ストーリー4 鈴蘭からの宣戦布告

第9話

 

 昨日は晴れていたのに、今日は雨なんて……、スタート最悪だ……!


 次の日。

 昨日いろいろあった所為せいか、気分が乗らない朝の通学路。昨日とは打って変わって、土砂降りの大雨。私の心模様を表しているみたいで、これはこれでいい気分じゃない。そんな気分なのは私だけじゃないのか、同じ制服を着ている他の生徒達も、私と同じように雨が降っていることを愚痴としてこぼす話し声が耳に入ってきた。


 と言うより、女子生徒達が差している傘、みんな可愛すぎでしょ!! フリル付きに、ドット柄、チェック柄にピンクの傘といろいろあるんだ……。


 私は弟の秋夜にお小遣いが殆ど回って、安物のビニール傘しか買えないというのに。世の中は不公平な世界だといつも思ってしまう。

 基本的に母が秋夜をものすごーく溺愛しているから、秋夜だけ多めにお小遣いをあげて、私にはそれよりも四分の一くらいしかくらいしか渡さない。姉弟なのに、不公平すぎるでしょ!

 でも、お父さんがたまに、母と秋夜に内緒でお小遣いをくれる。母と父からもらった僅かなお小遣いで、傘を買ったり、勉強道具を買ったり、CDを買うだけどね。


「昨日、か……はぁ」

 つい、本音が言葉として出てきてしまった。


 昨日は最悪と言って言いほど、ツイてなかった。

 掲示板での騒動に、その掲示版騒動について風紀委員会からの呼び出し。その呼び出しが終わったと思えば、鈴蘭に呼び出しくらってからの、屋上で春也と鈴蘭の三人で対面。結果、春也に嫌われ、脈ナシとわかって私の失恋が確定。

 放課後は春也のファンの子達から文句言われるわ、春也から呼び出してくれたと思ったら……やっぱり私の失恋確実確定だったし。

 あ、後は花梨のスポーツショップに付き合わされたな……はあ。


 つい、昨日のことを考えるとため息が出てしまう。

 そんなこんなで、考え事をしていたら、いつの間にか学校に到着した。

 私は一歩、学校の敷地内に足を踏み入れる。


 ……んん?


 学校の敷地内に入った瞬間からか、生徒達の視線が私に集中している様な気もする……けど、そこはスルーしよう。

 私はさらに前へと進んでいく。

 一年生用の玄関口を目指して歩いている内、あることに気がついた。


 生徒達からの視線が尋常じゃない! というか、私を何度もチラ見しながらヒソヒソ話してません!?


 やっぱりアレかなぁ。昨日の出来事が既に全校生徒の耳に入っているとか……。

 ま、まさかぁ〜! し、信じないからね、私は!


 でも……。


「あの人って一年の三河麻奈さんでしょう……?」

「そうそう。同じクラスの日高春也君にフラレたっていう……」

「屋上で鈴蘭様と春也君と三人で会っていたんでしょ? 呼び出したのって、やっぱり三河さん?」

「あの騒動ってホントだったのか? 掲示版のアレ」

「じゃねぇの? そうじゃないと風紀委員会に目つけられる筈がねぇし」

「っていうか、自作自演だったりしてな!」


 ヒソヒソ話の内容が聞こえた瞬間、私の中でテンションパロメータは六十パーセントから十パーセントまでに激減した。


 うぅ。やっぱり広まっていた……! 予想は当たってしまったよー! 昨日よりも居づらい状況になっている。

 しかも聞いていれば好き勝手に言って! ちゃんと、聞こえてますから! 許さないよ、私は!


「よーし! …………はっ!」

 意を決して一言言ってやろうと思った私だけど、風紀委員会に目を付けられていることを思い出してしまった。昨日は見逃してくれたから良かったものの、今日いきなり騒ぎを起こしてしまえば意味がない。と言うより、それこそ無事でいられない!

 安全策はこの場から一刻も早く逃げること!


 私はその場から立ち去ろうと早歩きを始める。


「三河麻奈よね? ちょっといい?」

 どこからともなく、背後から聞こえてきた声。身体が凍りつくような、冷たい声色が、私を震わせる。


 振り返ると……そこには一人の女子生徒が立っていた。仁王立ちっていうんだろうか。そんな感じに立って、私を睨みつける女子。

 私は女子の顔に見覚えがあった。


 この子確か、春也の親衛隊メンバーの一人だったはず……。


「なっ、なにか用っ?」

 私が女子生徒に質問すると、女子生徒は急に不機嫌な表情へと変化した。わ、私、また何か言ってしまった系ですか……?

