第19話
昼休みに突入した、二年一組の教室。
今日の給食を完食した私は箸を箸箱に入れ、両手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
椅子から立ち上がって給食のトレーを両手で持つと、片付けに行く。鈴蘭との勝負があるから、遅れないよう中庭に行かないと。
手早くトレーを片付けた後、壁掛け時計を見た。時間は十二時半。
少し余裕があるから梨子とお話ができるかも。なんで朝から無視するのか聞いておきたいし。
私は梨子の席を確認する。梨子は既に食べ終わっていて、トレーも片付けられた後だった。今ならいける。早足で梨子の席に近づいた。
「梨子……ちょっと話があるの……いいかな?」
声をかけてみたけど、梨子は無反応。朝と変わらず、目を合わせてすらくれない。それでも諦めきれない私は話を続けた。
「どうして朝から無視するの? 何か理由あるなら話して」
直後、梨子がちらりと私に顔を向けてくれた。良かった、今回は無視されなかった。
なんて、安心したのもつかの間。
「麻奈って……いつも自分のことしか頭にないんですね」
梨子はそう言い放ち、冷ややかな目で私を睨んでいる。いつも話す梨子の顔つきじゃない……。
「梨子……? いきなり何を言っているの? そんな訳ないじゃない」
自分の声が震えているのがわかって、自分でも動揺していることを感じた。
「これ以上、麻奈と話しても時間の無駄です。何も話す気ありませんから」
再び目線をもとに戻す梨子。本当に私と話す気はないみたい。
このまま梨子の近くにい続けても仕方がないと思い、私は一度自分の席に戻った。
一体どうしちゃったの、梨子。今までこんなことは一度もなかった。ましてや、私が声をかけても無視するとか、態度がそっけないとか。昨日まで声をかけても普通に会話したし、態度がそっけないなんてなかったのに……それなのに、聞いてもまともに答えてくれないなんて。
私は梨子と春也を交互に凝視した。
今すぐにでも梨子と話がしたい……でも、早くいかないと不戦勝になってしまう。梨子があそこまで変わるなんて何か理由があるはず……だからといって、一度引き受けた勝負を投げ出す真似はできない。
どうすればいいの――――私は思わず歯ぎしりを立てた。
「麻奈、どうした? 中庭に行くんじゃないのか?」
突如私の耳に入ってきた春也の声で、私の意識は現実に引き戻された。
「は、春也!? いつの間に!?」
「ずっと悩んだ顔で突っ立ている麻奈が気になってな……一向に動こうとしないから、これは俺から声をかけた方がよさそうだなと思ったんだよ」
「そ、そうなの……」
「悩んでいる暇があったら、早く行かないと待ち合わせ時間に間に合わなくなるぞ」
「わ、わかっているわよ! い、今から行こうと思っていたところよ!」
「そうか……それならいいんだが。遅れると相手に申し訳ないからそろそろ行くぞ」
春也はそう言うと、歩き始めた。
「あ、春也……! 待ってよ!」
私はかばんからチョコが入った紙袋を取り出すと、慌てて春也の後ろをついて行った。
*
教室を出てから数分。私は春也と廊下を歩いていた。二人並んで歩くなんて、だいそれたことはできず、春也から二歩下がったところを歩く。チラリと春也の背中を見て、私の鼓動が高鳴る。
初めてかも……春也と二人で歩くなんて。どうしよう、めっちゃ嬉しすぎる。
口喧嘩ばかりで、一緒に歩くことなんて今までなかった体験。自然と口元が緩んでいく。春也と一緒に歩けることに喜びを感じつつ、同時に中庭でのことに不安が渦巻いていた。二つの感情が入り乱れ、私を苦しませる。私に告白なんてできるのだろうか……今まで本当の気持ちを伝えられなかったのに。
ため息を吐いたところで、刺々しい視線が突き刺さる。周りを見なくてもわかってしまう。この視線の正体はおそらく廊下に立っている女子達だ。私と春也が一緒に歩いているのが気に食わないんだと思う。
うぅ、余計に歩きづらい……。
周りを見てしまうと女子達の嫉妬に耐えきれなくて完全に心が折れてしまいそう。麻奈、周りを見てはいけない! 気を確かに持つんだ!
気持ちを落ち着かせるため、私は一度深呼吸をする。けれど、呼吸を整えて間もなく周囲の声が漏れてきた。
「うわっ、三河麻奈よ! 負けると分かって勝負するなんていい度胸してるよね」
「そうそう、ミュゲ様が勝つに決まっているのよ。図書室で春也君はミュゲ様を『大切な人』と言っていたんだもの。なのに三河麻奈は間に入り込もうなんて、図々しい女」
「ミュゲ様が負けるなんてありえないしね!」
私を何度もチラ見しながら、バカにした笑顔で会話する二人の女子生徒。二人の言葉に、私の心にグサッと突き刺さった。自分でも負け戦だと分かっていたことだけど、他人に改めて言われるとショックがあまりにも大きかった。やっぱり私には無理なんだと。
私は再び春也の背中を見つめると、声をかけるべきか躊躇った。図書室での出来事は私もあの場にいたからはっきりと聞いていた。聞いていたからこそ、問い詰めたいのだ。春也の口から真実を言って欲しい、真実が知りたい、と。
でも……私が声をかければまた春也に迷惑をかけてしまう。ここで注目されて騒ぎを起こしてしまったら風紀委員会になんて言われるか。
それでも知りたい……本当のことが。知りたい。素直に、ならなくちゃ。
私は前を向いて立ち止まると、意を決して声を振り絞り、叫んだ。
「あっ、あのっ……! はっ、春也……!」
私の声が届いたみたいで、春也は足を止めて振り返った。
「ん? 麻奈、どうしたんだよ。何かあったのか?」
「なんていうか、その、き、聞きたいことが……あって……」
よし……ここまでは順調! あとは本題を切り出すだけ。頑張れ、私!
