第20話

 いよいよ、告白の時――――!


 場所は学校の中庭。時刻は昼の一時すぎ。中庭が一番賑わう時間帯だ。

 私は中庭の中央で、紫藤鈴蘭と共に、春也の前へ移動した。私と鈴蘭の両手には、それぞれ自分達で作ったチョコを持っている。勝負に決着をつけるために。二人同時に告白してチョコを差し出した時、春也の好きな人が分かる。

 目の前にいる春也は、何をするつもりなんだ、と言いたげな顔で首を傾げていた。春也と一瞬だけ目が合った瞬間、私の胸が締め付けられたかのように息苦しくなった。


 本当に、これでいいのかな。こんな決着のつけ方で私は納得できるんだろうか。


 私の中には不安しかない。いや、不安だけが溢れまくっている。だからといって今更後悔しても仕方がない。

「麻奈さん、準備はできておりますか?」

 鈴蘭に笑顔で聞かれ、私は悩みながらも「大丈夫よ」と一言だけ答えた。


 覚悟を決めなきゃ。悩んでいてもしょうがないよね。ここで告白できなかったら、この先一生、春也に告白できないかもしれないんだし。素直にならなきゃ。


 私が深呼吸をした時だった。突如、野次馬が騒ぎだし、その野次馬の中から、

「ここで何集まっているんだ! 道を開けろ!」

 聞き慣れた男の人の怒号が飛び交う。この声……たしか担任の声だ。野次馬を掻き分けながら、私のクラスを担当している先生が私の名前を叫んだ。

「三河! ここにいたのか! 探したぞ! 生徒らに聞いたら中庭にいると知って来てみたら……一体なんの集まりだ!」

「あ、あのこれは……」

 私はなんと答えればいいか言葉が出なかった。どうしよう、これは説教コースかな。

「ちょっとした余興ですわ。それよりも先生、三河麻奈さんにご用があったのではございませんか?」

 鈴蘭の言葉に、先生は思い出したようにハッとする。

「そうだ、こんな話している場合じゃないんだ!」

 はぁ、なんとか切り抜けられて良かった。そういえば、先生が私に用事があるって。あれ!? どのみち状況何も変わってない!?

 なんて思った矢先、先生が口を開いた。


「三河、落ち着いて聞けよ。三河のお母さんが倒れて病院に運ばれた」


 突然の出来事に、私はもちろんその場にいたほとんどの人たちが驚きと同様の声を上げた。

「えっ、お母さんが…………倒れた?」

 想定外の内容だった。まさかあのお母さんが倒れた? 何が原因で? どうしてそうなったの?

「倒れた原因など詳しいことはまだわかっていないそうだ。急いで麻奈を早退させて病院に向かわせてほしい。三河のお父さんからそう連絡が入った」

 お父さんがわざわざ学校に連絡を入れてくるなんてよほどのことだ。

「わかりました。今すぐ病院に向かいます」

「運ばれた病院は『神埼病院』だ。授業はいいから早くお母さんの元へ行ってあげなさい」

 先生の話を聞きながら、ふと懸念を一つ思い浮かべた。


 でもそうなると勝負はどうなるんだろう。私の負けになるのかな。


 恐る恐る鈴蘭の顔に目を向けたら、鈴蘭は優しい笑顔で私を見ていた。

「こちらのことはお気になさらず、早くお母様の元へ向かってくださいな」

 そして、私の耳元で「勝負は一旦おあずけですわね」とつぶやく。私は小さく「ごめんなさい」と謝った。

 視線を戻したら、心配そうな春也の顔がハッキリと視界に映った。こんなに心配そうな顔で見つめる春也、初めて見た。

「麻奈、お前大丈夫か?」

 春也の声が耳に入った瞬間、ドキリと高鳴る鼓動。

「だ、大丈夫にきまっているじゃない! 何言ってるの! 気にしないで」

 私は春也と鈴蘭に深々と頭を下げると、早退の準備をするため、再び野次馬の中へと飛び込んでいった。



      *



 昼休みが終わる頃、私は荷物を持って二年生の下駄箱までやってきた。病院に向かう準備をするため、急いで中庭から教室へひとっ走り。鞄を持って教室から下駄箱に来たのはいいものの、結局勝負はお預けになってチョコ渡せず仕舞い。

 それに母親が倒れるなんて……一体何があったんだろう。心配だなぁ。

 思わずため息を吐いた。

「結局、モヤモヤだけが残っている感じだなぁ」

 外靴に履き替えるため、上履きを脱ごうとした時だった。

「麻奈!」

 振り返ると、鞄を持って私の方に向かって駆けて来る春也の姿があった。

「春也!? なんでここに!? 授業はどうしたのよ!」

 まさか春也が下駄箱に来るとは思っていなかった。なにかあったのかな。

「お前が心配で、適当に嘘ついて早退してきた」

「はぁぁ!? 早退!?」

 わ、私のことが心配で!? ど、どういうこと!?

 私が内心戸惑ってかける言葉を考えていると、

「容態がどこまで悪いか心配になってな。それに麻奈の母親って、麻奈の弟に接する時と麻奈に接する時じゃ態度違うだろう? だからまたお前に興味なさそうな感じで冷たい態度とるんじゃないかって、いろいろと心配が積もってな」

 春也は私を見つめながら神妙な顔で話した。

「えっ……どうしてそれを」

 どうして、あの人の性格を知っているの? 春也とは口喧嘩して結局仲直りするけど、あの人のことは一度も話したことはない。なのに春也は知っている。もしかして、誰かから聞いたのかな?

「それは、麻奈の――――」

 春也が言いかけたところで、女子生徒の声で阻まれた。


「春也くぅん、三河さんの心配なんて無駄よ、無駄!」

「そうそう! どうせ勝負に負けて帰りたくなってわざとお母さんが倒れたなんて嘘ついたのよぉ」

「絶対、自作自演よ! 心配なんてする必要ない!」


 勝手なことを言いふらすこの女子三人組、確か、鈴蘭……ミュゲ様を崇拝しているミュゲ様ファンの三人だ。これこそ一体なんの用だろう?

「というか、なんで春也君もついていくの? 訳がわからないんだけど〜」

「そんなにミュゲ様に負けたのが悔しかったのぉ? そりゃそうでしょー。というかミュゲ様が勝負に負けるなんてありえないもの!」

「そうよ、あんたみたいな女がミュゲ様に勝負を挑もうなんて百万年早いのよ!」


 ……えーと、まさかこの三人、このことを言うためにわざわざ来たの?


「ミュゲ様と比べて勝てることなんてあんたにある訳ないでしょ」

「そうそう、そもそも美人でもない女に春也君がなびかないって」

「ぴーちく喚き散らす女なんて誰も構わないわよ」

 言いたい放題言い散らす三人組の対処はどうしたらいいのかな。横で春也が鬼の形相で三人組を睨んでいるけど、三人は全く気が付かない。

「所詮、三河麻奈なんて――」

 私が反論に困っているのをわかっているのか、どんどん言葉がエスカレートしている。うん、このまま黙って見ていられない。自作自演なんて冗談じゃない。腹立つ、さすがに反論してやるわ!

 と、思った瞬間。

「それをおっしゃるなら、あなた方も同じだと思われますが」

 優雅な微笑みで歩いてくるミュゲ様。でも目が今まで一番怖い。私でもわかる、めちゃくちゃ怒っていると。

 今まで私を嘲笑って小馬鹿にしていた三人はまさかミュゲ様が登場するとは思っていなかったみたいで、三人同時に無口になっていた。


「一体なんの権利があって三河麻奈さんを侮辱し続けるのです? 誰が自作自演とおっしゃたのです? 私におっしゃってみてくださいな。誰が、なんのために、麻奈さんを苦しめるのかを」

