第14話
「麻奈、理科室に行ったはずじゃあ……急にどうしたんだよ」
春也の言葉に、なんて返せばいいのか上手く頭が回らず混乱していた。
「春也、どうして……」
まさか、教室に戻ったら春也と遭遇することになるなんて。驚きの感情が強かったけど、なにより春也と二人きりというシチュエーションに、心臓が高まっていることを感じた。鼓動はどんどん早くなって、私を苦しめる。
なんて言えばいいんだろう。
なんて顔で話せばいいんだろう。
考えれば考えるほど、頭の中がぐしゃぐしゃになって、思考回路が空回りしていく。
やっと、二人きりになれたのに。やっと誰にも邪魔されずにお話しできると思ったのに。
春也が私の目を見てつぶやいた。
「なんで、戻ってきたんだよ。教室に忘れ物か?」
鋭いこと言われ、何も返せなくなった。どうしよう。
何も言わなかったから変に思われる。何か言わなきゃ。頭を回転させて言葉を引き出した。
「うぅ……何よ! ノートを取り違えたのよ! それが何か!?」
「なっ!? あーそうかよ! なんだよ、ったく」
聞いたのになんだよその態度は。と言いたそうな顔で、春也は視線を反らした。
また喧嘩腰になってしまった。どうしよう……。
やっぱり素直になるって難しいです、花梨さん。
「で。ノートを取りに来た人がここでぼーっと突っ立ていいのかよ」
しばらく後悔の念に駆られている時に、春也から放たれた言葉。
「そうだ。それどころじゃなかったんだ!」
私は慌てて春也を通り過ぎ、自分の机に向かった。机の中に置いてある、ノートや教科書を全部机の上に出して、理科のノートを探した。
「あった、ノート! 良かった〜」
間違えて持ってきた数学のノートを机の上に出した教科書類と一緒にまとめて、机の中に全て戻した。ホッと胸をなでおろし、教室の掛け時計に目を向けた時、時間を確認する。
「げっ……やばい! あと五分しかない!」
血の気が引いていく気がした。急いで戻らないと、先生がやってくる!
私は春也に目もくれず、教室を出るため、はや歩きで入り口を目指した。
このままいても、また口喧嘩になってしまう。今は教室を出よう。
教室の入り口まであと数センチに差し掛かった時だった。
「麻奈、ちょっと待て」
春也に呼び止められ、私ははや歩きをやめて、春也の方を振り向いた。
「何よ……私にまだ何か用?」
「麻奈。また、変なこと言われないだろうな?」
春也の言葉に、私の心臓が大きく鼓動した。
「……へっ!? どういうこと!?」
まさかそんなこと言われるなんて思ってもいなかったから、声が裏返ってしまった。
「周りがお前のことを色々噂するからな……少し気になってな」
ああ、なるほど。そういうことね。春也、心配してくれたんだ。いつもは引き止めることなんてしないのにどうしたんだろうって思っていたら……そういうことだったんだ。
春也の言葉の意味が分かった瞬間、つい笑ってしまった。
――春也らしいな。なんだかんだ言って、心配で言いに来てくれるところ。
私の顔を見て、春也が拗ねた顔でふてくされた。
「な、なんで笑うんだよ、人が真剣に……」
拗ねた春也を見ていると、可愛く思えてくる。なんだか無性にいじりたくなった。
「へぇ……そんなに、私のことが気になるわけ?」
私の言葉に、春也が顔を赤らめながら叫んだ。
「ち、ちげーよ! そんなんじゃねーよ! お前のこと気になるわけがねーだろうが!」
「なっ……! そんな言い方しなくてもいいじゃない!」
「変なこと言い出すからだろうが!」
「変なことって何よ! 変なことって!」
「そ、それは……その」
春也は話を逸らすように、話題を切り替えた。
「とにかく! また嫌がらせされたら俺に報告すること!」
「なんで春也に報告するのよ!」
「なんでって…………なんでもいいだろ! 約束だからな!」
「わかったわよ! 今度はちゃんと春也に言うわよ!」
春也はため息を吐くと、申し訳なさそうに言った。
「とにかく……呼び止めて悪かったな」
「春也……私も」
迷惑をかけてごめんなさい。そう言いかけた時。春也によって、言葉を遮られた。
「これ以上遅くなると先生に怒られるな。行くぞ」
春也はそれだけ言うと、そそくさと歩き始めた。
やっと言えるかも、そう思ったのに。ごめんなさいはお預けか。
「春也、待ってよ!!」
教室を出ていく春也の後を、私は駆け足で追いかけていった。
*
私と春也が廊下を走っている中、チャイムが一限目が始まったことを合図した。
急がないと!
目前に理科室が迫ってくる。あと一歩。チャイムが鳴る前に、理科室に入らなければ。
春也が勢いよく理科室の扉を開けた。息切れしながら中に入っていく。
私もついていくように理科室に入ると、扉を静かに閉めた。
振り向いたら、クラスメイト全員の視線が集中していた。
よくよく考えたら、やばい! 春也と二人で入ってくるこの状況を見て、クラスメイトにまた誤解されてしまう!