「聞きたいこと……?」
「あの、聞きたいことっていうのが……」
本題に入ろうとした時、残酷にも周りの生徒が噂を始めた。
「なになに、また春也君に喧嘩ふっかけているわけ?」
「そうそう! そうなの、また声をかけて春也君に迷惑をかけているらしいよ」
「こんなところでかよ。懲りない奴だな」
「春也君、可哀想!」
「早く立ち去ってくれないかな〜」
私にわざと聞こえるように話す生徒達。軽蔑の視線を浴びて、やっぱりここで聞くのはまずかったと後悔する。人気の少ない場所で聞かないと駄目だ。廊下で聞くもんじゃなかった。
「なっ、なんでもない! 早く行くわよ!」
騒ぎになる前にまずはここから立ち去らないと。勝負を前に生徒たちの視線は……今の私には耐えられない。
春也を追い越したところで、春也の「麻奈っ!」と私の名前を呼ぶ声がした。気のせいかなと思いながら振り返ったら、春也が私の方をじっと見つめていた。
「麻奈……ちょっと待ってくれ」
「…………!!」
私は思わず目を見開いた。気のせいじゃなかった。呼び止めたのはやっぱり春也だった。春也に名前を言われるたびに鼓動が早くなって、息苦しくなっていく。ただ、ただ、嬉しい。
――でも。
屋上での時みたいに、また何か言われるかもしれない。廊下で声をかけたから、また怒らせてしまったのかな……。どうしよう。どうしたら……。
話しかけるべきか迷っていたら。
「麻奈。お前に一つ言いたいことがある」
その言葉に、一瞬、動揺が走った。予想していたことが現実味を帯びていることに、あの時の恐怖が蘇ってくる。
「言いたいことって……何よ?」
自分でも声が震えているのが嫌でもわかる。今度はなんて言われるんだろう。覚悟をして、春也が話すを待った。
春也は数秒立ってから口を開いた。
「いろいろ……迷惑かけてすまなかったな」
予想外の言葉に私はつい、「えっ」と声を漏らしていた。
「それって……どういうこと、なの?」
「屋上で麻奈に言ったこと、ずっと後悔していた」
春也の口から「ずっと後悔していた」という言葉を聞くとは思ってもいなかったから、いきなり言われて訳がわからなかった。
「何、言っているの……?」
それしか言えなかった。私の言葉を聞いて、春也はポツリとつぶやいた。
「麻奈の心を傷つけて申し訳と思っている」
声色と表情で理解した。心の底からの謝罪だと。でも。
「なんで……。今更、そんなこと言うのよ……。いきなりそんなこと言われても……どうしろっていうのよ」
言葉が見つからない。あの時のことを後悔してる? それなら、なんで……。
「それならなんで、本当のことを話してくれないのよ……!」
春也は私の目を見て、静かに話した。
「すまん。今日は本当のことを話す。中庭についたら全部」
「春也……」
「まずは中庭に行こう。この調子だと昼休みが終わってしまうぞ」
「…………。わ、わかった!」
私は春也に言われるがまま、春也と中庭へ急いだ。中庭に着いたら…………すべてが、分かる――――。
*
午後一時前の中庭。待ち合わせ場所の中庭に到着してすぐ人だかりと遭遇した。これでもかったくらいに集まった人だかりに私は絶句した。私と鈴蘭が勝負をすると聞きつけた野次馬達が集まったせいだろうけど……。
うーん、これじゃあ先に進めない。
周りを見渡し、鈴蘭の姿を探すけども、大勢の人だかりでどこにいるかわからない。
「どうしよう……」
「このまま人混みの中をかき分けて進むしかないだろ。おそらく、紫籐はその先にいる」
迷っている私の横で、淡々と言う春也。
「麻奈、行くぞ」
一声かけたと思えば、颯爽と人混みの中をかき分け、歩き進む春也の姿があった。
「あ、待ってよ!」
私は慌てて春也の後ろをついていった。人混みに押しつぶされそうになりながらも前へと進む。自分では前に進んでいるつもりだけど、進めば進むほどさらに混み合っていた。すぐさま春也の背中が視界から消えて、見失ってしまった。
うぅ、早くこの人だかりから抜け出したい。息苦しくて仕方がないよ。
ため息を吐きそうになった時、終わりが見えた。あと少しで人混みから抜け出せる。駆け足で進んでいくと、ようやく、見慣れた中庭の風景が目に飛び込んできた。
「やった、人混みから抜け出せた!」
私は大きくため息を吐いた。
「はぁ〜、疲れたぁ」
「麻奈、大丈夫か?」
左側を向くと、私の顔を覗き込む春也が隣に立っている。
「わっ、春也! わ、わわわ、私なら大丈夫よ!」
心臓が飛び出るんじゃないかってくらい、びっくりした。まだ鼓動が落ち着かない。はぁ。この調子で私、大丈夫かな。
「そうか。麻奈、紫籐があそこで待っているぞ」
春也が指さした先には、空を見上げながら鈴蘭が待っていた。相変わらず、立ち姿きれいだな……。
鈴蘭は私と春也の視線に気がついたのか、私達の方に向けて優雅に微笑んだ。
「春也君、麻奈さん。お待ちしておりましたわ」
私はゴクリと生唾を飲み込む。さぁ、ここからが本番だ。私と鈴蘭のどちらかが、負けることになる。
そう、二人の内のどちらかが。
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