 ミュゲ様ファンの一人が恐る恐る発言する。

「ミュ、ミュゲ様……あ、あの私達はミュゲ様のために…………」

「そ、そうです……三河麻奈がミュゲ様に勝負を挑むから……」

「ミュゲ様のことを思って……あの……三河麻奈に制裁を下しただけです」

 三人が言い放つ苦し紛れの言い訳に、ミュゲ様の眉間に深くシワが寄った。そして。


 ――パンッ、パンッ、パンッ。


 三人に対し、ミュゲ様が一人ずつビンタした。思いっきり力を込めたみたいで、三人の右頬が赤く染まる。ミュゲ様の制裁に、三人は呆然とミュゲ様を見つめていた。

 ミュゲ様は数秒経ってから口を開いた。

「貴方がた……他人を馬鹿にするのもいい加減になさい!! 麻奈さんを馬鹿にすることがわたくしのためだとおっしゃるのですか!! 麻奈さんは今お母様が倒れられて大変な状況下にあるのですよ!! それなのに親の不幸を馬鹿にするとは何事ですか!! 不謹慎にも程がありますよ!! 恥を知りなさい!!」

「ひいぃ……!! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 三人組は半泣き状態で怯えていた。

 いや、ミュゲ様、怒ると怖い。怖すぎます。怖すぎてかける言葉が見つかりません……。

「これから私のファンの名乗ることを許しません! 他人を小馬鹿にし続ける方はお断りですわ! それがわかったら今すぐ自分たちの教室にお戻りなさい!!」

「も、申し訳ございませんでしたぁ――――!!」

 ミュゲ様にファン剥奪されたことがよほどショックだったみたいで、三人は大泣きしながら走り去って行った。

「はぁ、助かった……!」

 私がつぶやいたと同時に、鈴蘭が深く頭を下げる。

「麻奈さん、申し訳ございません。大変な時にファンの皆様がご迷惑をおかけしてしまって……」

「だ、大丈夫よ! 気にしないでよ!」

 ホントは全然大丈夫じゃないけどね。

「そうでございますか……」

 そういえば……一つ気になったことがある。

「紫籐……さん、はどうしてここに…………?」

 うぅ、鈴蘭に自分から話しかけたことないからぎこちなくなってしまった。

 鈴蘭は私のぎこちなさを気にしていないのか、にこやかに答えた。

「私は麻奈さん、あなたをお迎えにあがりましたの」

 迎えにきたという言葉にひっかかりを感じ、鈴蘭が風紀委員ということを思い出す。

「へっ……? どういうこと? まさか、また風紀委員会……!?」

 けど、私の予想は大ハズレ。鈴蘭は苦笑しながら首を横に振った。


「そういうことではありませんわ。麻奈さんのお母様がお倒れになられて病院に運ばれたとお聞きした時、あのあとすぐ自宅に電話かけたんです。至急、迎えの車を用意させるようお願いしましたの」


 迎えの車を用意した!? あの十五分の間に!?

「それってつまり……」

「麻奈さんを神埼病院までお送り致しますわ」

「あっ、ありがとう……!!」

 自然と感謝の言葉を発していた。心の底からの感謝だった。神埼病院までどうやっていこうか悩んでいたから、病院まで連れて行ってくれるのはありがたい。

「勝負が中途半端に終わってしまったことは残念ですが…………私も心配なんです。麻奈さんのお母様が……。なので私も付き添ってよろしいですか?」

 真っ直ぐに見つめる鈴蘭。横で心配そうな目で私を見続ける春也。二人は本気で心配してくれている。そう感じた時、私は決意する。

「わかった。春也、紫籐さん。付き添いお願います」

 二人が来てくれたら、あの人の心も変わるかもしれない。淡い期待を胸に抱いていた。

 私の言葉に、二人は同じタイミングでうなずいた。

「これ以上時間をとったらまずい、急いで向かおう」

「迎えの車はこちらですわ」

 私は母親が運ばれた神崎病院に向かうため……急いで靴を履き替えると駆け足で校舎を出て行った。

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