「用があるから声をかけたんでしょーが!」


 ああー、そうですよね。じゃないと声かけませんよね。

 ……私なんかに。


 女子生徒は私に人差し指つきつけ、こう言い放った。

「昼休み、中庭になさい。ただし、一人・ ・でね。なきゃ、ただじゃおかないから」


 まるで『挑戦状』みたいな言い方。

 挑戦状みたいな言葉を言い残して、彼女は歩き去って行った。怒りっぽい性格なのかなぁ? あの子。


 私はしばらく、頭をフル回転させて、考えを巡らせた。そして、ふと思うところがある。


 ………………あー、さようですか。

 私に拒否権はない、と。友人を連れて来るな、と。

 要するに、『必ず、一人で中庭に来い』と、そういう事か。


 いきなり厄介なことに巻き込まれてしまいそうな予感……。

 今日も最悪な一日になりそう。


 私はため息を吐くと、重い足取りで一年生用の玄関口に向かった。



      *



 生徒の視線を感じながら、教室の前にたどり着いた私。玄関口から教室まで、全力疾走で到着が五分というのは、私にしてみれば奇跡かも。

 時間はホームルームが始まる前だと思うから、遅刻にはなっていない筈なんだけども……はぁ。 


 ――ただいま三河麻奈、教室に入るか、真剣に迷ってます。

 というより、教室に入るべきか、入らないべきか……脳内で天使と悪魔が戦っていた。


「中学校まで義務教育なんだから、何があっても、授業は受けた方が良いと思うわ」と囁く天使。

 一方で……、

「嫌なら、逃げちまえばいいんだよ。そうすりゃ、何もかも楽になるぜ」と誘惑する悪魔。


 授業があるからね、入らないといけないのはわかっているつもりだ。「へえー、大変だったね!」なんて笑い話で済めばそれはそれで助かる。けれど、それで済まないのが現実なのだ。

 学校中に広まっているとしたら、教室に入ればとんでもなく視線が私に集中することになる。そして、女子生徒や男子生徒からの好感度ゼロになるかも。いや、もうなっているか。


 …………ええい! 迷っても仕方がない! 入ろう!

 結果、天使の勝利! 悪魔からの誘惑を断ち切ったぞ、私!


 私は決心して、扉に手をかけた。そして、思いっきり、扉を開ける。

 扉を開けた瞬間、視線が一気に私の方へと向けられた。

 わあぁー、クラスメイト達全員の視線が私に来た。一人一人、様々な表情で私をお出迎えするクラスメイト達。その中には梨子と、春也もいた。

 なんと言えばいいのか、小馬鹿にするような笑みを浮かべたり、嫌悪の表情で睨まれたり、人様々だ。

 うぅ、やっぱり引き返せば良かった……でも春也のファンから呼び出しくらった後だから、引き返そうにも引き返せない。

 どっちみち、私に選択権はなかったのね。


 よし、自分の席を確認したら、下向きながら素早くいこう。

 私はそう決めると、すぐさま下向いて歩き、自分の席に座った。

 と、その時――――


「三河麻奈」

 氷のように冷たく、悪意に満ちたやや低めの声。私には確かに、そう聞こえた。


 私は思わず、ビクッと、反射的に体が反応してしまった。おそるおそる顔を上げていったら、見慣れた顔が、親友がそこに居た。

「り、梨子か…………なーんだ、びっくりしたよ〜」


 心配そうに立っている梨子の姿だった。と言うより、心配そうにしている顔が可愛いっ!


「冗談のつもりで呼んだだけなのですが……びっくりさせてしまったみたいですね。すみません、麻奈」

 梨子が伏せ目がちにうつむきながら言った。本当に可愛いし、綺麗だなあ……って、はっ!

