第15話

「春也君はいらっしゃるかしら?」


 昼休みの最中、二年二組の教室で事件は起こった。春也を訪ねて、滅多に来ない鈴蘭が現れたからだ。誰が予測できただろう。鈴蘭が二組の教室に顔を出すなんてことを。


 鈴蘭の思わぬ登場に、何事かと、教室内はざわつきが大きくなっていた。

「二組に教室にミュゲ様が来たぞ、おい!」

「やべーよな! 話しかけてこよっかな!」

「お前なんかが相手にされるわけがないだろ!」

「やめとけ! ミュゲ様は春也に用があるんだから!」

「ミュゲ様が春也君に用があるってどういうこと!?」

「風紀委員会に関することかな?」

「春也君が風紀委員会に呼ばれることなんてまずないわよ!」

「そうそう、あるとしたら三河麻奈くらいよ!」

 って、途中から話題が変わっているし! しかも悪口ですよ、それは!

 確かにこの間、風紀委員から呼び出しくらって忠告受けたけども! あれは濡れ衣だし! とんだとばっちり受けただけだし! そもそも風紀委員会に呼ばれるほど、風紀乱してないわよ!

「もしかして、デートの誘いかな?」

「じゃあやっぱり、あの掲示板に載っていたやつ、本当だったってこと?」

「まさか! 春也君に恋人なんてありえないわ!!」

 クラスメイト達が好き勝手に推測する中、当の本人である鈴蘭はというと、笑顔を浮かべたまま立ってるだけだった。


 鈴蘭、今までここの教室なんて顔出したことなかったのに、どういう風の吹きまわし?


 鈴蘭を見れば見るほど、私の中で苦しみと焦りが次々に生み出されていく。最初はあの宣言は冗談だとか、私へのひやかしなんだと思っていた。

 教室に現れた鈴蘭を目にした瞬間、半信半疑から確信へと変わった。


 ――あの人は本気だ。本気で、春也のことが好きなんだ!


 どういうつもりなのか、本人に聞いたほうがいいのかな。でも、今ここで騒ぎを起こしても、バレンタイン当日不利になるのは私。むしろ鈴蘭の好感度を上げる手助けをすることになってしまう。


 今まで無言を貫いていた春也が口を開いた。

「風紀委員さんが俺に何の用ですか?」

 屋上では鈴蘭にタメ口で話していた春也だけど、今はクラスメイトがいるからか、敬語になってる。

「しかも急にやってきて俺を指名だなんて、どういう風の吹きまわしですか?」

 低いトーンで鈴蘭に話しかけている様子から、春也、今はかなり不機嫌だ。そりゃそうだ。鈴蘭に名指しで使命され、クラスメイト中から注目を浴びているんだもの。

 春也の機嫌をよそに、鈴蘭は微笑みながら言った。

「春也君……わたくしとデート、致しませんこと?」

 デート。その単語を聞いた時、血の気が引いていく感覚に陥る。どうしよう。

 焦っているのは私だけじゃない様で、周りの女子達ほぼ全員が青ざめた表情で鈴蘭を見つめていた。相手が学校一の美少女である紫籐鈴蘭だもの。みんな鈴蘭に対して、勝ち目がないことはわかっている。もちろん、私もその一人だ。


「なんで俺が、風紀委員さんとデートしなきゃならないんですか? 意味がわかりませんが?」

「意味なんてございません。ただ図書室で時間を過ごすだけですわ」


 春也と鈴蘭、互いに一歩も引かない姿勢を取り続けると思ってた。それか、鈴蘭が諦めるかもと考えていた。けど、一瞬で私の予想は外れる。

 春也は十秒ほど黙り込む。鈴蘭を見つめ、静かに言った。

「…………わかりました」

 春也が鈴蘭のデートの誘いに乗った。一番見たくなかった光景。私の心が、鈴蘭にめげず頑張ろうとしていた気力が、粉々に砕け散った。

「は、るや……」

 嘘でしょ……? 頑なに拒むと思っていたのに。


 鈴蘭は春也を連れて教室を後にする。去っていく二人の後ろ姿は、あの時の光景を思い出させた。

 あの日、買い物の帰りに目撃した二人の姿が、ぴったり重ねって見えた。

 私は……またあの二人を見失うの?

