーはどこにもない。泣き声がこの夢の世界の許容量をオーバーしたのだ。泣き声は変質し、形を変えながら響き続ける。反響し、増大し続ける。幼い僕が満たされることはない。そして、増幅。人の一生が直線であるならば、この幼い僕は始点に近い僕であるはずだ。けれど泣き声はもう既にハウリングしてしまった。これからずっと、泣き声は変質したまま響いていく。

僕はひたすら泣き続ける。


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