第26話
梨子の言っていることが理解できなかった。一言で言うと、頭の中に入っていない。
――嫌がらせの犯人…………実は、私なんです。
梨子が嫌がらせの……犯人? そんなはずはない。私が嫌がらせされた時、自分のように怒ってくれたあの梨子が…………犯人だなんてありえない。
「梨子……嘘、だよね? 嫌がらせの犯人が梨子だなんて……」
喋っていてもわかる。自分の声が震えていることを。私の心中は渦巻きのように動揺の渦が渦巻いていた。
嘘だと言って。違うと。私じゃないって言って、梨子。
「嘘ではありません。私が全てやりました。掲示板の貼り紙も、ブログの炎上コメントも全て……」
私の思いとは裏腹に、梨子は認めた。自分がやったと。そんな……そんなことって。
信じたくない。でも現実に梨子が自白して認めてしまっている。
「どういうこと? なんで嫌がらせなんか……」
私の質問に、梨子は「――――だって」と一言。
「私だって好きだった……春也君のことが、好きだったんです」
思いもよらない言葉が耳に入った瞬間、私の思考が完全停止した。
えっ……。
梨子も、春也が……好き、だった?
「麻奈よりも先に好きになったのに……入学した時からずっと好きだったのに、春也君は私よりも麻奈を選んだ……それが許せなかったんです」
知らなかった。全く気が付かなかった……梨子も春也のことが好きだったなんて。それも入学した頃からずっと好きだったなんて……初めて聞いた話だった。
「どうして、どうして相談してくれなかったの? 言ってくれたら……」
私がそこまで言った時、梨子が鬼の形相で睨みつける。
「何が『相談してくれなかった』ですかっ!! 私の話、ちっとも聞いてくれなかったじゃないですか!!」
「えっ……り、梨子?」
「私だって、親友だと思っていたあなたに相談したくて何度も声かけて話を聞いてほしいって言いました。でもっ!! 忙しいからまた後でねって言って後回しにしていったじゃないですか! それに話は何か聞こうともしなかった」
梨子の声色から伝わってくる、私への怒り。梨子の話でハッと思い出した。
そうだ、梨子は何度も私に相談にのってほしいって話しかけれたことがあった。でも、忙しいからと理由をつけてまともに相手にしなかった。
あぁ……梨子が嫌がらせをしたのは、全部、私のせいだったんだ……。
「それでも……何度も相談しようと試みたんですよ。けどその前に、あなたが『春也君を好きだから応援してほしい』って言ってきたから! それで気がついたんですよ……あなたは自分のことしか考えていない女なんだって。私の話なんて聞く気がないだって気がついたんです。そう思ったら腹立ってきて……だから、嫌がらせすることに決めたんです」
梨子の言葉を聞いた瞬間、私はハッとする。
「まさか! 周りの人たちがコソコソ噂話していた原因って……!」
「そうですよ、全部、私が裏から噂話を流していたんです。もちろん、麻奈を呼び出して嫌がらせするよう仕向けたのも私です」
「そんな、そんなことって…………!」
「だって不公平じゃないですか。私がどんなに春也君を好きになっても、春也君が好きなのは麻奈の方。口喧嘩しながらに両想いだなんて……許せないじゃないですか! 私だけ蚊帳の外だなんて!」
「梨子……!」
あぁ、バレンタイン当日に梨子が言った言葉の意味がようやく分かった。私は自分のことしか考えていなかった。親友が何度も相談してくれようとしたのに話を聞こうなんて考えてなかった……。
――なんて馬鹿なんだ私は……!
「だから嫌がらせするなら、精神的に追い詰めたほうがいいって考えて、最初は麻奈の悪口や噂を流して広めまくったんです。苦しめばいいんだって……そう思いながら」
「梨子、私は……!」
謝りたい……梨子を変えてしまったのは自分のせいだ。私がもっと真剣に話を聞いていれば……!
「最初は怒りで頭がいっぱいで何が間違いかなんて考えてませんでした。昨日も麻奈への嫌がらせ考えてました。ですが……春也君と紫藤さんに呼び出されて、二人とお話して……嫌がらせしようとする考えそのものが間違いだったんだと分かりました」
「呼び、出された……? あの二人に?」
どういうことだろう。呼び出されたって。よくわからないけど、分かるのは梨子と春也と鈴蘭の三人が話し合ったということくらい。
「麻奈が昼休み帰った後……しばらくしてから春也君が戻ってきて、十分休憩のときに声をかけられたんです。最初は嬉しくて話を聞いていたら放課後に中庭で紫藤さんと待っているって……聞きたいことがあるって言われて気が付きました。春也君はもう私が犯人だと知っているんだなと」
「梨子……」
「それで放課後中庭に行ったら二人が待っていました……見物人が大勢集まっていましたが。まぁ、それはともかく。到着して早々、紫藤さんに問いかけられたんです。『あなたは麻奈さんのどこをみてきたのですか? 相手してくれなかったといって、嫌がらせをして麻奈さんを陥れようと考えているあなたの考えは正しいのですか?』って言われてハッとしたんです。卑屈な考えに陥っていたことに気がついたんです。麻奈……ごめんなさい」
「梨子……!?」
私が顔を上げたときには、梨子は大粒の涙を流していた。
「私が全部間違っていました。やりすぎていたのは分かっていたんです。分かっていたのに、麻奈のせいにして誤魔化してました。本当に……ごめんなさい」
梨子……、梨子……!
涙を流す梨子の姿を見て、私の思いが溢れて風船のように弾け飛んだ。
「私の方こそごめんなさい……! 梨子のサインに気がつくべきだったのに……時間言い訳にして相手にしようとしなかった私の責任だよ! 苦しい思いをしていたのは梨子の方なのに……!」
気がつくと、私の目にも涙がこぼれていた。止まることなく、溢れ出てくる。
「気がついてあげれなくて……相談にのれなくて、ごめんね」
「麻奈……ごめんなさいぃ!!」
梨子が大泣きした時、屋上の扉が勢い良く開かれたと思ったら――――なぜか花梨が立っていた。ふくれっ面な顔で。
もう一人の親友の登場に、「花梨!?」と私と梨子の声がハモる。
「なぜあなたがここにいるんです?」
「そんなことはどうでもいいの! それよりも、梨子!」
ビシッと梨子を指差してにらみつける花梨。
「今すぐ私の前に正座しなさい! 言いたいことがあります!」
花梨のいつもと違う雰囲気に、私も梨子も呆気にとられていた。
「ノーとは言わせないよ! 今すぐ、ここに、座りなさい! これは命令です!」
ええぇぇっ……なんか花梨さん、めちゃくちゃ怒ってません?
「いきなり乱入したかと思えば…………まさか、あの後ついてきたのですか?」
呆れた顔で立ち尽くす梨子に、「いいから早く座るの!」と花梨はつっぱねた。
「言っておくけど……私、ものすごーく、怒っているんだからね! これから梨子は説教タイムだよ!」
梨子は腑に落ちない顔で花梨の前に正座する。そして、恐る恐る顔を上げた。
「わっ……私、花梨を怒らせるようなことをしたことありましたか……?」
「したよ! だって大事な友達である麻奈を苦しめたじゃない!」
梨子が勢い良く見上げて、花梨を見つめる。
「……っ!! 花梨、あなた…………さっきの会話を聞いていたのですか?」
「そうだよ、聞いていたよ! 話を聞いていたから、怒っているんじゃない!」
花梨の言葉で、梨子の表情が暗くなっていく。
「私は……」
「梨子! 言いたいことっていうのはね、やっていいことと悪いことがあるってことだよ! 梨子を相手にしなかった麻奈にも責任はあるけど、だからといって裏でコソコソ嫌がらせするなんて間違ってる! そんなことするくらいなら、どうして放課後とかみんなで帰る時に話してくれなかったの!? 話すタイミングは昼休みだけじゃないよ! いくらでも話すタイミングは考えれば見つかるんだよ!!」
「…………!! 花梨…………!」
「どうして、私には相談しなかったの? 私だって梨子と麻奈の友達だよ!」
「ううぅ……ごめんなさい。花梨、ごめんなさい!」
すすり泣く梨子に、花梨はそっと近づきしゃがむ。
「私も麻奈も梨子に嫌がらせされたくらいで梨子を嫌いになんてならないよ」
花梨の言葉に、私は続けて言った。
「そうだよ、梨子。そう簡単に三人の友情はゆらがないよ。だから…………改めてお友達になろう、梨子」
私の提案に、梨子は目を見開いて「麻奈……!?」と私に目を向けた。
起きてしまったことを責めてもしょうがない。それよりも私はもう一度、梨子と友達になって新しく関係を築き直したい。
「うん、私も梨子と改めて友達になるからね!」
あぁ……花梨も思いは同じなのね。
私と花梨の言葉の意味に気がついたみたいで、また泣きそうな顔になる梨子。
「花梨……!? 二人ともありがとう、ございます……!!」
今日初めて、梨子の笑顔を見た。
*
五限目の授業が始まる十分前。
泣きすぎて目が赤く晴れた梨子を連れて、私は自分の教室に戻ってきた。教室に入った直後、梨子から名前を呼ばれる。
「麻奈、私達は日直です。先生が来る前に日直の仕事はきちんとこなしておきましょう」
二文字のワードを聞いた瞬間、やるべきことを思い出す。
――あぁ、そうだった! すっかり忘れてた!
「そうだね、ちゃんとやらないと駄目だよね」
私は頷くと、梨子と二人で黒板の文字を消していく。黒板消しでチョークの文字を消すのはいいけど、粉が舞って苦手なんだよね。
ものの二分くらいで全部を消し終わった。
「梨子、あと日直でやることあったかな?」
「もうすぐ先生が来ますし、今はありませんよ」
「わかった。ありがとう、梨子」
……と、駆け足してくる音が大きくなってるなぁと思っていたら。
「間に合った……!」
「春也!?」
私は思わず叫んでいた。
息切れ切れで教室に現れたのは、昨日病院でお世話になった春也だった。めずらしいな。いつもはこの時間、教室に居て次の授業の準備しているのに……。
春也が自分の席についたところで、意を決して「ちょっといいかな……?」と声をかけてみた。
「は、春也……昨日はその…………あ、ありがとう」
春也はいきなり声をかけられてびっくりした表情で顔を向けた。しばらく考え込んでから呟く。
「いや別に……俺は大したことはやっていないから……」
春也の間に、私は一瞬「んっ?」と首を傾げていた。
――あれ? 昨日と表情が、違う? 何かあったのかな……?
もう一回声をかけようとした時、チャイムが鳴り響き、五限目の授業が始まったことを知らせる。
「授業始めるぞー」
先生が教室に入ってきたところで、私は仕方がなく自分の席に戻るしかなかった。
なんで春也の表情が浮かない顔をしているんだろう。
放課後にもう一回話しかけてみよう、そう思った。
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