第23話
「どちら様です?」
お母さんは春也の存在にようやく気がついたみたいで、驚いた顔で春也を見つめていた。
「俺は、あなたの息子さんから『お母さんの教育がひどくて辛い』と相談されていました」
春也の言葉に、お母さんは絶句していた。
「――――!? まさか!? そんなはずは……」
お母さんが秋夜の悩みを知っているはずがない。まぁそもそも、本人に相談するなんてしないよね。お母さんはここで初めて、秋夜の悩みを知った……。
「俺は思います。あなたのやり方は本当に秋夜のためになるのかと」
「部外者に何がわかるんです! あの子は喜んでやってくれてるわ!」
いや、秋夜は喜んでやってない。お母さんの行き過ぎた教育に嫌気がさしているんだから。だから春也に相談していたくらいだし。お母さんは秋夜の気持ちを全くわかっていなかった……。
「
す、鈴蘭……? 急に何を……?
「小春さんの様子を拝見して一つわかったことがあります。私のお母様に雰囲気が似ておられますわ」
えっ、鈴蘭の……お母さん? 私のお母さんが鈴蘭のお母さんに似てる……?
どういうこと? 全く意味がわからないんですけど。
お母さんも「何を言っているの、この子は」って言いたげな目で鈴蘭をまじまじと見てるし。
「私のお母様は自分が絶対正しいと思って行動なさっています。小春さんもそうではなくて?」
鈴蘭の持論に対し、お母さんは「そんな訳ないでしょう!」と反発する。
「いいえ、小春さんはご自分が正しいと考え行動なさってます。それに、秋夜君を天才に育てたいのは……ただ単に秋夜君を天才に仕立てることでご自分が有名になりたいのではなくて?」
「――――!!」
お母さんの顔色が一瞬変わる。
お母さんの表情などお構いなく、鈴蘭は淡々と話を続ける。
「先程、麻奈さんのお話を伺って確信致しました。麻奈さんの時もわざわざテレビ局の番組に乱入なさったほどですから」
うん、私もなんとなくそうじゃないかと思ってた。
あぁ、さっきの言葉はそういうことだったのね。
「それほどまでにご自身が大事なのですか? テレビに映って有名になることが大事なのでしょうか?」
「そ、それは…………!」
黙り込んでいた春也が再び口を開く。
「小春さん、天才を育てたい気持ちはわからなくもないですが、秋夜がどう思うかが一番大事じゃないですか?」
お母さんは何も言い返せないのかしゃべらなくなる。
鈴蘭がトドメの言葉を言う。
「家族をバラバラにしてまで秋夜君を天才に育て上げたいのですか? 家族の心がバラバラになってあなたは満足なのでしょうか? 私には理解できかねませんわ」
「私は…………」
お母さんの表情は沈んでいた。さっきまでの勢いはどこにいったんだろう。って言いたいぐらいの落ち込みよう。
その時――――。
「春也君、紫籐さん、二人共ありがとう。麻奈、二人を連れて病室を出たら廊下で待っていなさい。ここから先は、お父さんとお母さん、二人だけで話し合うから」
お父さんは静かに微笑んだ。多分、お母さんがやっと落ち着いて話し合える状況になったからだと思う。
後はお父さんに任せよう。
「うん、分かった。廊下で待ってるよ。二人共、行こう」
私は春也と鈴蘭に声かけると、二人は同時に頷いた。
「あぁ、分かった」
「かしこまりましたわ」
私は二人を連れて、一旦、病室を後にした。
*
病室を出た瞬間、すすり泣く声が聞こえてくる。右側を向いたら、扉の横にある椅子に座った秋夜が涙をこぼしていた。
「秋夜、大丈夫か?」
春也が心配そうな顔で秋夜に近づく。
秋夜は顔を上げたと同時に、大粒の涙を流して、春也に抱きついた。
「ハルにぃ〜!」
春也は悲しげな目で「秋夜……」とつぶやいて、秋夜の頭を優しくなでてくれた。
私は秋夜に声をかけようとした時だった。
「私のやり方は間違っていたのかしら……」
この声、お母さんの声……!! 病室からだ!