「いやいや! 大丈夫だから、大丈夫! 気にしないで!」

 私がそう言うと、梨子は安心したような優しい笑みを見せてくれた。

「そうですか……それは良かったです。遅くなりましたが、おはようございます、麻奈」

「うん、おはよう……」

「……? 今日も何かあったみたいですね」

 梨子は不思議そうな顔で首を傾げた。

「うん、まぁね……」

「もしかしてまた、例の〝呼び出し〟ですか……?」

 梨子の指摘に、私の鼓動がトクンと鳴る。

 梨子が小声で「やっぱり……」とつぶやいた。


「実はさっき――――」

 私は気まずい空気に耐えきれず、梨子に話した。さっきの出来事について――――。


 梨子は驚いた顔で私を見つめた。

「……本当ですか!? またですか……それで、どうするんですか、麻奈は」

「行くよ、もちろん」

 梨子にそう告げた瞬間、梨子の目の色が変わる。驚いたような、信じられないと言いたげな表情で私を見ていた。

「――――!! 本気で、言っているんですか? 正気ですか……!?」

「本気だよ? 大丈夫だよ。いざとなったら逃げ去るから」

「……………………本当に、それで良いんですか?」

「うん、それで良いよ。これは私が撒いた種だから、私が行かないと……心配してくれて、ありがとう。梨子」

「……わかりました。麻奈がそう言うなら、止めません。ただ、気をつけてくださいね……その女子生徒、一人で来ないでしょうから」

 梨子は諦めたのか、しぶしぶ納得してくれた。

「うん、ありがとう。気をつけるよ」


 それに、あの女子生徒は『来なきゃ、ただじゃおかない』と言っていた。行かない訳にはいかない。もちろん、一人で待っていないだろう。複数人で私を叩きのめす可能性もなくはない。それでも、私は呼ばれたからにはいかないと、私のプライドが許さないから――――。

 何も起こらないと良いけど……。

 梨子が自分の席に戻っていく様子を見つめながら、私はため息をついた。



      *



 約束の時間――――昼休み。ついに、約束の時が来た。

 私は中庭にやってきている。例の、女子生徒からの挑戦状とも言える呼び出しの為。

 中庭をぐるりと見回すも、見えるのは中庭に植えられている草木だけで、女子生徒の姿が見当たらない。まだ彼女は来ていないらしい。


「……来たみたいね、三河麻奈」


 聞き覚えのある、女子生徒の声。確か、背後から聞こえた。振り返って確認してみると、女子生徒がニヤニヤしながら立っている。彼女の他にも、五人くらいの女子達がいた。おそらく女子生徒の仲間だろう。


 っていうか、一人じゃないのぉ――――!?


 私はショックのあまり、ボーゼンと立ち尽くしていた。なんていうか、予想はしていたけれども、まさか本当に予想通りになるなんて思っていなかった。


「私を呼び出した理由は……? もしかして……」

 女子生徒に話しかけた時、話の途中で、女子生徒の表情が一変する。殺意のような、憎悪のような、負の感情が感じ取れた。

「そう、春也君のことよ」


 やっぱり……そうなんじゃないかって思った。ということは、この前のように、また文句責めに……?

 いやいや! 逃げないって決めたんだから、腹くくらないと!


「というか、あんたが気に入らないのよ! 春也君にまとわりついて……目障りなのよ!」

 鬼のような剣幕で私を睨みつけ、トゲある言葉を吐いた。他の女子達も似たような顔で私を見続けている。私は女子に、相当嫌われているらしい。それは前からわかっていたけど。


 と言うより、昨日も同じようなことを他の女子生徒達に言われたような――――? 


 女子生徒とその仲間達(?)が互いに頷き合ったかと思えば……その瞬間、私は女子の一人に勢いよく突き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「――――っ!!」


「ふんっ、いい気味。その自信満々の顔が気に入らないのよ!」

「そうよ! いつも春也君にくっついて!」

「春也君の彼女でもないくせに彼女気取りになって……虫唾が走るわ!」

「そんな偉そうな態度とか、性格がムカつくんだよ!」

「春也君の前から消えてよ!」

「ホントに! っていうか、ウザいし!」

「マジでムカつくんですけど、三河麻奈!」

 女子生徒を筆頭に、各々、文句を私にぶつけてくる彼女達。


 昨日のあの子達よりも、目の前いる女子生徒達の方が、嫉妬の感情が半端なく強すぎる。彼女達の私に対する鋭い視線が痛々しくなって、体の震えが止まらない。ゾッと寒気がする。


「でた、この顔……!」

「どうする、コイツ。懲らしめちゃう?」

「懲らしめちゃおうよ」

「そうよ、そうしましょうよ!」

「やっちゃえ!」

 彼女達の目つきが今までのものと変化していた。どこか、何かがおかしい。


 ……もしかして、この状況、ヤバくない? 違うか……いやいや、違わない! 危機的な展開なんですけど!?


 ――どうしよう。自分でまいた種だけれど、これはどうしようもなく対処できない……どうしたら、どうしたらいいの?

 考えれば考えるほど、頭の中がぐしゃぐしゃにこんがらがって、思考停止していく。


 私を突き飛ばした女子とは別の女子が、私の胸ぐらを掴んだ。そして、握りこぶしを作る。

「これで、頭を冷やすことだねっ」


 ちょっ、これはホントにヤバい展開なんですが!?


「うぅ……」

 思わず声が漏れてしまい、体の震えが激しくなった。

 殴られる。私はそう覚悟して、目を瞑った。


 ――と、その時だった!


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