 そんなの、いや。同じことは繰り返さない……絶対何か企んでいるはず。それにまだあの時なんで二人で歩いていたのか分かっていない。


 そのためにも、二人が歩いていた真相が知りたい。


 追いかけなきゃ。あの二人を。いや、そうじゃない。あの二人が図書室に到着する前に着かなきゃ。二人が入った後に図書室に来たらまた変な噂が立ってしまう。

 私は机から立ち上がり、ロッカー側の入り口から、駆け足で教室を出た。



      *



 教室から出た後、私は廊下に飛び出した。まだ近くにいるかの確認のため、廊下で一旦、春也と鈴蘭を探した。辺りを見回し、左を向いた時、人だかりを発見。あの中に春也と鈴蘭がいると分かった。

 なにせ男女合わせて大多数の生徒がごった返しに集まっていたから。二人を囲うように集まった人だかり。二年生校舎でここまで人が集まる理由としたら、殆どが春也や鈴蘭が現れる理由が多いから。特に今日は春也と鈴蘭が二人で出てきたこともあって、廊下に人が通れないほど集まっている気がする。

「やっぱ二人は人気者なんだなぁ……」

 今なら行けるかもしれない。二人が足止めされている今なら、先に図書室にたどり着けるはず。先回りできれば、デートの様子がわかるかも。

 私は人だかりが集まっている方向とは反対の方向を歩き始める。人が集まっているとはいえ、鈴蘭は風紀委員。廊下を走ってしまうと後で注意される。それだけは避けないと。

 私は数十歩歩くと、階段を駆け足で下り始めた。走って注意されるのも嫌だけど、このまま歩いて二人より先に着けないのも困る。


 途中何人か、階段で会話する女子達の前を通り過ぎたけど、誰一人、私に気が付かなかった。早くも春也が鈴蘭と図書室デートするという話が女子達の間で広まっていて、二人のデート話をするのに夢中になっている感じだった。

 まぁ、これはこれで通りやすいから助かる。


 なんだかんだであっという間に一階に到着。次は図書室のある三年生校舎を目指した。数分で三年生校舎にたどり着き、右に曲がった。二階に上がる階段を横切り、図書室へとやってきた。


 あの二人が来る前にたどり着けた……鈴蘭の真意、突き止めなきゃ。

 私はゆっくり図書室の扉を開けると、中へと入っていった。



      *



 あの二人、まだかな。図書室に入ってから十分は経過していた。デートの様子を見るために先回りして図書室にやってきた私だけど、なんというか、図書室に来るのは初めてなのよね。周りにいろいろ騒がれたり噂されたりするんじゃないかって思ったらなかなか行く勇気が持てなかった。


 まさかこんな形で図書室に来ることになるなんてね。


 図書室は入って左側に貸出受付があり、目の前には六脚の椅子と木のテーブル。壁に沿うようにしてコの字に設置された本棚と、等間隔に置かれた四台の長細い本棚。

 私は一番奥の本棚と三台目の本棚の間に立って、隠れるように本を読んでいた。

「そろそろかな……二人が来るとしたら」

 直後、勢いよく扉が開く音が聞こえたかと思えば、ざわついた声が耳に入ってくる。誰が入ってきたのかここから見えないけど、私は確信していた。


 間違いない! 春也と鈴蘭が来た!


 私はゴクリと生唾を飲み込んだ。どうしよう。心拍数が急激に上昇していく。

 二人の声を聞き取りやすくするため、手前の本棚まで移動する。右側から行くと明らかに見つかってしまうから、左側から手早く移動する。


「ここにどう過ごせと?」

 と、春也のふてくされた声が聞こえてきた。この声のトーンの低さから、さっきよりも機嫌悪くなっているなー。

「ひとまず、椅子に座りませんこと? 立ちっぱなしでお話しするのは大変でしょうから」

 鈴蘭が椅子に座るよう促していた。もしかして、おしゃべりして終わりってことでいいのかな、これ。

「これを機に、今よりももっと、親密な関係になれたらと思っておりますの」

 ……!? 今よりも親密な関係? ってどういう、こと?

「ちょっ、おい。急にそういうのはやめろ!」

 春也の慌てた声がはっきりと聞こえた。

 春也……? さっきと違う言葉遣い。

 私の鼓動が早まっていく。知るのが怖いって思い始めてる。


 でも大丈夫、春也と鈴蘭が恋人同士なんてあるはずがない……なのに春也は真実を告げずに隠そうとする。そこにはきっと、なにかあるに違いない。その何かがなんなのか、確かめるんだから……!

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