病室の会話が漏れて、廊下にいても聞こえてくる。
「天才にしたい気持ちはわかる。けれど、子どもたちの心をバラバラにしてまで行う教育は間違っているよ。君が良くても、子どもたちの心が離れては元も子もないだろう?」
お父さん……。
「私は思い通りに子どもたちを動かしたかっただけなのね……」
「秋夜にばかり目を向けているようだけど、麻奈も僕たち夫婦の子供だ。君は気がついていないけど、あの子はいい子だよ。麻奈なりに家族のことを考えてくれている優しい子だ。麻奈にも目を向けてみたらどうだい?」
「全部、私が間違っていたわ……天才に育て上げることよりも子供の笑顔が宝物だったはずなのに……!」
お母さんの……すすり泣いている音が廊下にも響いてくる。
「子どもたちに謝れるなら謝りたい……一からやり直したいわ」
「時間はかかるだろうけど、やり直せるさ。謝らないでそのまま続けるより、きちんと謝ってそこから新しく親子の関係をやりなおす方がずっといいよ」
春也と鈴蘭の言葉はちゃんとお母さんの心に響いたのね……。自然と私の目に涙が溜まっていた。
「秋夜……」
と私が声をかけたら、秋夜は振り向いて頷いた。私が何が言いたいか分かったんだと思う。
私は深呼吸して落ち着かせてから、春也と鈴蘭に声をかける決心をした。
「あ、あのっ、春也と紫籐さん」
私の声に気がついたみたいで、二人共、私に視線を向けた。
「二人のおかげでお母さんと和解できそうだよ……その、ありがとう……ございます」
ぎこちなく、二人に頭を下げた。
秋夜も春也から離れて、「ありがとうございます」とペコリと頭を下げた。
私が頭を上げると、春也と鈴蘭は微笑みながら私を見つめていた。
「なんとかなりそうで良かったよ。麻奈の母親のこと、秋夜から聞いていたからさ。話を聞いてもらえるか心配だったけどな」
「ともかく、お母様と和解できそうとのこと、それならもう大丈夫そうですわね」
ありがとう……二人共。
「二人がいなかったら、あの人はきっと話を聞いてはくれなかった……春也と紫籐さんの言葉があったからお母さんの心に響いたんだと思う」
「ハルにぃ、鈴蘭おねーちゃん! 本当に、ありがとう!」
秋夜は涙目になりながらも、春也と鈴蘭にニカッと満面の笑みを見せた。
「麻奈、秋夜。ちょっといいかい、お母さんが二人に話があるそうだ」
お父さんが病室からひょっこり顔を出して、そう言った。
「うん、わかった。今からいくよ」
春也が「麻奈」と私の名前を呼ぶ。
「じゃあ、俺らは学校に戻るよ」
「授業を抜け出してしまったので……間に合うかはわかりませんが戻ります」
鈴蘭は丁寧にお辞儀した後、春也と二人で立ち去った。
ありがとう……。
「とてもいい子達だね。いい友達を持ったね、麻奈」
と、お父さんが微笑みかける。
「いや、友達とかそんなんじゃ……」
私が言いかけたところで――――。
「わかった! ハルにぃとは友達以上の関係なんだね」
「アホ! んなわけないでしょ!」
はぁ……やれやれ。毎度毎度、私を冷やかすんだから困ったもんだ。
「麻奈、秋夜……そろそろ」
お父さんの掛け声で、私と秋夜はお母さんの病室へと入っていく。今度こそ、お母さんとゆっくり話し合いできる。
私の心配事が一つ解消されようとしていた。明日学校に行ったらあの二人に改めてお礼を言おう。そう、強く思った。
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