ストーリー6 バレンタイン当日のハプニング

第18話

 日付が変わり――――バレンタイン当日。いよいよ鈴蘭との告白対決の時が来た。

 二月十四日の朝は雲ひとつない快晴だった。


 私はいつもの通学路を重い足取りで歩いていた。ため息ついては立ち止まり、また歩き出す。同じことを何回繰り返しただろうか。覚えていないくらい何度も動きが止まってしまっていた。それほど私の気分は一番低かった。


「私に、告白なんてできるのかな……」


 まともにアピールできなかった私に勝ち目がないくらい分かっているもの。自分に振りな状況っていうことも。

 でも、相手が誰であれ自分の気持ちを伝えないとその先には進めない。


「あと数百メートルで学校に到着する……うぅ。嫌だなぁ」

 一歩ずつ前へ進むたび、足首に重りをつけたみたいに重量感が増していく。渡すことはできたとしても問題は告白の方だ。今まで自分の気持ちを伝えられなかったのに、いきなり鈴蘭との勝負で告白する羽目になって、正直に言うと憂鬱ほかない。


「あとで梨子に相談してみようかな……」

 などと考えていたら、あっという間に校門へと到着。

 私は覚悟を決めて、校内へ足を踏み入れた。いつものように噂話されることを想定して。


 グラウンドを歩けば、周りは浮かれた女子や男子ばかり。歩き方で浮かれていることが分かってしまう。楽しそうでなんと羨ましい。こっちは鈴蘭と勝負しなきゃいけないっていうのに。


 ……………………。あれ? 噂話、いつもより少ない? 

 おかしいな。いつもなら私の顔をチラ見しながらひそひそ話してくるのに。なんでだろう。

 私は頭をフル回転させて、一つの結論に達した。


 ……あ、そうか。女子みんな誰にチョコを渡すかで頭がいっぱいなのね。告白したらオッケーしてくれるかな、とか考えていたり。男子も男子で、もしかしたら女子からもらえるかも、ってワクワクしているのか。あ、なるほどね。

 ってことはだ。これならすんなり下駄箱まで行けるかも。

 噂話される前に下駄箱に着こうと思い立ち、はや歩きで二年生校舎を目指した。



      *



 五分後。二年生校舎の下駄箱にやってきた。今のところ噂話されていないけど、いつどこでひそひそ話されるかわからない。今のうちに急いで靴を履き替えてしまおう。

 私は二年一組の下駄箱まで歩くと、通学靴を上履きに手早く履き替えた。これでよし。うん、周りを見回していると私をチラ見してくる生徒は少ない。誰も噂してこないし、まだ気づかれていないみたい。

 今のうちに教室に上がろう。そのほうがいい。早く上がったほうがいいと、私の中で強く叫んでいる。

 私が一歩廊下に足を踏み入れた瞬間だった。


「皆様、ごぎげんよう」


 聞き覚えのある声が耳に入ってきたと同時に、背筋が凍るような感覚が背中に巡った。

 ……ゲッ。まさか、この声は……!!

 勢い良く右側に目を向けたら、ニッコリと微笑みながら歩み寄ってくる鈴蘭の姿が目に止まった。


 鈴蘭が下駄箱に現れたことで、周りは一瞬で黄色い声に包まれた。

「あれって紫藤鈴蘭じゃあ……」

「キャー! ミュゲ様よ!」

「なんで、下駄箱に!?」 

「相変わらず、お美しい……!」


 なんでこんな時に現れるのよ。


 鈴蘭が近づくにつれ、だんだん血の気が引いていく自分がいた。今日は対決当日。まさか自分に用があってきたんじゃあ。

 そんなはずはないと私は横に首を振った。鈴蘭を通り過ぎようと考えていたのもつかの間。

「麻奈さん、ごきげんよう。今日は伝えたいことがありますの」

 やっぱり私に用があってきたのか! うぅ……またひそひそ話されるじゃないか……。

 何も言わないと怪しまれそうなので、私はしかたなく口を開いた。

「わ、私になんの用があってきたわけ……? しかも下駄箱にわざわざ来て……」

「今日の対決の時間と場所をお伝えにまいりました」

「なっ……」

 鈴蘭が私に声をかけたため、案の定、周りが私の噂話を始める。

「あれって三河麻奈だよね?」

「ミュゲ様が三河麻奈に対決って言ってなかった?」

「それ知ってる! ミュゲ様がライバル宣言して対決申し込んだって!」

「何それ〜、三河麻奈がミュゲ様に勝てるわけないのに」

「三河麻奈って馬鹿だよな」


 はい、そーですよ! 馬鹿な私だって分かってます、鈴蘭に勝てないことは。だから憂鬱なんです!


 鈴蘭は笑顔を保ったまましゃべる。

「時間は十三時ジャスト、場所は中庭でいかがかしら?」

「そっ、それで構わないわ!」

「もし麻奈さんが不在の場合は私の不戦勝ってことでよろしくて?」

「わっ、わかったわよ!」

「最後に一つ。このことを春也君にもお伝えして、昼休み、春也君と一緒に中庭まで来ていただけませんこと?」

「うぐっ、わかったわ……きちんと伝えるわよ」

 私は承諾するしかなかった。そもそも、嫌ですなんて言える状況じゃないし。

「ありがとうございます。ではのちほど、お会い致しましょう」

 鈴蘭は用件が終わったのか、軽く会釈をすると、身を翻して早々に立ち去っていった。鈴蘭の後ろ姿を見ながら、私は心の中でつぶやく。


 どうしよう……もう後戻りできない。花梨になんて言えば……。


 ここで突っ立ていても仕方無い。私は教室に向かった。



      *



 下駄箱での騒動から十分。やっとの思いで教室の前にたどり着いた。

「着いた……はぁ」

 私は扉の前で立ち尽くしていた。

「春也になんて言ったらいいんだろう……」

 どう言ったって、私が言うと喧嘩腰になるというのに。しかも春也と一緒に中庭に行かないといけない。一番春也ファンからブーイングが起こる風景じゃないの! どんどん悪い方向に進んでる……うぅ。

 私は深呼吸をしてから、勢い良く教室の扉を開けた。同時に、教室にいるほとんどのクラスメイトが私に視線を向けた。痛い。みんなの視線が痛い。いやいや、それよりも春也だ。

 私は恐る恐る教室に入っていく。また変に絡まれたりしたらどうしよう。なんて、無駄だと分かっていても心配が募るばかり。

 ふと、春也がいるはずの席に目線を向けたら、溢れんばかりの女子生徒が春也の席に集まっていた。女子達が集まりすぎて、春也の姿が一切見えてこない。


 さすが春也……人気ありすぎ。っていうか朝っぱらからどんだけ集まっているわけ? あれ絶対、他のクラスの子とかいるよね……? もうすぐホームルームが始まるというのに。


 ちょっと待って。この状況で中庭に来てもらうよう言わないといけないのですか……まさか。嫌だなぁ。春也ファンから『三河麻奈って何様のつもりなわけ?』って睨まれるのがオチじゃない。女子達が睨んでくるとわかった上で頼んだとしたら、悪意にしか見えない。

 怖気づいても何も変わらない。私は意を決して、女子達の集まりの中へと突入した。人と人の間をかき分けながら進むけど、狭すぎて、おしくらまんじゅうされているみたい。なかなか春也にたどり着かない。

 苦労の末、ようやく春也の元に到着した。

「つ、着いた……女子多すぎ……」

「麻奈……お前、どうした?」

 春也が目を丸くして私を見ていた。そりゃあ、女子達の中をかき分けながら歩いたんだもの。疲れますよ。

 そうじゃない。い、言わないと。

 私は息を整えてから、春也に言った。

「は、春也……お、おはよう! 今日は……お願いがあってきたのよ!」

「お願い……? どういうことだ……?」

「し、紫藤鈴蘭さんに頼まれたの! 給食食べ終わったら、十三時ジャストに中庭に来てほしいって……」

「はぁ? なんで……」

「うぅ……とにかく一緒に来てほしいのよ! 昼休みに! 中庭まで! お、お願いします!」

 私は心臓が高まりながらも、勢い良く頭を下げる。見ている人は驚いているかもしれない。なにせ、私が春也に頭を下げるなんてこと一度もしたことなんてない。今どんな目で見られているかはわからないけど、教室が何やらざわついていることはわかった。

「麻奈、頭を上げてくれ。中庭まで一緒に行けばいいんだろ?」

「は、春也……?」

 私が顔を上げると、春也は仕方なさそうな顔で頬杖をついていた。

「何やら事情があるみたいだな。詳しいことはわからないが、頼まれているなら行くしかないだろう」

「は、春也……! あ、あの……あ、ありがとうございます!」

 やった! これで鈴蘭の頼まれごとは達成された!

 ホッと安堵したのもつかの間。自分の全身から嫉妬の視線が集中していることを感じ取った。やばい。女子達の視線がまた私に向けられている。

 私は再び女子達の間をかき分けて進んだ。もうすぐホームルームが始まるし、早く自分の席についておかないと。

 自分の席に着いた時、梨子の席が目に止まった。そうだ、梨子にはちゃんと報告しておかないとな。後でまたいろいろ言われちゃう。

 梨子の席に駆け寄り、梨子の右肩を優しく触れた。

「梨子。おはよう」

「……………………」

 あれ? 返事がない。おかしいな。いつもなら『おはようございます』って言ってくれるのに。それに、一度も私と目を合わせてくれない。なんでだろう?

「梨子、どうかした?」

 声をかけてみたけど、返答はない。完全に無視されている。私、梨子を怒らせるようなことしたかな? あ、考えことしていて、聞こえていないのかも。

 よし、それならもう一回――――。

 私が梨子に声をかけようとした時、教室の扉が開いて、担任が入ってくる。

「みんな席に着け! ホームルーム始めるぞ! こら、自分のクラスに戻らんか!」

 女子達が教室から出ていく様子をチラ見しながら、仕方なく自分の席に座った。そして、横目で梨子を見やる。

「梨子……どうしたんだろう」

 昼休みにまた声をかけてみよう。不安を残したまま、ホームルームが始まった。

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