第27話



「ホームルームはこれで以上です。皆、気をつけて帰るのよ」

 出席簿を片手で持ちながら担任の先生が教室から出ていく。

 

 ホームルーム直後の放課後。まだ肌寒さを感じる今日この頃。周りは各々、親しい友人らと昨日のバレンタインの話でもちきりだった。


「お前ら昨日チョコもらえた!?」

「俺は一個も貰えなかった……」

「俺は貰えたぞ!!」

 と言う男子達がいれば。


「私、あの先輩に渡したら受け取って貰えた〜!」

「いいな! 私駄目だったよ〜!」

「あの先輩、人気だもんね。仕方がないよ」

 と誰に渡したかで盛り上がる女子達もいる。


 私はゆっくり背伸びしてから、教室を見回した。


 前に比べて、私に向けるクラスメイト達の視線が柔らかい気がする。昨日私と別れた後、春也と鈴蘭が私に対する誤解を解いてくれたおかげだよね。


 私はふぅ――と、息を吐く。


 今日は日直だからお礼言う暇なかったけど、明日こそは勇気出して言わなきゃ、ありがとう、って。


 考え事に夢中で背後から近づく足音に気づかなかった。右肩を軽く叩かれたことで我に返る。顔を上げて振り向いたら、梨子が立っていた。


「あ、梨子……」


 梨子は覗き込むように視線を変え、

「麻奈、日誌を書いて職員室に持って行きましょう。麻奈は家のことで色々やらなきゃいけないことがあるでしょうから……早めに終わらせましょう」

 左肩にかけた鞄の紐を整えていた。


 私は自然と微笑みかける。

「梨子、ありがとう。気遣ってくれて。そうだね、早く日誌を書いて日直の仕事を終わらせないとね」

 頷いてから椅子から立ち上がり、一歩横にずれると、椅子を机の下に押し込む。


 春也……。


 私は教室を見回し、春也の姿を探した。


 日直があるのは分かっているんだけど、どうしても春也の姿を探しちゃう。やらなきゃいけないことがあるのは分かっているのに……。


 分かっているけど、どうしても頭からこびりついて離れない。昼休みの時の春也の様子が。


 いつもの春也の反応じゃなかった。昨日はあんなに普通に接してくれたのに急に態度が変わるなんて、あのあときっと何かあったとは思う。だけど、他人のプライベートをズケズケと聞いていいのかな……。


 改めてもう一度見回すと、見つけた。いつもの席にまだ座っている春也が目に入った。気のせいかな。後ろ姿の春也はどこか落ち込んでいるように感じた。


 声をかけに行きたいと思いながら、春也と梨子をちら見する。

 どうしようか悩んだけど、今はやめておこう。日直の仕事がまだ残っているし、梨子を無視して春也に声をかけるなんて、駄目だよね。


 と、その時。

 ぽん、と軽く背中を押された感覚があった。

「気になるのであれば、話しかけてはいかがですか?」

 梨子はそう言ってくれたけど、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「でも、日直の仕事、やらなきゃだし……」

 なにより、今まで梨子の話を聞かずにないがしろにしてきたこともあって、どうしても梨子を無視したくない気持ちの方が勝っていた。


 と、いきなり梨子が、私の両頬を両手で包み込むように触れた。

「今は、私のことは気にしなくていいんです!」

 真顔で覗き込む梨子と、目が合った。


「大事なのは、麻奈の気持ちですよ!」


 私は目を見開いて、梨子を見つめていた。

「私の、気持ち……」

 梨子は「そうですよ!」と叫びながら、私の両肩を両手で掴んだ。梨子の気迫に、つい「うわっ」と情けない声を出してしまう。

「私のことよりも、麻奈が自分がどうしたいかを考えるべきです。それに、早くしないと春也君、部活に行ってしまいますよ! 話しかけられずに終わっていいんですか!?」

 その言葉に、私は眉間にシワを寄せた。

「それは、いや……」

「だったら、尚更です。今これがやりたいと思ったら今やるべきです。早く春也君の元に行ってあげてください」

 私は「うん、そうだね」と、何度も頷いていた。

「そうだよね、今できることをやらなきゃだね!」


「そうですよ、日直の仕事はそれほど多くないので時間がかかりません。日誌を書いて職員室に届けるだけですし……麻奈は先に春也君に話しかけに行ってください。これは貴方にしかできないことです」


 梨子は優しく微笑んでくれた。陽だまりのような優しい笑顔に、私は救われた気分になった。

「ありがとう、梨子。ちょっと春也に話しかけに行ってくるよ」

 梨子に、笑顔で返し、頭を下げた。そして、駆け足で春也の席まで近づいた。


 恐る恐る覗き込むように、

「あ、あの……春也?」

 背後から話しかけてみたけど、無反応。あれ? 私、声……小さかった? 反応薄いんですが。

 私の声が小さくて耳に入らなかったんだよ、きっと。うん、きっとそうだ。もう一回チャレンジだ。

「は、春也! あ、あの! 少し、いいかなっ!?」


 ようやく私の声が届いたみたいで、春也は勢いよく振り返る。私を見つめている時の表情は、いつもの明るい表情ではなく、どんよりと暗い顔だった。

「何か用か? 部活に行かなきゃいけねえんだけど」

 目線を逸らした春也。これ以上話しかけないでくれ、そう言っているかのようだった。


 私は首を横に振る。

「ううん。な、なんでもない。急に話しかけて……ごめんね」

 私の言葉に、春也は鞄を手に取りながら「そうか……」と呟く。何も言わずに私を横切り、そのまま教室を出て行った。私は春也の後ろ姿を目で追う。


 やっぱりそうだ……春也の様子が昨日の時とあまりにも違う。何だかふさぎ込んでいる感じがした。昨日何かあったんだ。今度は私が春也の力になりたい。でも、関わらないでくれって言いたげな雰囲気出していたから、近づこうにも近づけない……。


 私がため息を吐いた時、梨子が近寄る。

「麻奈? 春也君とお話しなくて……良かったんですか?」


「うん、今はやめておく。そっとしておいた方がいいのかも。おしゃべり出来る雰囲気じゃなかったし」

 梨子が心配そうな声色で「麻奈……」と一言呟くのが聞こえた。

「また明日、声をかけてみるよ。今は日直の仕事が先!」

 私が笑顔を向けると、梨子は納得した顔で頷いた。

「わかりました。そういう事なら、日直の仕事を終わらせましょう」

「うん、日誌を書くんだったよね」

 私は日直が書く日誌を探し回った。その結果、教壇の上に置かれている日誌を発見。手に取ると、日誌を書くため、自分の席に戻った。

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