周りの女子達が、春也君を一人占めしているってどういうことよ、って言いたげな目で凝視している。こわい。目が怒っている。うぅ、そう簡単に上手くいきませんよね。
「日高に三河、もうチャイムは鳴っているぞ!」
げ、この声は。理科室の奥に恐る恐る目を向けた。
理科担当の先生が教壇に立って、私と春也を睨みつけていた。
なんて言い訳しようか。いや、そもそも素直に言えるかな。
「全部、俺のせいです! すみませんでした!」
私が謝ることをためらっている最中、春也は唐突に頭を下げた。
春也の謝罪に、私は衝撃を受けた。春也に先を越されてしまった。
驚いたのは私だけではなく、周囲を見回していくと、少なからず殆どの人がびっくりした顔で春也を見つめている。
今ならいけるかもしれない。今ここで謝らないと、噂を断ち切るなんて出来なくなる。自分を変えるんだ。
私は深呼吸を二回繰り返す。そして、息を大きく吸い込んだ。
「あ、あの! わ、私も! すっ……すみませんでした!」
私が謝った瞬間、周りから「えっ!?」という声が漏れ出した。一番驚いたことだろう。
「あの三河麻奈が謝っている!?」
「嘘やろ!?」
「いやいや、絶対嘘でしょ」
「三河麻奈の演出だろうな」
ひどい言われようだ。今まで謝らなかった私が一番悪い。でも真剣に謝って周りの反応がこれって、心が折れそうになる。
「三河が謝るなんて珍しいこともあるもんだな」
と言ったのは、理科の先生。感心したような声だった。
先生はため息を吐くと、続けて言った。
「あーもう、分かった。二人共、早く着きなさい。授業を始めるぞ」
良かった……これ以上咎められなくて。
私と春也は急いでそれぞれ自分の席に着いた。
どうなることかと思ったけどなんとかなって良かった。春也に助けられてばっかりだな。
私は春也のことで一つ気になることを思い出す。
――そう言えば、なんで春也は、もうすぐ理科の授業が始まるというのに、教室にいたんだろう。
聞いてもどうせ、はぐらかされるんだろうけど。
「えー、では。今日の授業は――――」
先生の言葉で、ようやく、理科の授業が始まりを告げた。
一時間後。一限目終了のチャイムが理科室に鳴り響く。
「今日の授業はここまで!」
先生の掛け声で、一斉に周りの生徒達が動き始めた。
私は椅子から立ち上がり、道具一式を片手で持つ。一度教室に戻って二限目の授業が何だったか確認しないとな。ホームルームの後に一回時刻表を見たけど、忘れてしまった。
ふと誰かからぽんと左肩を叩かれる。視線を移動させると、春也が笑みをこぼしながら立っていた。
「麻奈、次はノート取り違えないようにな!」
その言葉で、失態を思い出して恥ずかしさがこみ上げてくる。
「うるさい! 一言余計よ! 言われなくてもわかってますー!」
しまった。また大声で言ってしまった。
聞こえたのか、視界に入る周りの女子たちが鬼のような形相で私を睨んでいる。怖い。怖すぎる。
早く梨子の元に行こう。そうしよう。
私は梨子がどこにいるか探した。理科室をくまなく見回し、梨子を発見した。
「梨子……?」
目線の先に映った梨子の姿は、私を憎々しげな顔つきで凝視している梨子だった。そう、いうなれば。周りの女子たちと同じ目をしていたのだ。まさかね。
どうせ気のせいだろう、とその日は思っていた。気にも止めていなかった。
けど、後になって理由が判明することになる。なぜ私を憎々しげな目で見ていたのかということが。
*
二限目の授業が終わって、今は昼休みの真っ只中。
ちなみに、二限目は数学の授業だった。よりによって午前中の授業が理数系だなんて……。
私は給食を食べ終わり、両手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
椅子を後ろにひいて、立ち上がる。両手で給食のトレーを持つ。前に進み、食器類を片付けていく。あまり長居すると、周りのクラスメイトからひそひそ話されるから、素早く重ねる。
早歩きで自分の席に着き、頬杖をついた。
「これから、昼休みどうしようかなぁ」
ここ最近ドタバタしていてゆっくり過ごす暇がなかった。今日はさすがに何も起こらないだろうから、ゆっくり一人で時間を潰したい。
教室にいても噂されるだけだからゆっくり過ごせないし、とにかく居づらい。かといって廊下で一人過ごせるはずもなく。
「静かに過ごせるって言ったら……中庭か図書室くらいかな」
いや、中庭は大勢多数の人に見られるし、静かには無理だ。
「となれば、図書室か……たまには図書室も悪くないかも。どうせなら一冊か二冊くらい本借りようかな」
基本図書室は静かにしないといけないから、多少噂されても絡まれることは少ないはず。
――よし、今日の昼休みは図書室だ!
などと、意気込んでいた時だった。
突然、廊下が騒がしくなった。何事かっていうくらい、廊下からは黄色い声ばかり。
生徒の叫び声が続々聞こえてくる。
「きゃー! ミュゲ様よ!」
「鈴蘭様が来たぞ!」
「ミュゲ様がこっちに来るなんて……!」
まてよ。ミュゲ様って……紫籐鈴蘭!? まぁ、隣のクラスだし当然ちゃあ当然よね。
騒ぎが大きくならないうちに図書室に行こうかな。
私が立ち上がったと同時に、教室の入り口から紫籐鈴蘭が姿を見せた。
「皆様、ごきげんよう」
鈴蘭を見た瞬間、私は呆然とした。
なっ……!? こっちに来るってこういうこと!? どういう風の吹きまわしなの!?
私は昨日の鈴蘭の言葉を思い出し、まさか、と思った。
鈴蘭は静かに微笑み、こう言った。
「
な、なんですと――――!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます